カ、イ、ジ、ュ、ウ、マ、マ、

よりり

第1話 カイジュウ キタ

 毎週日曜日の夜の7時に怪獣が暴れてるけど、マリアにとっては浮気した彼氏と連絡がつかないことの方が大問題だった。

 マリアの彼氏タケルは別の高校の三年生、マリアは高校二年の女の子だ。

 半年前春先の頃、友達の紹介で交際を始めてすこし前にセックスまでした。

 マリアは嫌な予感はしていたのだ。中学の頃の友人、ミサに会ったときから。

 ショッピングモールでタケルとデートしていたとき、ミサにばったり出会った。

 ひさしぶりーと声をかけてひとしきりはしゃいだあと、ミサにタケルを紹介した。

 あんまり紹介したくなかった。だってミサは友達の彼氏を好きになることで有名だったから。

 というわけで、友達の通報でタケルとミサがショッピングモールでデートしていたと聞いて、マリアはやっぱりねと思って、タケルに電話をかけまくった。

 でも出なかった。LINEのメッセージを送っても既読無視。

 じゃあ別れようとおくると、慌てて謝罪と誤解を解きたいというメッセージを送ってきて、じゃあ今度会おうと約束しても当日にドタキャン、というのをあれこれ三週間は続けている。

「さいあくの夏休みじゃ」

 マリアは家のベッドで寝転んで返信のないスマホを眺める。

 もういっそブロックでもしてくれれば別れたことに出来るのに、タケルはマリアが別れを切り出すたびに一応は連絡をくれてるのでそうはいかなくなる。

 マリアとしても文句は言いたいのでずるずる。今日だって会おうとタケルと約束していたのに、急に都合がわるくなったといわれ、じゃあ会わないんだねというと、時間つくるからすこし遅れるというのをくりかえして結局夕方になってしまった。さっさとキャンセルしてくれたほうが出かけられたのに。

 マリアはけっとスマホを放り出し、ベットから天井を眺める。三週間ぐらい前に殺した蚊の残骸が天井に張り付いている。あの蚊の死骸はいつまで張り付いてるのかなとマリアは眺めている。

 窓の外から子供の声とばしゃしゃと水音がした。

 マリアの家のすぐ横は川、というかドブだった。

 窓を開けると生臭いにおいがする。

 それでもマリアが窓を開けたのは子供が川に入って魚を取っていたからだ。

「あんたなにしてんの」

 マリアが声をかけたのは、その子供が美少年だったからだ。近所のガキなら声はかけない。

 振り返った子供は美しかった。プラチナに輝いている腰までの髪の毛、のあいだから二本の柔らかい触覚が生えている。目の色も黒曜石のような下地にプラチナが乗っているよう。ドブにまみれてても肌はほんのりきらめいている。宝石みたい。

 の、子供がドブ川から獲った魚をばりばりと口に入れて飲み込んだ。

「おなか壊すよ」

「腹が減った!」

 子供はさらに魚を探そうとしている。

 クソ緑と排水のレボリューションしている汚水に頭を突っ込む姿は普通ではない。

 しかしマリアは普通に飽き飽きしていたので声をかけた。こんなフツウじゃないことはそうそう起きない。

「ごはん、あげようか」

「本当か!」

 子供は顔を上げて裸足で川から出てきた。

「くっさ」

 子供はすごい臭かった。マリアは庭のホースで水をかける。

「あー、くっせえな」

「そうなのか」

「くっせえ、ありえない」

 水であらかた洗ってもにおいは取れない。

「洗うか」

「腹減った」

「風呂れ」

「腹減った」

 マリアはびしょびしょの子供を家に上げる。マリアの家の広い玄関に置いてある木彫りの熊を子供は興味深く見ている。マリアの家は広い。むかし風の玄関が広くて上がり口が高い純和風な古い家だ。むかし祖父や祖母がいた頃は広い家だと思わなかったけど、父と母だけになると無意味に広い。

 腹が減ったと煩いのでマリアは冷蔵庫を開けてソーセージの袋を冷蔵庫から出した。とたんに子供に奪い取られる。

「生でかよ」

 子供はソーセージを生で食べた。

 廊下をびしょびしょにしてマリアはソーセージを頬張る子供を風呂場に連れて行った。浮浪者のようなシャツとズボンを脱がして、風呂場に押し込む。子供をバスマットの上に座らせシャワーとぶっ掛ける。

