●6月21日(木)午後6時

 わからん。何だこの「暗号」。そもそも何故暗号にする?


 <ははははのは/かにMODE/ことUきよU/にはくこのき/KYOUなり>


 と、メールにて送信されたその謎の文をコピー用紙に書き写してから三十分くらい経っただろうか。未だ解法の糸口すら見つけられないまま、無為に時間が過ぎていく。


 ガクちゃんの前の家から、黄色い携帯と充電アダプタを念のため持ち帰ってきたけど、一旦閉じたのを再び立ち上げようとしたらロック番号を要求された。


 ふふふふ、携帯を左手に持って開けた時、親指が自然にかかるのが「4」のボタンなんだよね……そしてそこから流れるように押せる四桁の並びがずばり「4123」。実に理にかなった暗証番号と言えるよね……みたいなことを得意気に言ってたことを思い出すけど、押しやすさは正直人によると思う。とにかく番号が判明しているのは現況非常にありがたいことではあるのだけれど、その四桁を押してもロックは外れなかった。なぜ?


 ……思い出した。トイレダイブがあってから、押しても反応しないボタンがあるとか言ってたわ。ひとつづつ押してどのボタンが死んでいるかを確認してみる。「1あ」「4た」「7ま」の縦の列がすべて反応しない。よってロック番号「4123」を押して解除すること、それは今出来ないことが分かった。分かったからといって事態は全く好転はしないものの。


 でも「暗号」になってしまった経緯は多分だけど分かった。いや、暗号にせざるを得なかった理由か。


 「あ行」「た行」「ま行」を使わずにメールを、文面を作ること、これが結構難しいことに気付いたから。だから……「暗号」はやむを得ず作られた。そしてそうまでしても、私に伝えたい事がガクちゃんにはあった。


 真剣に向き合わないといけない。鼻から一息ついて気合いを入れてみた私は、再びテーブルの上の紙に集中する。でも初っ端が「ははははのは」って。何かこの八十年代っぽいノリの軽い物言いに引っかかって、思考が先に進まない。


 「かにMODE」……蟹のモードってことじゃ絶対なさそうだけれど、じゃあ何って言われても皆目わかんない。


「ことUきよU」……コンビ名っぽさに引きずられて、これも解読不能。


「にはくこのき」……「くこのき」、「クコの木」。このワードには何か覚えがあったような気がする。


 ……ガクちゃんのおばあちゃんの話だ。等々力のおうちに一度私も付いていったことがある。結構な庭に、赤い実をつけたクコの木が十本くらい植わっていた。それに影響されて仙台の家でも鉢植えを買ってきてたけど……「にはくこのき」。「庭、クコの木」? やっぱりわからん。


 ダメだった。二時間くらい格闘したけど、結局、収穫は無し。式は明後日。本当に、決断を迫られるところまで来ている。


 静かに追い詰められていく私。と、ふいに玄関チャイムのそこはかとなく明るい音が静寂の部屋に鳴り響いた。宅配? いや、頼んでない。何だろう、何か、何とも言えない嫌な予感が私の食道辺りを駆けのぼってくるのを感じている。


 警察とかやめてよね、と小声で発しながら、立ち上がってインターホンの所まで殊更に落ち着いた振りでゆっくりと向かう。何事もないことを祈りながら。

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