第15話 マラソン練習 莉音side

 早朝、お兄ちゃんの部屋に突撃した。


「起きろお兄ちゃーん!」

「ん……んぁ?」

「ほらほら起きてお兄ちゃん! 今日もランニングに行こうよ!」


 お兄ちゃんの上に跨り、体を擦り付けるように揺れ動かす。

 いつもはもうちょっと優しく起こしてあげるが、今日はランニングの日だから少し強引にしている。基本的に朝が弱いお兄ちゃんは、普段なら二度寝してしまうから。

 でも、そんなお兄ちゃんも大好き。


「ほらほら起きろお兄ちゃん。可愛い妹が体を擦り付けてやってるんだぞー。さぁ起きてお兄ちゃん!」

「あぁー……分かったわぁったから……降りろ、重い……」

「なっ! 失礼な、私は重くないよ!」


 女の子に重いとか失礼にも程がある。

 これでもお兄ちゃんに抱かれる事を想定して、抱えてもながらされても良いくらいの体重を維持しているのに!

 そんなこと言ったら嫌いに──ならない。


「ぐるしい……悪かった、だから本当に降りてくれ。というか揺らすなやめろ」

「ふーん……ま、謝罪を受け入れましょう。それより早く準備してよ」

「なんだ……いつもより二十分も早いじゃ──」

「前は起こすのに時間が掛かって行けなかったでしょ。だから、今日からはこの時間に起こすからね」

「へいへい……なら、そろそろ降りてくれ。着替えられない」

「着替えさせてあげよっか?」

「…………」

「あ、うん。ごめんなさい調子に乗りました」


 寝起きで微妙に虚ろな目で睨まれた。ちょっと怖かった……。

 大人しく降りた私は、お兄ちゃんの下半身に視線を向けた。

 お兄ちゃんの朝の象徴はあんまり元気がないようだった。残念……。


「というか、出てけ」

「え、どうして? お兄ちゃんは妹に着替え見られて興奮する変態なの?」

「逆に聞くが、お前は兄の着替えを見て嬉しいのか?」

「嬉し……く、ないよ?」

「……なんだ、今の間は」


 本当は嬉しいし見たい! ──とは、まだ言えない。

 着替えも私がしてあげたいし、なんなら朝処理もしてあげたい。けれどまだダメ、お兄ちゃんと私が卒業するまでは──。


「嬉しくないけど、別にお兄ちゃんの着替え見ても何にも思わないよ。それとも、お兄ちゃんは妹の着替え見て興奮しちゃう?」

「するか! つべこべ言わずとっとと出てけ」

「はーい」


 そう言ってられるのも、今のうちにだけだよお兄ちゃん。

 近いうちに──この一年の間くらいには、お兄ちゃんは『麗菜わたし』を抱くんだからね? そうなれば、もう普通の兄妹には戻れないよね?

 一緒に……堕ちてくれるよね?


 ◆◇◆◇◆


 お兄ちゃんの着替えが終わり、肌寒い外に出た私たちはランニングを始めた。

 距離は往復四kmで、体育の時間と同じ。

 お兄ちゃんはともかく、私は『スポーツ万能な女の子』だから、マラソンでも好成績を獲らなきゃいけない。

 全く……本当に面倒くさい。


 でもこれも、お兄ちゃんとの将来のためには仕方のない行動。

 ここで手を抜くことは決して出来ないし、するつもりもない。

 でも……少しくらい頑張ったご褒美があっても良いはず。だからお兄ちゃんにも走ってもらう。

 この後のご褒美のためにも。


「お兄ちゃんも普通に走れるようになったね」

「お陰様でな。最初は二人して息上がりまくってたもんな」

「うん。最初はすぐにやめたくなったよ。今も面倒だと思うけどね!」

「外面良くしたいのは分かるが、ここまでする必要あるのか? 少しくらい欠点があっても、誰も文句は言わないだろ」


 外面を良くしたいのは本当だけど、決してそれだけが理由じゃない。

 ご褒美もそうだけど、お兄ちゃんと共有できる時間は多い方がいい。只でさえ学校なんてものがあるせいで、半日程は離れ離れになってしまうのだから。


 ──だから学校は嫌い。


 本当はお兄ちゃんに悪い虫が付かないか凄く心配で、現に二人の女が近くにいる。

 だからこそ、お兄ちゃんに『麗菜』という恋人を当てつけた。

 そうすれば、お兄ちゃんから恋人を作ろうとはしなくなる。例え告白されようとも、必ず断ってくれる。


 でも油断は出来ない。

 強行姿勢で出るビッチがいないとは限らない。私の知らない所で、強引に迫り寝取るような奴がいるかも知れない。


 ──そんなの、許さない。

 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……ッ!!