「あー」

「水を飲むんじゃない」

 とにかく子供は臭かったのでシャンプーをぶっ掛けた。背中を見ると、肩甲骨のあたりにふわふわっとした産毛が生えていた。押入れのどこかにしまわれている年季の入ったキューピー人形を思い出させた。

 マリアはぐしゃぐしゃとソーセージを食べている子供を洗った。信じられないぐらい垢が出るし、髪の毛も泡立たない。

 ちんちんもカスだらけだったので、マリアは指先でカスを洗い出してやった。

「あんたって怪獣?」

「そうだ!オレは怪獣だ!まだ子供だけど」

「そうだね」

 マリアは怪獣の小さなちんちんを洗い終えると、口の臭さが気になったのでいったん風呂場から出て真新しい歯ブラシと、歯磨き粉を持って戻ってきた。

「口開けろ」

 ソーセージを食べ終えた怪獣は素直に口を開ける。口を覗いてみると、怪獣らしく歯が尖ってた。

「うえ」

 それよりもドブのにおいがすることのほうが、マリアは腹が立つ。黄ばんで生臭い歯に歯磨き粉をつけた歯ブラシを押し込む。

「うっ、おっおっ」

「飲むんじゃない」

 マリアは怪獣の顎をつかんで、歯ブラシをしゃこしゃこ動かす。怪獣の尖った歯を丁寧に磨く。歯の表面、裏側、奥の歯。こうみえてもマリアは歯医者でいつも綺麗に磨けてますよと褒められている。

 怪獣の口を開けさせていると、歯科衛生士になればいつでも歯を磨けるのかなとマリアは進路に思いを馳せた。

 何度も口の泡だらけの水を床に吐き出させ、排水溝に水を流しているうちに怪獣は綺麗になった。

 脱衣所で体を拭いてやっていたら怪獣はテレビを見たいと言い出した。

「テレビ?」

「オレの友達がテレビに出るんだ!」

「ああ、もう怪獣ニュースの時間か」

 リビングに連れて行ってテレビをつけるとちょうど怪獣のニュースが始まったところだった。

 なまこに毛を生やしたような怪獣がビルを破壊している。

「これあんたの友達?だせえね」

「ああ、ナマコキングくんだ!がんばれ!」

 マリアはナマコキングを応援している怪獣に自分の服を着せてやった。あの生ごみみたいな服はあとで処分。

 ナマコキングはビルを破壊している。

 マリアは戸棚からスナック菓子とジュースを持ってソファに座る。怪獣はマリアの膝に座りスナック菓子に手を突っ込んだ。

 マリアはスナック菓子をばりばり怪獣の頭に落としながら、テレビのニュースを眺めている。ライブ映像の怪獣は最初こそすごいニュースになったけれど、毎週やってくるし、だいたい二十分ぐらいでやられるし戦いが終わると謎の力で建物とかは直ってしまうのでもうそんなすごい光景ってかんじでも。

「なんであんたら怪獣は街を破壊するの」

「怪獣だからだ」

「ふーん、そういやあんたの名前は」

「モスガーノだ」

 モスガーノはテレビをみて、顔を覆った。ナマコキングはウルトラ的な防衛隊にやっつけられてしまった。

「ああナマコキングくん。君の敵はオレがとるぞ。大人になって大きくなったらな」

「ナマコキングくん、大人なんだ」

「ああ!オレはまだ子供だから大きくなれない」

「そろそろお父さんたち帰ってくるからキミかえってくれない」

「わかった」

 モスガーノはマリアの膝から立った。マリアはいらない汚いエコバックに冷蔵庫の中のナゲットとか冷凍スパとかをつめてやった。あとぼろい麦わら帽子もかぶせてやって、いらないマリアのスニーカーを履かせた。帽子をあげたのは触覚が生えてるので目立つかなと思ったからだ。靴はないとこまるでしょ。モスガーノは冷凍スパゲティーをかじりながら屋根の上をふわふわの羽を出して飛んでいった。マリアはモスガーノが着ていた生ごみのにおう服をゴミ袋につめて、べちゃべちゃの廊下を雑巾で拭いた。拭き終わったら父親と母親が買い物から帰ってきた。




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