第7章 火継ぎの港町⑪
「ごめんね、こんなこと、いきなり言われても困るよね。だけど、君の悩みを共有してあげるには、まず私がどういう人間かを、知ってほしいの。」
そう言うと、エルマは灯台に視線を向けたまま続けた。
「物心付いたときには、すでに私には家族と呼べる人はいなかった。私がいたその島国は、大小いくつもの国に別れて、何年も争いあっていてね。戦で両親を失った子供なんて珍しくもなかった。そんな、戦災孤児を集めて組織されたのが、濡れ仕事(ウェットワーク)専門の影の暗殺部隊、通称『深い森』だった。私は子供のころから人間の効率的な殺し方だけを教わって生きてきたの。だから、幼少期含めて、私は自分が人を殺すということの意味も考えず、ただ与えられた仕事として全うしていただけだった。」
思わぬエルマの生い立ちに、私は黙って耳を傾けていることしかできなかった。
「私含めて、隊員たちは他人の命に対して、そして、自分の命に対して無頓着だった。任務上、標的を殺した後に、証拠隠滅のために自死せよなんて命令もあったし、それを受け取った隊員は、淡々と任務をこなして死んでいった。誰もその事に疑問を持たなかったし、『人生なんてそんなもの』と刷り込まれていたのよ。そう言う意味では、誰もがまさに、『死んだように生きている』というような状態だったわ。」
そこまで話すと、エルマはグラスを口許に近づけた。細い喉が僅かに動き、渇きを癒した唇からは、深いため息がこぼれた。
「私が16才になったとき、所属する第2部隊に、王から勅命が下った。"海を渡って西の国に赴き、不老不死の力を持ち帰れ"、と。私たちはそれがなんなのか、何故王がそれを必要とするのかも教えられず、ただ異国に渡り、現地の諜報員の指示で、ある一人の女の命を狙ったわ。」
エルマはそこで、懐かしそうに目を細めた。
「彼女の名前は『貴い指のファリス』。私に死ぬことへの恐怖と、生きる喜びを教えてくれた人だった。」
エルマはグラスを手に持ったまま立ち上がると、窓辺に近づいた。彼女の姿は10代の少女そのものだったが、しかしその思考ははるか数百年前の記憶にいたっていた。
「ファリスはね、魔女だったの。しかも、私が今住んでいる霧降山も含めて、ラルフ君の故郷であるセント アリアのあたりにあった小国を治める王女でもあった。私たちの王は魔女が不老不死であることを知っていた。そして、ファリスから不老不死の力を奪うことが、私たちに課せられた任務だったの。。。」
エルマは私の方に振り返ると、窓辺にもたれかかった。細められたその目は、幽鬼(ファントム)たちと戦っていたときのように、臨戦体制の光を放っていた。
「私たち第2部隊は、ファリスがお忍びで山に狩りに行くタイミングを見計らって、襲撃することにした。城の中に潜入するよりも、警備の人数は少ないし、森の中での襲撃は、私たちの得意な戦法だったから。でも…」
エルマは目をふせ、ため息をついた。
「ファリスは強かった。私たちが想定していたよりも何倍もね。私たちは8人で20人の警備兵を全て始末したけど、ファリスには私たちの矢はかすりもしなかった。そして…私たち『深い森』は、狩る側から狩られる側になった。
ファリスが自分の弓に手にかけた瞬間、4人の仲間は既に死んでいた。彼らはファリスが魔法を使ったと認識する間もなかったと思う。私も含めて残りの4人は森の茂みに飛び込み、ファリスから距離を取りながら、戦う方法を探したわ。だけど、なにもかも無駄だった。残りの4人は一晩中霧降山の樹海の中を駆け回って戦ったわ。だけど、一人、また一人と彼女の矢に射ぬかれてしんでいった。そして、気づけば私は最後の一人になっていた…」
そこまで話し、エルマはしばらく目を閉じていた。それはかつての同胞を悼む黙祷のようだった。
