第11話 終わりのこと


夕食のあとにアイツに声をかけ、真夜中のリビングに呼び出した。

あまりにもしっくり来てしまったのだ。

ここを終わらせること。

そして、それをあたしが実行するということ。


直接コンタクトを取ることのほとんどなかったあたしからの誘いに、アイツはめったに変わらない表情を崩していた。それほどまでに驚いたのだろう。


これはあたしのエゴだ。


ギンガとコハクを救いたい、なんて言ってはみても、その実あたし自身が耐えきれなくなっただけのこと。

良くも悪くも、これだけしか知らないこの世界を変えることに、罪悪感がないと言えば嘘になる。それでも、妙な高揚感のほうがよっぽど強くて、自身のあまりにも自己中心的な思いに苦笑した。


あたしは、あたしのために罪を犯す。

こんなに美しい結末なんてないように思えた。


真夜中のリビングは静まりかえっていた。

あの青い花瓶は今でもそこに置かれていて、今日もまた瑞々しい花を引き立てている。

コハクの優しさ。

この場所の哀しさ。


そっと生けられた花の花弁に触れる。

しっとりした感触がやさしい。

まるでギンガの強さのようにしなやかだ。


ああ、今日ですべてが変わる。






「ホトリちゃーん!」

自室で眠っていたはずのミハルが部屋から飛び出し走ってくるのが見えた。

「こんな時間にどうしたの?」

勢いよく飛び付いてくるのを受け止める。

ミハルは規則正しく寝起きしていて、こんな真夜中に起きているのを見たことがない。


なぜ今日?

あたしの決意の日にこんなイレギュラーなことが起こると、なんとも言えない気持ちになる。


「これ、ホトリちゃんに」

ミハルが渡してきたのは折り紙で折られたハートだった。

「上手にできたから、一番にホトリちゃんにあげたくて」


赤と青の折り紙で出来たハートは、少しのずズレもなくキレイに折られていた。

折り紙はあまり得意ではなかったのに、とミハルの顔を見つめる。

当の本人は、うれしそうに顔をほころばせ、あたしの方を見ていた


「すごくキレイにできてるね」

突然の出来事に驚いてはいるけれど、これは心からの言葉だ。

美しく作られたハート。

「こんなに上手に出来たもの、もらっていいの?」

「いいの!」

弾むようにミハルは話す。

「だって、これ、ギンガくんとコハクくんの心だから」


いつもそうだった。

自分が彼らの母親であることを知らないはずのミハルが、もっとも正確に物事を捉えている。

まっすぐで美しい二人の心。


「ありがとうね」

あたしはあたしの中の精一杯の優しさをもってその心を受けとる。

この美しいハートを守るため、あたしは今ここにいるんだ。


「さ、もう夜も遅いしミハルは寝なさい」

「うん!…あ、」

振り向いたミハルの視線の先にアイツが立っていた。


「何の用だ」

なぜかここにいるミハルを見て、アイツは顔を曇らせる。

それはそうだろう。アイツはまともにミハルの目を見ることができない。それはもう、記憶の限りずっとだ。


愛ゆえか、罪悪感か。


それでも、そんな毎日ももうこれで終わりだ。

終わらせてあげるから。あたしが。


この手で。


ミハルが起きてきたのはまったくの予想外だった。

彼女の純粋を濁したくはないし、汚いものはできるだけ見せたくはなかった。

それでも、この衝動を止めることはもうできない。

あたしは羽の下に隠したナイフを握ろうとした。


が、それが手に触れることはなかった。


焦るあたしの目に入ったのは、いつの間にかあたしから離れ、アイツの後ろに回り込んでいたミハルの姿。

まさか…


「ほら、これで終わりだよ」


ミハルの何の曇りもない声がしたと同時にアイツがその場に崩れおちた。

その背中には、あたしのナイフ。


「…み、ミハル?」


白のネグリジェを返り血で真っ赤に染めたミハルは、このうえもなく美しく微笑んだ。


「天使だよ。ホトリちゃんと同じだね」

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