「だーめ♪ 私にも目的があるんだもん。今更やめたりなんかしないよ」

「目的? なんだそれ、聞いてないぞ」

「えぇー知りたいのぉ? ふふっ……でも、駄目だよー。今はまだ……ね?」

「一体なにが目的なんだよ。何を企んでんだよ莉音」

「だから秘密だってば。そのうち教えてあげるから、詮索なんてしないでね!」


 全てはお兄ちゃんと添い遂げるための下準備に過ぎない。長い長い、とても長い計画だけど、必ず達成させる。


 ──と、話していると家まで戻って来た。


「お疲れ様お兄ちゃん」

「そっちもな。というか、まだ余裕がありそうだな」

「本番は七kmだもんね。そのくらいの余裕がなきゃ」


 家に帰り、まず最初にお風呂に入る。

 普通なら女の子が先に入る流れになるが、それは前から拒否している。お兄ちゃんは不思議がったけど、ご褒美を得るにはこの瞬間じゃないといけない。


「じゃあ、先に風呂入るな」

「いってらっしゃーい。あ、一緒に入る?」

「…………」

「無視された!?」


 これがいつもの流れ。

 そしていつも通り汗が染み込んだ服を、洗濯機の中へ無造作に放り込む音と、その数秒後にはシャワーの流れる音が聞こえる。


「じゃあ……今日もご褒美貰うね、お兄ちゃん♪」


 洗濯機の中には、先ほどまで着ていたお兄ちゃんのシャツやパンツがある。

 私は汗がたっぷりと染み込んでいるであろうシャツを手に取り、急いで部屋へと戻った。本当はパンツも欲しかったけど、それはあまりにも変態的だからやめた。


「お兄ちゃん……」


 ショーツ以外を全て脱ぎ捨て、代わりにお兄ちゃんのシャツを着る。

 ベッドに横たわれば準備完了。

 高鳴る胸を押さえつけ、遂にシャツを少したくし上げて鼻に押し付け──。


「んんんっんんんんんんっ! おふいぃぃぃぃひゃんんんんぅぅ──!」


 お兄ちゃんが濃い匂いが鼻腔を突き抜け、体は勝手に悦び震えて跳ねる。

 そう、これが私を狂わせ最高の悦びを与えてくれる刺激臭。頭がくらくらして、もう何も考えることが出来なくなる。

 最高で、最恐な甘い香り溺れてしまう。


「ぷあっ……おにい、ちゃん……。お兄ちゃん、好きだよぉ……も、もっとぉぉ……」


 体は熱くなり、甘美な快感に包まれる。

 何度も何度も匂いを吸い込み、その度に体は熱く震えてどこか切なくなる。


「足りない……もっと、欲しいよぉ……。はぁ、んんんっ……!」


 体も心も悦んでいるのに足りない。

 もっと欲しくて、この甘くて切ない疼きを満たしたくなり、自然と手が下腹部へと手が伸びる──。


「──ッ!? ゲ、ゲホッゴホ……な、何よこの匂いはッ!!」


 あまりの臭さに飛び起きて、急いでシャツを脱ぎ捨てた。

 無論、お兄ちゃんの匂いが臭かった訳じゃない。寧ろ甘美で濃厚な──じゃなくて!


「すぅーー……。やっぱり、臭い。誰?」


 シャツにはお兄ちゃんのモノじゃない、私の知らないツンとする異臭がする。

 今朝のランニングでかなり薄まってはいるけれど、確かに感じる私の知らない女の卑しい匂い……。


 ──誰?

 お兄ちゃんのシャツを汚した女はッッ!!

 私の楽しみを奪った、お兄ちゃんに異臭を付けた、罪深い悪女は誰ッ!!


 さっきまでの濃厚な甘い疼きは嘘のように消え去った。

 その代わり溢れ出すのは、このシャツを汚した女への底知れない憎悪。


 昨日の五限目。

 お兄ちゃんのクラスでは体育が行われていた。それがマラソンの練習であることも把握している。

 今日の朝もこうして汗をかくのだからと、同じシャツを着て走ろうと考えていたことも、全て知っている。


 だけど盗聴器までは仕掛けていない。

 学生服とは違い、毎回のような洗う衣服に盗聴器を仕掛けるのは難しい。

 そのため、体育の時だけはお兄ちゃんの状況を把握することは出来なかった。


「きっと……あの女だ。あの女がお兄ちゃんと一緒に──ッ!」


 とても憎い女の顔を思い浮かべる。

 お兄ちゃんのクラスメイトという立場で、お兄ちゃんが一番仲良くしている女友達。


「綾波……千尋ぉ……ッ!」


 憎悪と嫌悪、そして殺意と怨嗟を込めて口にする。


「ふざけんな……ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなァァァァッッ!!」


 匂いが残るという事は、かなり接近していたのは間違いない。

 走ってる間にふざけて抱きついたのか、それとも他の要因で匂いを擦り付けたのか。


「ど、どちらにしても……許さないッ!」


 理由なんか関係ない。

 ただ一点、お兄ちゃんを汚して穢したことは変えようのない事実。

 そんなの──許せる筈がない!


「──あっ、はぁはぁ……落ち着け。落ち着くのよ莉音。ダメ、お兄ちゃんと私の未来のためにも……ここで、躓いたら絶対にダメ」


 ──憎い。

 今すぐ家に向かって、殺してしまいたい。


「でもダメ……。それじゃあ全部が終わっちゃう。それだけは……だ、め」


 荒ぶる衝動を抑えて、どうにか平静を取り戻す。許せない……けど、我慢しなくてはならない。

 例えどんなに憎くても、どんなに殺意が溢れてしまっても、耐えて耐えて、幸せを掴むその日まで──。


「でーもー……調査はするべきだよね?」


 自分でも驚くほどに低い声が出る。

 完全に鎮めるには、まだ少し掛かってしまうみたいだ。


「ちょっと、危険だけど。今日のシャツには仕掛けてみよう」


 私は床に落ちてる服を着て、お兄ちゃんの部屋へと向かった──。

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