第39話 汗塗れの妹デート+1

 睨み合いは続き、時間がないためそのまま移動せざるを得なかった。誰も好き好んで両手に花を持っている訳ではない。


(だから、その恨めしそうな視線を向けないでくれ……)


 周りからの視線が痛い。羨望と嫉妬、柔らかい視線に険しい視線がいくつも見られる。学生だけではなく、社会人ですら二度見する時がある。それは俺ではなく、二人の美少女に向けられているのだが……。


「あのー、音無先輩。どうして付いて来るんですか? 私と兄さんはこれから二人きりでデートするのですが?」

「(ふるふる……)」

「けれど先輩は、兄さんと約束した訳ではないのでしょう? それなら、私達の時間を否定する権利は無い筈ですよね?」

「(ふるふるふるふるっ!)」

「……あの、そろそろ言葉で反論して頂けませんか? やりづらいです」


 ただ首を振るだけの音無相手に、僅かながら疲労の色が見える莉音は、うんざりしたかのような言い方になった。

 普段ならあり得ない対応の仕方である。


(それだけイラついてるのか……。いつも外面だけは良くしてるのに珍しい)


 もはやデートどころではない。

 それに……。


(思った以上に汗でベトベトして気持ち悪りぃなぁ……)


 マラソン後のデートがそもそも苦痛に感じ始めていた。確かに放課後デートで一旦家に帰るのは何か違うとはいえ、汗塗れの状態で出掛けるのもそれはそれで辛い。

 もう少しよく考えてから返答すべきだった。


(というか二人はいいのか?)


 寧ろ女の子の方が、その辺のことは気にするだろう。男である俺が、今すぐにでも入浴したいと思うのだから、年頃の女の子なら尚のこと気にする筈だ。


「二人とも。今日はもう帰らないか?」

「何を言ってるんですか兄さん。まだ始まってすらいませんよ?」

「いやほら、汗とか結構流したし……。それに、二人も今日は疲れたろ?」

『心配しないで。陽ちゃんと放課後デート楽しみ』

「メール? それにどうして、音無先輩も一緒なんですか? 約束なんてしてませんよね?」

『気にしないで。りおちゃんこそ、私が行くから帰って休んでいいんだよ?』

「痛つ!?」


 優しく握っていた莉音だが、次の瞬間には握り潰すような強い力が手に籠る。音無が書いた文面で、心が乱されたのだろうが、その顔だけは変わらず怖い笑顔だった。


「ふふふ……。音無先輩はおかしな方ですね。兄さんには他校の恋人がいるんですよ? なのに、妹以外とデートをしているなんて知られたら……。これ以上は言う必要がありますか?」

 今日一番の平坦な声音で淡々と語る莉音。


『私は背が低いから、きっと妹に見られると思うから大丈夫。心配しないで』

「(ピキッ……)」


 ついに堪忍袋の尾が切れたのか、莉音は盛大に漆黒のオーラを漂わせて、瞳は空虚でただ音無だけを見つめるようになる。

 このままでは刺し殺すのではないかと思わせるほどに、莉音の情が薄れていくのを感じた。一言、これはヤバい……。


「もうやめてホント! 喧嘩しないでくれよ……」

「……兄さんは黙ってて」

『これは私とりおちゃんの問題だから』

「こういう時だけ息ぴったりだなっ!」


 そもそもどうしてこうなった?

 莉音と放課後デートをすることになり、そこへ音無乱入で現在何処へ向かってる?


「兄さん。私達のデートを始めましょう?」

「……や、やるの?」

「はい。こうなっては致し方ないです。音無先輩の同行は大目に見ます」

「えっ……」

「ただし……」


 莉音はここで初めて、音無へしっかりと向き直る。その目は闘志に燃えてはいたが、決して殺意には至っていない。それだけが救いのように感じたのは言うまでもない。


「音無先輩とはデート中に決着をつけます」

「は? 決着って……」

『望むところ』

「おいおい……」


 不穏な空気は未だ継続中だが、ほんの僅かに薄まってはいた。

 音無も莉音に慣れてきたのか、好戦的に構える姿勢を見せ始めた。もちろんそんな程度では、莉音の感情を動かすには至らない。


「って、ここは……」

「兄さんが麗菜さんと来たというゲームセンターです」

「……つまり、決着っていうのは」

『ゲーム対決?』

「そういう事です。カラオケの点数で競うのも手ではありましたが……。それではフェアではありません」


 カラオケなら、寧ろフェアな対決が出来るはずだ。相手が極度の人見知りでなければ、という前提条件化でなら……。


「前に来た時よりも、ゲームの種類が増えているようですね」

「そうだったかなぁ?」


 そもそも莉音は、一体いつの間にゲームセンターを訪れたと言うのだろう。普段は家に引き篭もっているイメージしかない。


「という事で、ここのゲームで決着をつけましょう。午後五時までに勝ち越した方が勝者としましょう」

『何を要求するの?』

「兄さんへのストーカー行為を今後一切禁止にします」

『私は陽ちゃんがマラソンで着用したシャツやパンツ。その他全部欲しい』

「って、おいこら。何を勝手に……」

「分かりました」

「えぇ……」


 莉音はともかく、音無はとんでもない景品を所望した。予想は出来ていたが、本当に欲しがるとは……。

 少し前まで抱いていた、音無花音のイメージが雪崩のように崩れていく。


「では……行きましょう」

『おー』

「憂鬱だ……。放課後デートって、こんなんだっけ?」

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