第4章 死人占い師⑥

「つまり、こういうことか?『渡り烏』は虐殺した人間たちから抜き取った魂(ソウル)と、果ての霊廟から持ち出した魔女の遺体を使って、『魔女狩りの公王』たちを復活させた。さらに、片割れとして彷徨っていたミラルダの魂を元の肉体に戻し、セントオリーンズを襲撃させた、ということか?」

葡萄酒の杯を片手に、アストラエアの書斎の豪華なソファにもたれ掛かった『紅のロザリィ』は険しい表情をしていた。

「ええ、そうよ。しかも、これまでに死んだ、歴代の魔女の魂を手に入れるために、ミラルダは書庫に襲撃を仕掛けてきたわ。魔女の遺体から生まれた幽鬼(ファントム)たちを引き連れてね。」

両手でお茶の入ったカップを抱えたまま、アストラエアは暗い表情をしていた。

魔女集会が死人占い師『墓守りのミラルダ』によって襲撃された二日後、別行動をしていた『紅のロザリィ』は"果ての霊廟"から戻ってきていた。ロザリィの報告によると、やはり、霊廟の中の棺は全て空になっていたということだった。

アストラエアが魔女集会の会場で起きた事件をロザリィに説明している間、少し離れたテーブルで、私はエルザ師匠と『竜狩りのエオウィン』、その他、魔女集会のメンバーたちに囲まれ、新たな窮地に陥っていた。

「何度言ったらわかるのです?ラルフはすでに私の物です。人の弟子について、とやかく口を出さないでいただきたい!」

エルザ師匠は鼻息荒くエオウィンに突っかかった。

「いいじゃないか、エルザ。世捨て人となった私たちには、普段あまり人間たちと親密に触れあう機会がないのだから。たまにはこうして、子どもを愛でても、バチは当たらないだろう?」

そう言うと、エオウィンは、自身の膝の上に座っている私の頭をグリグリと撫で付けた。すでに小一時間ほどエオウィンの膝の上でぬいぐるみのようにあやされていた私はすでにうんざりしていたが、エオウィンはまったく意に介さない様子で、私の顔を覗き込むと、深緑色の瞳が収まった目を楽しそうに細めた。たわわに実った小麦畑を思わせるような、鮮やかな長い金髪と、整った精悍な顔立ち、端整に引き締まった高身長の持ち主であるエオウィンは、ともすれば王都の高名な演劇女優かと思わせるほどの迫力を持ち合わせていた。私を愛玩動物のように扱う様子に苛立ちを見せているエルザ師匠とは対照的に、鎧を脱いで、ゆったりとした絹のドレスに着替えた今のエオウィンには、幽鬼(ファントム)たちを容易く蹴散らした勇猛さは微塵も感じられなかった。

「そもそも」

エオウィンは私を抱き締める腕に力を込めた。

「こんな小さな子どもに家事手伝いをさせるなんて間違った教育方針だよ、エルザ。子供には、何も強制せずに、自由に遊ばせて、のびのびと育てるべきだ。小さいうちから労働させたり、本の世界に籠らせてたのでは、ラルフ君は渡り烏に挑むための戦士どころか、立派な大人にすらなれないよ?」

そう言うと、エルザを挑発するかのように、私の頭の上に顎を乗せた。

戦闘意外ではあまり表情を変えないエルザ師匠の顔は、珍しく紅潮していた。エルザ師匠が話しているときは、私はできるだけ彼女の目を見るようにしていたが、この時はなぜか目を合わせるのが気恥ずかしかった。

「私はラルフを一人の大人として扱っているに過ぎません。ラルフには、すでに両親の仇を取るという大きな目標があります。むしろそうやって子供扱いする方が、この子にとって失礼というものです。」

エルザ師匠とエオウィンのやり取りを横で眺めていた『深い森のエルマ』が口を開いた。

「そうかしら?いくら幼少期に辛い経験をしたとしても、この子はまだまだ子供だと思うわよ?戦士に育てるために、厳しくするのも大事だけど、ちゃんと愛情を持って接してあげないと、思いやりのある人間には育たないんじゃない?」

後から聞いたことだが、エルマはエルザ師匠とは旧知の間柄だった。彼女は霧降山の反対側の峰に広がる樹海で、普段は狩人として暮らしていた。見た目の年齢は魔女集会のメンバーの中でもかなり若い方で、使い古された皮のベストや、編み上げブーツを小粋に着こなす姿は、少なくとも十代後半の年齢に見えた。肩までの高さの短めの黒髪を揺らしながら、エルマもエオウィンに便乗するかのように私の頬をつついていた。

