第28話 麗菜、ゲームセンターへ行く3

 クレーンゲームでは惜しくも虚しい結果で幕を閉じた。麗菜は悔しさで百円を十回くらい貢いでしまい、流石にマズイと思って強制終了させた。

 不満そうな視線を投げてくるが、ここで止めなくては際限なく金を積んでしまうであろうことは分かり切っている。

 けれど……麗菜の不満はそれが理由ではない。


「なぁ……麗菜」

「……何ですか。私とは違いたった一回で成功した陽太君」


 そう言う麗菜の腕の中には、俺が取った猫のぬいぐるみがすっぽりと収まっていた。

 そう、あの後選手交代して俺がゲームに挑戦すると、呆気なく一発成功を果たした。ぬいぐるみが取れて、麗菜にプレゼントしたは良いのだが……。


「いや……本当に偶々だって」

「そうですか。いいですよ……私はどうせ下手くそです」


 この通り、一発成功したのが問題だった。

 もちろんそんなつもりは全くなかったが、本当に偶々成功してしまっただけだ。その光景を隣でしっかり見ていた麗菜としては、複雑な思いを抱いても仕方がない。

 あれだけ苦戦して、結局取る事が出来なかった自分とは逆に、一切の苦労なく一発成功されれば腹も立つ。

 せめて二度三度失敗すれば良かったのだ。そうすればこんな事にはなっていない。素直に喜んでもらえたと思う。


「さ、さぁー次はどこ行こうか?」

「……三階に行ってみましょう」


 二階もクレーンゲームが主体となっているためか、麗菜はその階をスルーする事にしたようだった……。


 そしてやって来た三階はアーケードゲームが並んでいる。特に多いのがビデオゲームや大型筐体ゲームである。

 数こそ少ないがプライズゲームやプリクラもこの階にはある。

 麗菜にとっては初めてのゲームづくしで、正直言っておすすめ出来るものがない。まず格闘ゲームなど論外だろう。

 レースゲームに音ゲー、シューティングゲームくらいならば何とかなりそうだ。


「この……たくさんボタンのあるゲームは何ですか?」

「音ゲーって言うんだけど……。まぁ、一回やってみるから見ててくれ」


 お金を入れて、機械から音楽が流れ始める。

 それに伴い、画面にはボタンの色を示すマークが表示される。


「こうして音楽に合わせて、対象となるボタンをタイミングを合わせて押す。単純だろ?」

「なるほど。確かに簡単そうですね」

「簡単とは言うけど……意外と難しいぞ」


 難易度を確認し忘れていた。

 前に遊んだ人が上級でプレイしていたのか、かなり早くて指定のボタンも多い。正直手本を見せるような余裕はない。

 数分後、結果が表示されるが……。


「あーくそ。全然ダメだった……」

「何箇所も外してましたから」

「そうだな……。次は難易度下げてやるか」

「私も……あ、これは」


 何かに気付いた麗菜は近くの台に寄った。

 それはさっきのとは違い、ボタンではなくピアノの鍵盤のような物になっていた。


「あーそれも音ゲーだよ。やってみるか?」

「はい。私はこっちの方が出来そうです」


 麗菜はお金を入れて鍵盤に手を添える。

 その姿はまるで熟練のピアニストのように感じられ、根拠もなく安心した。

 音楽が流れると、それに合わせて正確に指を動かす麗菜。綺麗な音色が流れ、一度としてミスはしなかった。体が少し揺れ動いており、よく見ると足は何かを踏むような仕草をしている。


 演奏が終わると、さっきの不機嫌な表情は嘘のように消えて満たされたような清々しい雰囲気を醸し出した。

 やっぱり笑顔が凄く綺麗だった。


 ◆◇◆◇◆


「上手くいきましたよ陽太君!」


 演奏を終えて陽太君に笑顔を向ける。そのまま目の前まで近付いて自然に手を握る。


「凄いな……やっぱりピアノをやってたのか?」

「え? やっぱりってどう言う事ですか?」

「いやだって……点数高いからと言うのもあるけど、それ以前に慣れてるって言って良いのかな? 自然過ぎてさ」


 陽太君は驚きを隠せないようだった。

 今まで何度もデートを重ね、やり取りを重ねてはいたけれど、一度としてピアノが出来ることは言っていない。


「あ、ありがとう……ございます。ですが、これは音楽の授業で習っただけなので、大したことはないですよ?」

「え、マジで? 寧ろそっちの方が凄いんだが……」

「ふふ、驚き過ぎですよ」


 そう、驚き過ぎだ。

 これくらいなら出来て当然であり、本当に大した技術はない。プロと比較するば全然なっていないのは自分でも分かる。


「そんな事ないって……やっぱり麗菜は凄いよ本当に」

「も、もう……そんなに褒めても何も出ませんよ?」


 恥ずかしくて目線を逸らす。嬉しいけれど、お世辞じゃないのが分かるから余計に恥ずかしくて堪らない。

 でも本当に褒められるようなことではないし、こんなこと『麗菜わたし』に出来て当然の『設定』だ。


 ──そう。お兄ちゃんの『麗菜こいびと』なら、これくらいは造作もない。そういう風に作ったのだから当然のことだ。


(お兄ちゃんの恋人なんだから、最も相応しい女性でなくてはならない)


 それはつまり『莉音わたし』以外にはいないのだから、『麗菜』にも当然同じものを授けなくてはいけない。

 そうじゃなきゃ、『莉音わたし』が許さない。許せない……。


 あんまり余計な設定は付けたくない。いつ何処で、どのタイミングボロを出すか分からないから、『ピアノ教室に通っていた』などのような設定は必要ない。

 矛盾する回答をする事があるかも知れない。後々、その設定で自分の首を絞める事がないとはいえない。

 なら余計なことはするな。


(今は、『麗菜』に疑いを掛ける時ではない。だから無意味な設定を重ねる必要はない)


「さ、次はどうしますか?」

「そうだなぁ……」


 お兄ちゃんなら、ここはシューティングゲームかレースゲームを勧めるに違いない。

『麗菜』に格闘ゲームのようなものは向いていない。そう考えるに違いないから──。


「じゃあ次はレースゲームでもやってみるか?」

「レースゲーム……ですか?」


 は少し悩んでから、私に『レースゲーム』なるものを勧めてきた。きっと私にも扱いやすいゲームなのだろう。

 それなら断る理由もない。


「任せます。初めてのゲームセンターは、楽しい思い出にして下さいね。陽太君♪」

「ぷ、プレッシャーかけるなよ……」


 陽だまりのような笑顔を向けると、陽太君は困ったように頬を掻く。

 デートはまだ始まったばかり。


(陽太君には、最後までエスコートして貰わなきゃ♪)

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