第172話 ふたりの想い(2)

萌香と斯波はそーっとドアを開けた。



「この前だって! あたしが実家から送ってきた桃を皮ついたまま食べてたら、皮なんか食わないよ、とかケチつけたでしょーっ、」



「桃の皮は食わないだろっ、」


夏希と高宮が部屋を出たところで大声で言い争っている。



「おい! こんなトコでなにやってんだ!」


斯波は思わず二人に注意した。



「ちょっと! 斯波さんも栗栖さんも聞いてください! 隆ちゃんってば、シジミの身を食べないで残すんですよ!」


夏希は斯波に縋るように言った。


「はあ??」


二人は呆気に取られた。



「シジミは出汁ですよねっ!」


高宮も、ものすごい真面目な顔で二人に迫る。



「でも! 魚屋のおじさんが『シンジコ』のシジミだって言ったし!」


「どこのシジミでも一緒だよ!」


「高級なのに~。 も、ほんっと隆ちゃんは贅沢な食生活に慣れてるから、いちいちもったいないんですよ! シャケの皮とかも残すんですよ~~!」


夏希は斯波の腕を取ってぶんぶんと振った。


「おれはそんなの食わないっ、」



くだらない・・



斯波は、はあっとため息をついてから



「家の中で言い争えよ・・こんなところで! 下まで丸聞こえだろーが!」


斯波は迷惑そうに言った。


「え! じゃあ、ちゃんと中で話つけましょうよ!」


夏希は何を思ったか、斯波の部屋に高宮の腕を引っ張って連れて行く。


「って! なんでウチ??」


斯波はわけがわからぬまま、図々しく部屋に入っていく夏希と高宮を追いかけた。




「でね! おかしーんですよ。 ほんっと! スイカも赤いトコ3cmも残ってるのに残すし~。」


夏希は高宮への不満を次々に口にした。



「食い方くらい自由にさせてくれって! 夏希はメロンとかも皮に穴が開くくらい食べたり、家ならともかく、外で食う時なんか、すっごい恥ずかしいし!」


高宮も負けずに言った。



「だって! メロン好きなんだもん!」



「子供じゃねーんだから!」



「あのさあ・・」


斯波はバカバカしくなり、テーブルに肘をついて



「どうでもよくね?」


二人を見た。


「どうでもよくなくないですっ!」


同時にすごい勢いで返された。



萌香は二人にお茶を淹れて来ながら、


「でも。 食べ物の好みはそれぞれやし。 合わないのは当たり前よ、」


とにこやかに言った。


「え~~、でも。 食べ物って重要ですよ~。」


夏希は不満そうに言った。


「だって今まで全く違う環境で育ってきたわけやし。 スイカやメロンの食べ方が全く同じ方がありえないんであって。 そのうち箸の上げ下ろしまで気になるようになってしまうわよ、」


「え、栗栖さんはそーゆーの気にならないんですか?」


夏希の言葉に


「気になることもあるけど・・よっぽどのことがない限り。 それは自由やし。 加瀬さんがどうしても我慢できないことがあったら、少し歩み寄ってもらうとか。 許しあうことも大事やし。」


萌香は落ち着いてそう言った。



「結婚って・・大変なんですね・・」


夏希が思わず言うと、斯波の表情が一変し、


「結婚!? まさか・・おまえら・・」


夏希と高宮の顔を交互に見て驚いた。


「え? や、そんな・・」


高宮がまんざらでもないように、照れて言ったとき、


「バっ・・バカなこと言わないで下さい! そんなわけないじゃないですか!」


夏希が100%の否定をしたので、


「え・・え~~!?」


高宮は逆に驚いて彼女を見てしまった。



萌香は二人の温度差がおかしくて、笑いを必死に堪えてしまった。


「まあまあ・・。 でも、食べ物のことでケンカくらいなら、微笑ましいわよ。  ねえ?」


斯波に問いかけた。


「・・くっだらね~~。 ほんっともう・・。」


バカバカしくて二の句が告げなかった。



何となく夏希と高宮の興奮も収まってきた頃、


「で・・『シンジコ』って新種のシジミの名前ですか?」


夏希がその空気を打ち破るように言ってきたので、3人は一斉に驚いた。


「・・し・・宍道湖、知らねーの・・?」


斯波が言うと、


「え? なんですか?」


夏希が本当に知らないようだったので、憤慨気味だった高宮も思いっきり笑ってしまった。


「・・も~~、何だと思ってたんだよ~~。」


「え? なに? なにが? ヘンでした? あたし、」


夏希の狼狽度合いを見て、また3人は大笑いしてしまった。


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