助け船を出してくれるはずの親友の裏切りに、エルザ師匠はますます不機嫌になった。

「私はこの子が立派な人間に育つように、必要なことは教えているつもりだ。保護者として、師として、私はラルフが自立した人間になれるように鍛えて…」

「議論が白熱してるところ悪いけど、皆いったん集まって頂戴。解散する前に、今後の方針を決めておきましょう。」

アストラエアが手を打ちならして呼び掛けた。

魔女たちは一斉に立ち上がると、書斎の中央を占める長テーブルを囲んだ。

ミラルダの襲撃により、書庫は荒れたままの状態となっているため、アストラエアの書斎が臨時の集会所となっていた。

議長席に座ったアストラエアがまずは会議の口火を切った。

「私たちの敵対する相手が具体的に見えてきたわ。復活した『墓守りのミラルダ』と九体の幽鬼(ファントム)たち、そして、それらの存在を造り出した渡り烏という正体不明の魔女。まずは彼女達について情報を整理しましょう。」

冷静な表情に戻ったエルザ師匠が続いて口を開いた。

「ミラルダによる今回の襲撃の目的は、アストラエアが保管している歴代の魔女の魂です。ミラルダは渡り烏に指示されたものではないと言っていましたが、渡り烏の目的もまた、魔女の魂だと見て間違いないでしょう。」

エルザ師匠の発言を受けて、浅黒い肌に知的な風貌の持ち主である『石切のミレーヌ』が口を開いた。

「その可能性は高いけど、そう考える根拠はあるのかしら?」

エルザが返答する前に、『白銀のフェルミ』が頬杖をついたまま答えた。

「エルザの推測には私も賛成だ。"魔女狩りの公王"たちを幽鬼(ファントム)として復活させたことといい、"王の黒い手"を装備させていたことといい、準備が入念すぎる。渡り烏は、初めからミラルダが魔女集会を襲撃することを見越して復活させたに違いない。」

「だとしたら、」

腕を組んだままロザリィは鋭い視線を宙に投げていた。

「渡り烏とミラルダは、魔女の魂を使って何をしようとしてるんだ?」

集会のテーブルの上に重苦しい沈黙が舞い降りた。

誰もが思案に暮れている表情を浮かべていたが、『癒しのマリア』はアストラエアの方へ顔を向けていた。

「アストラエア、まさかとは思うけど、まだ何か私たちに隠していることがあるのではないかしら?」

全員が一斉に議長席の主を見た。

否定とも肯定とも取れない表情で口を開こうとしないアストラエアを、マリアはさらに問い詰めた。

「貴女が歴代の魔女の魂を密かに保管していたことを、今さら攻めるつもりはないわ。貴女はエリーゼからその仕事を受け継いだだけのようだし、魔女の魂を巡って無駄な争いを防ぐために秘密にしていたことも納得はしている。でも、魔女の魂を保管している、その"目的"について、私たちはまだ説明を受けていないわ。」

黙したままのアストラエアに向けて、『清流のレイン』も口を開いた。

「私も、それが気になっていたのよ。ミラルダも渡り烏も、魂(ソウル)を操ることに長けた魔女だというのなら、魔女の魂について、私たちが知らないことを知っているかもしれない。もしくは…」

「もしくは、魔女の魂が保存されている保管庫の所有者が何か知っているかもしれない、ということだね。」

竜狩りのエオウィンは目を輝かせてまっすぐアストラエアの方を見ていた。

「教えてくれないか、アストラエア。魔女の魂を大量に集めると、何が起こるのかな?ただ複数の魔女の力を得ることができるのか、それとも、なにか危険な事が起こるのかい?」

アストラエアは静かに首を横に振った。

「ごめんなさい、私も何故、保管庫が作られたのか、何のために魔女の魂が保管されてきたのかは分からないの。エルザの先代の魔女『混沌のエリーゼ』は、目的も明かさず、私に魔女の魂の保管庫を渡した。でも、保管庫がただ魔女達の墓標として作られたとは考えられないわ。」

そう言うとアストラエアは小さくため息をついた。

「でも、私は一つのことを推測している。かつてのミラルダや渡り烏が造り出した幽鬼(ファントム)というのが、"魔女の遺体に大量の人間の魂(ソウル)を埋め込んで造られた"ものだとしたら、"魔女の遺体に大量の魔女の魂を埋め込む"と、何が生まれるのかしら?」

