第165話 不信(4)

「あの・・」


社長室を出てから、斯波のほうから話しかけてきた。



「え?」


「ちょっと・・いいですか?」



二人は誰もいない資料室に入って行く。



斯波はいきなり志藤に頭を下げた。



「大変申し訳ないことを・・。 すみませんでした、」


小さな声だがしっかりとそういう彼に、



「え・・い、いや・・そんな、」


志藤は逆に驚いた。



「理由はともかく暴力をふるったことはおれが悪かったと思っています。 志藤さんは若くして取締役になって社内でも厳しい目で見られている存在です。 それなのに、こんなことになって。 処分まで受けて、」



「おまえが処分されて黙って見過ごすわけにはいかんて、」


志藤は優しく言った。



「それに。 おまえの言うとおりかなあって、」



志藤はため息をついて壁に寄りかかった。



「え?」



「若くして取締役なって。 周囲に舐められたくないってずっと思ってた。 だからこの仕事は絶対に取りたかったし。 見てろよって気持ちで。 伊橋社長にもバカにされて、カッとして。 栗栖やおまえの気持ち、考えてへんかったって。 上司として失格や、」


と自嘲した。



「志藤さん、」



「栗栖はな、おれのために一生懸命やってくれただけやん。 あいつはなんも悪くない。」


萌香を庇ったが



「おれ、どっかで思ってたのかなあって。」


斯波はポツリとそう言った。



「彼女の過去のこと。 もうこだわらないって言ったけど。 こだわってたのかなあって。 だからあんなこと言ってしまったんじゃないかって。」



「栗栖・・出て行くとか言い出してるやん、」



「ええ・・。」



「ええって。 このままにしとく気かよ、」



「おれ、萌のことをそう思ってたってことが自分でもイヤなんです。 なんか、どーしていいかわかんなくって。 何を言っていいのかもわかんなくって、」




無口で


自分の気持ちを言葉であらわすことが苦手なこの男の


迷いが手に取るようにわかって。



自分なら


彼女の機嫌を取るために


あれやこれやと言葉をかけることなんか


簡単なことだけど



この男には


そんな器用なことは


絶対にできなんだろう


しかし


何とか


しなくちゃ。




『・・あたしもあなたと別れます!』



なんて


言われちゃったし!



この二人が別れるなんてことになったら。


志藤はゾッとした。




純粋に二人に別れて欲しくない、という気持ちと


自分たち夫婦の危機を逃れたいのと


両方の気持ちで


大いに焦り・・




「な・・素直に彼女に謝ればええやん。 おまえだっていつもいつも彼女のことそんなん思ってたわけやないやろ?」


志藤は必死に斯波に言った。



「もう・・彼女は口もきいてくれませんよ、」



「それを何とかせんと! ほんまに出て行ってしまうで、」



「彼女がおれを信じられなくなってしまったら・・仕方がないのかもしれません、」




って!


仕方なくねーって!!




志藤は一人パニック状態になっていた。




「はあ??? なに? そんなことやったん?」


南は志藤からランチに誘われて、この件について相談された。



「そんなことって、」



「真太郎もさあ、全然ことのいきさつがわからへんて。言うてたのに。」



「ゆうこもめっちゃ怒っちゃって。 今朝も口きいてくれへんし。 あたしもあなたと別れる!とか言い出すし・・」


志藤は頭を抱えた。



「すんごい展開になってしまったなあ。 カワイソ。」


南は他人事のようにうなずいた。



「も~~! 何とかしてくれ! 斯波は諦めっぽくなってるし!」


志藤は彼女に縋った。



「え~~? あたし、関係ないやん! 自分で何とかしなよ・・。」


迷惑そうに言われて、



「何ともでけへんから相談してるんやろっ!」



逆ギレ状態の


志藤だった・・

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