「ファリスに矢の先を向けられたとき、私は生まれて初めて死への恐怖を感じたの。ファリスからの第一射は急所は外れたけど、でも足を射ぬかれて、私は満足に動けなくなった。私は矢を構え直すファリスを見ながら、強く思った、『死にたくない』って。」
エルマは弱々しく微笑んだ。
「可笑しいわよね。それまで散々たくさんの人を殺してきておいて、自分が殺される番になったら死にたくないなんて。でも、私はそれまでの人生で、死を前にして初めて自分が生きているんだって、自分はまだこの世界で生きていたいんだって、強く思ったわ。気がついたら、涙が溢れて、私は子供のように泣きじゃくっていた。」
そのときのエルマの心境は、どんなものだったのか、想像するしかなかったが、私は目の前で渡り烏に両親が殺されたときの記憶が甦った。
「ファリスはそんな私をしばらく眺めてこう言ったの。『後悔しているか?』って。それが何に対する問いかけだったのか、そのときは分からなかった。だけど私は自然に『後悔していない』と答えたの。それを聞いて、ファリスは小さく頷くと、構えを解いた。」
エルマは水筒からグラスに果実水のおかわりを継ぎながら続けた。
「その問いかけの意味を私は今もずっと考え続けてる。結局、ファリスは魔女の力を私に引き継いだ後、老いて死ぬまで教えてはくれなかった。けど、今ラルフ君の悩みを聞いて、私なりの答えが出たような気がするの。」
「僕の悩みが、ですか?」
意外なつながりだったが、エルマは難問を解き終った後のような達成感に満ちた笑顔を見せた。
「ファリスが尋ねてきた、『後悔しているか』という問いかけ。それは『これまでの人生に後悔しているか』という意味だったのだと思う。人生なんて人それぞれだけど、私の場合は人を殺すことばかりしてきた。それは悪いことだったのかというと、そうとも言えなかった。たくさんの人を暗殺する濡れ仕事(ウェットワーク)ばかりだったけど、でも私たちの任務によって、救われた命もたくさん見てきた。だから、私は自分の信じる善のために戦ってきたんだって。誰かを殺すだけじゃなくて、救うこともしてきたんだって、そう思ってる。だから…」
エルマは私の髪をポンポンと叩いた。
「ラルフ君が戦う理由は家族の復讐だってことは分かるわ。でも人は"死者"のために戦い続けることはできない。君はこれから渡り烏や、ミラルダに襲われるであろう"生きている人"たちを助けるために戦うのよ。望む望まざるに関わらず、君に救われる人は必ずいる。それは、善のために戦うってことでいいんじゃないかな?」
エルマの長い話が終った。エルマの生い立ちに気をとられていたが、エルマは力を求めることに悩む私を励ましてくれていたのだと、今さらに気がついた。
「でも…」
私はポツリと呟いた。
「私は戦えるでしょうか?見も知らない人たちのためになんて。」
うつむく私の額をエルマは軽く小突いて明るく微笑んだ。
「なーに言ってるのよ。この前、ミラルダと幽鬼(ファントム)たちにやられそうになった私を助けてくれたじゃない。私は何度もラルフ君に感謝してるのよ。」
そう言うと、エルマはグラスに残った果実水を空けて、部屋の扉に向かった。
「戦いに迷いが生じるのは仕方がないことよ。だけど、君は一人じゃない。私やエルザがいるじゃない!これからもなにかあったら、遠慮なく相談してね。」
ヒラヒラと手を振りながら、おやすみとエルマは部屋を出ていった。
私は一人になった部屋で呟いた。
「おやすみなさい、エルマさん」
思い悩む、そのときの私の精神を救ってくれたのは、間違いなくエルマの言葉だった。彼女は今もまだ霧降山の山小屋で暮らしているのだろうか?長く便りもないが、彼女はきっと今も命を狩り、頂きながら、この世界で起きることを見つめ続けているのだろう。
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