集会員全員が息を飲むのが聞こえたような気がした。

「それはつまり、三千年前に、地上に住む百人の女に、魔法の力を授けたと言われる『原初の女神』と近しい存在が生まれるといことでしょうか?」

先日のミラルダたちの襲撃で深傷を負っていた、『糸紡ぎのケリー』が恐る恐る口を開いた。『癒しのマリア』の治癒により、今はほぼ全快したようだった。

アストラエアが返答するより先に、エオウィンが勢い良く立ち上がった。

「それはすごい!もし、そんな事が可能になれば、原初の儀式である、"祝福"をもう一度再現できる。そうすれば、かつてのように、この世界に多くの魔女が誕生し、人々を再びの繁栄に導くことができるじゃないか!」

集会員に満面の笑顔を向けるエオウィンに、エルザ師匠は冷ややかな声を返した。

「それは、あくまで推測の上に立った理想に過ぎません。魔女の魂が一つに集められたときに何が起こるかは分からないが、ミラルダや渡り烏がその力を手にする以上、善のために使われるとは考えにくい。」

そう言うと、エルザはアストラエアの方を向いた。

「かつて、ミラルダは言っていました。彼女が目的とするのは、『人間の不死化』、そして、『不死者の王に治められた世界の創造』です。あのときはただの狂人の戯言だと思っていましたが、少なくとも、ミラルダは歴代の魔女の魂を使って、世界に対する大きな変革を起こそうとしていることは間違いありません。」

エルザの言葉に、アストラエアは大きくうなずいた。

「貴女の言うとおりよ、エルザ。ミラルダと渡り烏がやろうとしていることはまだはっきりとは分からないけれど、彼女達を野放しにしておくのは危険だわ。」

アストラエアは立ち上がると、集会員全員に宣言した。

「神秘の担い手たちの長として、ここに決定を下します。『墓守りのミラルダ』と渡り烏、そして、九体の幽鬼(ファントム)たち。彼らを人間達の生命を脅かす大きな脅威と判定し、発見次第、速やかに討伐すること。これを、集会員全員の最優先任務とします。」

「だが殺すと言ってもな。」

ロザリィは鋭い視線をアストラエアに投げた。

「ミラルダはともかく、渡り烏ってのはかなりの手練れなんだろ?しかも、集会に殴り込んできた幽鬼(ファントム)とやらは、存在の核として、"魔女狩りの公王"の魂が使われているだけじゃなく、魔法を無効化する"王の黒い手"を持ってるって話だ。そんな魔女殺しが得意な奴らにタイマンはって勝てるのか?」

ロザリィの言葉に『深い森のエルマ』もうなずいた。

「ロザリィの言うとおりだわ。エオウィンみたいに接近戦も魔法の威力も桁違いならまだしも、この中には対人戦が不得意な魔女もいる。あの幽鬼(ファントム)たちとの戦闘は、私たちには相性が悪すぎるわ。」

アストラエアおもむろに席を立つと、自分の書斎机の中からあるものを大事そうに取り出した。

「これは奥の手なのだけれど、手段を選んでいられる状況ではないわね。」

そう言うと、長机の上に、陶磁器のように透き通った白色の石を並べた。大きさは手のひらの中に収まる程度で、荒く削られた表面は武骨なナイフのように鋭く、古い時代の石器を思わせる外観だった。

「『楔石(くさびいし)』よ。私たち魔女の力を、距離、時間、空間の断絶を越えて繋げる秘宝中の秘宝。これを皆に預けるわ。ミラルダたちと戦闘になったとき、戦力的に不利だと感じたら使って頂戴。使い方はわかるわね?」

ロザリィは『楔石』を手に取りながら、納得したようにうなずいた。

「なるほど。これさえあれば、単独であの幽鬼(ファントム)たちに遭遇したとしても、数による戦力差は埋められるわけだ。」

魔女たちがそれぞれ『楔石』を手に取る中で、『癒しのマリア』は不安な様子でアストラエアの方を見た。

「でも、貴女はどうするの、アストラエア。貴女が保管庫の所有者である以上、ミラルダたちはまたここを襲撃してくるわ。保管庫を守るというのなら、この黄昏館で籠城した方が防衛しやすいのではないかしら?」

