第6章 疾走⑥
「これは一体…!?」
言葉を失った私に、エルマが説明をしてくれた。
「彼女たちは、離れたところにいる魔女の魂(ソウル)だけを、転写して霊体化させた存在よ。短時間だけではあるけど、物質世界に対して物理的に干渉が可能だし、本体ほどの出力は出ないけど、魔法も使える。私たち魔女の奥の手、"霊体召喚"と呼ばれる上位の召喚魔法よ。」
エルマはその法外な魔法事象を可能にする触媒である、楔石(くさびいし)を掲げて見せた。それは、魔女集会がミラルダによって襲撃された直後に、魔女集会の長、「光のアストラエア」が幽鬼(ファントム)たちに対抗するための手段として、魔女たちに配布した物だった。
召喚された4人の霊体は、姿を表すや否や、一斉にミラルダたちに襲いかかった。
4体の幽鬼たちは一瞬、"王の黒い手"を掲げたが、4人の魔女の霊体は、誰一人として魔法を使おうとせず、それぞれの得物で、敵へと殴りかかった。
「この4人を喚んで正解だったわね。」
一息入れるようにエルマはため息をついた。
「「紅(くれない)のロザリィ」、「石切(いしきり)のミレーヌ」、「白銀(しろがね)のフェルミ」、「清流(せいりゅう)のレイン」。皆、武器を使った白兵戦も得意な魔女なの。この前みたいに多数で包囲されるとつらいけど、一対一なら負けはしないわよ。」
エルマの言うとおり、召喚された4人の魔女の霊体は、幽鬼たちとの接近戦において、全くひけをとっていなかった。
ロザリィは細身のレイピアを片手に素早く、かつ力強く踏み込み、時には、紅の雷を放ちながら、剣による接近戦と、魔法による牽制の組み合わせで幽鬼を翻弄していた。
ミレーヌは大槌(ウォーハンマー)を振り回し、幽鬼たちを接近させず、重い一撃は小さな盾を構える幽鬼の体勢をいともたやすく崩した。
フェルミは以前に使用していた、中距離戦用の仕込み杖に加え、もう一方の手には、弧を描いた奇妙な形の鋸(ノコギリ)とも鉈(なた)ともつかない武器を持っており、戦闘距離に応じて、それぞれの武器を巧みに使い分けていた。
レインは湾曲した細身の曲剣による双剣のスタイルだった。まるで踊っているかのような優雅なステップで、幽鬼の剣戟を受け流しつつ、身体の回転を利用した素早い連撃に、幽鬼の方が防ぐのがやっとのように見えた。
「さてと、」
エルマは弓を構え直すと、魔法の矢をつがえ、狙いをピタリとミラルダに定めた。
「お暇(いとま)する前に、確認しておきたいことがあるわ。単刀直入に尋ねるけど、"渡り烏"というのは何者なの?私たちが知っている魔女かしら?」
ミラルダは瞬きひとつせず、エルマを睨み付けたままだった。
「貴女たちが"彼女"の正体を知ったところでなんだというの?"彼女"はずっと前から来るべきときに備え続けてきた。貴女たちがのんびりと仮初めの平和を楽しんでいる間も、着実に計画を進めてきたのよ。"彼女"のことを知ったところで、もう誰にも止められはしないわ。」
相変わらず要領の得ないミラルダの回答に、エルマはため息をついた。
「教える気はないということね。じゃあ、こっちから聞くけど、渡り烏の正体は『沈黙のユーリア』なの?」
ミラルダは予想外の指摘でもされたかのように一瞬きょとんとした表情を見せたが、一転して唇の端を吊り上げた。
「なるほど、貴女たちは"彼女"の正体が"ユーリア先生"だと思っているのね。」
ミラルダはおもむろに右手を掲げた。彼女の手には、銀色の鎖に繋がれたタリスマン(御札)が握られていた。
「面白い推理ね。別に"彼女"から口止めされているわけではないけど、楽しそうだから貴女たちの考えるクイズに付き合ってあげることにするわ。あえてヒントをあげるとするなら、そうね…以前にも言ったけど、『"彼女"について、私から語ることなど何も無い』ということよ。"彼女"は"彼女"の目的を果たし、私は私の目的を果たす。ただそれだけ。まぁ、でも。」
ミラルダの手の中のタリスマンが紫色の光を発した。
「ここで死ぬ貴女には関係無いわね。」
エルマは無警告に引き絞った光の矢を放った、が、光の矢は空中で突然消えた。
慌てて次矢を構え直そうとしたエルマだったが、違和感を感じるように首に手を当てた。
「そういえば、初めてだったわね。貴女と刃を交えるのは。」
ミラルダは楽しそうに右手の光るタリスマンを振って見せた。
「『沈黙の禁則』。この魔法にかかった魔女は詠唱ができなくなるの。私達魔女にとっては、最悪の魔法でしょう?」
エルマはすぐさま腰の矢筒から実矢を引き抜いてつがえた。
「その魔法は知ってるわ。あんたが使えるとは想定外だけどね。でも、その魔法は使用者本人の詠唱も禁じる魔法よ。互角の条件ならあんたを仕留めるのに何の問題もないわよ!」
エルマは実矢を放ったが、ミラルダの前に割って入った幽鬼の盾によって阻まれた。
「ええ、そのとおりね。でも、」
いつの間にか現れた幽鬼の増援たちが、私達の周囲を囲んでいた。
「私が魔法を使う必要はないわ。この子たちが貴女をいたぶるもの。せめて死に際で私を楽しませてちょうだい。」
そう言って、死人占い師(ネクロマンサー)は小さく舌なめずりをした。
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