第二十九譚 二度目の牢獄
エルフィリム。
国の約六割が大樹の中にある自然要塞。
国の形は台形型で、奥に進むにつれて道が広がっていく。
そんなエルフィリムの入り口――“大樹通り”を俺達は歩いていた。
「ほら、さっさと歩け」
無論、手を縛られたままだが。
「わかってるって、だから押すなって」
この“大樹通り”は観光地として有名らしいが、こんな状況では観光もクソもない。
しかも、ここに来るとあの記憶が甦ってくる。ああ……トラウマが……トラウマが襲ってくる……。
「じゃあ、ここからは僕達が連れていくから、他の人達は持ち場に戻ってくれるかい?」
「しかし王子様。牢獄まではもうしばらく距離があります。その間にこの者達が何かしてくるかもしれません」
「私と兄様がいれば充分よ」
アザレアと王子の意見に兵士達はあまり納得していない様子だったが、こいつらが口だけの奴じゃないって事は理解しているようで、すんなりと持ち場へ戻って行った。
「さ、牢獄に向かおうか」
王子に連れられて、俺達は国の外れのほうに歩いていった。
□■□■□
エルフィリムの外れにある大樹の根本。そこには牢獄へと続く階段がある。
その階段を下ると、『魔法光筒』の明かりだけが照らす薄暗い通路に出る。
通路を進んでいくと、そこには大罪を犯した極悪人共が収監されている牢獄に辿り着く。
俺達は、その牢獄の一番端の部屋に入れさせられた。
「……ああ、トラウマが甦る……」
「アル様……気を強く持ってください……!」
部屋の隅っこで小さくなっている俺の背を優しくさするセレーネを見て、王子達は不思議そうに尋ねてくる。
「トラウマ……? 君達は以前ここに来た事があるのかい?」
「……昔にちょっとな」
思い出したくもない記憶よ……。
なんで……なんで俺があんな目に……。
一回くらいは言ってみたいじゃん……あんな台詞……。
しかもあんな台詞言ったくらいで二日間もここに閉じ込めます? 普通しないよね。
「お前らの母親はどうかしてるよ……」
「うん? 何か言ったかい?」
俺は首を横に振りながら「いや、何も」と呟く。
こいつらにもあれと同じ血が流れていると思うとゾッとする。
きっと同じように免疫ないんだろ――
その時、俺の脳裏に過る王子と王女という言葉。
王子と王女という事は王族であるはず。
つまり、あの女王は結婚して子供を産んだという事になる。
おお、おお! あの女王様が結婚……!
そうかそうか……! それは良かった!
「ふう……」
だから何だという話である。
俺にトラウマを植え付けておきながら、自分は結婚して子供まで産んだと?
女王許すまじ。
いや、でも待てよ?
夫が出来たという事は、キザったらしい台詞にも慣れているのではなかろうか。
という事は、今なら普通に話しても問題ないのでは。
「じゃあ、そろそろ本題に入りたいんだけど……って、大丈夫かい?」
「ん? どうした?」
「もの凄く変な顔してたけどどうしたんだい?」
おっと、俺としたことが失敬失敬。
女王の事は後で嫌というほど考えなくちゃいけないだろうから後回しで良いか。
そんな事より今は……。
「別に何でもない。それで? ここまで連れて来て助けないなんて話しないよな?」
「そこは安心してほしいな。ただ、その前に聞いてほしい話があるんだけどいいかな?」
「……その話ってのは?」
王子は牢屋の壁に寄りかかり、腕を組みながら話し始める。
「君達も気付いているんじゃないかな? 森の異変について」
「森の異変……?」
「え、お前が驚くの?」
誰よりも先に驚きの声を上げたのはアザレアだった。
シリアスな雰囲気台無しだよ、もう。
普通お前は知ってるべき所だろうが。何で俺達より早く驚いてんだ。
「……ま、まあ、それは気づいちゃいたけど、それがどうかしたのか?」
「エルフィリム領は大部分が森なんだけど、二か所だけ森じゃない部分があるんだ。その一つがここ――エルフィリム。もう一つが“エルフィリム大草原”ってところなんだ」
“エルフィリム大草原”。かつて妖精族の秘宝を取り返しに行ったときに通った場所だ。
巨木に囲まれたそこは、辺り一面の緑の海で、まるでそこだけが切り取られているかのように綺麗だったって事を覚えている。
だが、そこと森の異変がどう関わっていると言うのか?
「実は、何人かの兵士に森の調査を頼んでいたんだけど、そのうちの一人が気になる事を見つけてね」
「気になる事?」
「森の魔物達が大草原の方向に向かっているって情報さ」
「魔物達が……ですか?」
なるほど。確かにそれは気になるな。
大草原に向かった魔物達は何がしたいんだろうか。
あそこには特別なものなんて一切なかったはずだけど……。
「その後の事はわからないのか?」
「……勿論、その兵士に調査を続けるよう言ったんだけど……連絡が途絶えてしまってね。それで僕達は調査の為に森へと出かけたのさ」
「黙って行ったものだから、今頃母様はかんかんよ」
「……やめるんだアザレア、気が重くなる……」
分かり易く頭を抱え込んだ王子を見て、苦労してるんだなと同情した。
しかし、連絡が途絶えたのか……。ますます気になるな……。
――ん?
「な、なあ。今連絡が途絶えたって言ったよな?」
「うん。確かに言ったけど、それがどうかしたかい?」
「どうやって連絡とってたんだ? 伝書鳩か何かか?」
「伝書ば……? いや、ただ通信魔法を使っていただけだよ?」
「通信魔法!?」
俺は思わず立ち上がる。
今はそんな便利な魔法が使われてるのか……? 流石は魔法大国という事か……。
待てよ? という事は――
「各国とも通信魔法で連絡とってたりするのか?」
「勿論。各国に通信魔法を提供したのって結構前な気がするけど……知らなかったのかい?」
「ああ、まったく。つまり、炭鉱族が滅んだって情報も……」
「……あの日以来連絡が途絶えてしまってね。今調査員を派遣している最中だよ」
俺は力強く壁を殴る。
鈍い音が響き、セレーネが声を上げる。
「アル様……っ!? 血が……!」
セレーネは俺の拳を手に取り、回復魔法を唱える。
「……ごめん、セレーネ」
「じっとしていてください……」
徐々に痛みは引いていき、数秒後には傷跡も残らない程に回復していた。
その光景を見た王子が興味深そうに言葉を発する。
「……今の魔法、初級の回復魔法だろう? ……凄いな、これほどの回復力とは」
興味深そうに話す王子とは違い、アザレアはじっとその光景を見つめていた。
「思い出すなァ……」
アザレアがぽつりと呟いた言葉は、驚くほどよく聞こえた。
「実はさ、アタシ達にはアンタ達みたいな仲間がいたのよ」
「アザレア……君は……」
そう言葉にしたアザレアの隣で、王子は悲し気に俯いた。
「ま、もう死んじゃったんだけど」
笑顔のままそう言葉にするアザレアだったが、彼女の表情はどこか悲し気だった。
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