アストラエアは『楔石』をマリアに手渡しながら微笑んだ。

「心配してくれてありがとうマリア。でも、保管庫の防衛なら大丈夫よ。理由は明かせないけれど、保管庫を守るために、私がここに留まる必要はないの。」

そう言うと、アストラエアは集会員全員を見渡した。

「私は黄昏館を出ておとりになるわ。渡り烏やミラルダたちは必ず私を追いかけてくるはず。貴女たちは、私を追う彼女たちの背後をついて、奇襲をかけて頂戴。」

「それは有効な作戦かもしれないが、君は大丈夫なのかい?短時間とはいえ、あの幽鬼(ファントム)たちを単騎で相手にしないといけないかもしれないよ?」

エオウィンは手の上で『楔石』を弄んでいたが、その表情は真剣そのものだった。

「あら、貴女まで私の心配をしてくれるのね、エオウィン。大丈夫よ、一昨日は突然の奇襲を受けたから面食らったけど、来ると分かっている相手になら、いくらでも対処の方法はあるわ。」

普段は穏やかな表情のアストラエアは珍しく自信のある笑みを浮かべていた。アストラエアの頼もしげな表情に、集会の中には安堵の空気が流れていた。

「もうひとつ、気になることがあります。」

魔女たちの視線がエルザに集まった。

「"渡り烏"という魔女の正体です。この地上に誕生した魔女は伝承によると、100人と言われています。保管庫にはミラルダの魂の片割れを含めて、魔女の魂が82人分納められている。つまり、魔女集会のメンバー12人が全員シロだとしたら、残りの6名の行方不明の魔女の中に、渡り烏がいるのではないですか?」

『清流のレイン』も納得するようにうなずくと、アストラエアの方を見た。

「エルザの言うとおりよ。今や、原初の女神から直接力を授けられた、第一世代の『冠位の魔女』の生き残りはアストラエアだけ。貴女なら、その6人の魔女に心当たりがあるんじゃないの?」

再び、議長席に視線が集まった。

アストラエアは視線を宙に投げ、遠くを見るように目を細めていた。

「もちろん、それは私も考えた。かつての凶竜と人類との戦いで、最も多くの竜を殺したと言われる六人の冠位の魔女たち。彼女たちは戦いが終ったあとに、"始まりの火"を求めて巡礼の旅に出た。それ以来、私は彼女たちと再会することは無かったわ。」

アストラエアは記憶をたどるようにしばらく沈黙したが、再び口を開いた。

「保管庫には、彼女たちの魂は納められていない。つまり、その"巡礼者"と呼ばれる6人の魔女はまだ生きてると思う。でも、人類を救うことに最も尽力した彼女たちが、人間を殺すなんて考えにくいわ。それに、彼女たちの中には、ミラルダのように魂(ソウル)を扱うことに長けた者はいなかった。彼女たちは容疑者から外しても問題ないと思うわ。」

具体的な容疑者候補が外れたとあって、私は期待はずれな思いがしていたが、『糸紡ぎのケリー』が新たな候補を挙げた。

「では逆に、保管庫に納まっている魔女たちについてはどうでしょう?ミラルダのように、自分の魂を分割して死を偽装することが可能だとしたら、ミラルダを除いた81人の死んだはずの魔女の中にも、容疑者がいるとは考えられませんか?」

アストラエアはケリーの方を見てうなずいた。

「その可能性はあるわ。魔女の魂には量の概念がない。保管庫の魂を見ても、私にはそれが分割されたものかどうか分からないから、容疑者を特定することは残念ながらできない。けれど、ミラルダのように、魂(ソウル)操ることに長けた魔女がいたわ、一人だけね。」

ロザリィがイライラするようにコツコツと机を叩いた。

「もったいぶらずに教えろよ、アストラエア。なんて魔女だ?」

アストラエアはためらうようにわずかにため息をついたが、やがてその名を告げた。

「彼女の名は『沈黙のユーリア』。人間や魔女の魂(ソウル)について、研究し、それを魔力として変換することを編み出した魔女だった。保管庫を設計し、造り出したのも彼女よ。」

その名を聞いて、『深い森のエルマ』がエルザの方を見た。

「ユーリアって、まさか、エルザの…」

「そうだ。」

冷静な声とは裏腹に、テーブルの上に置かれたエルザの拳が強く握りしめられているのを私は見た。

「『沈黙のユーリア』。私の母『混沌のエリーゼ』の友であり、私の師だった魔女だ。」

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