第127話 内緒(2)

「おまえがそんなこと言うなんて。 別に1度くらい酷評されたからって、」


斯波は真尋に言った。


「酷評されたとかそんなんじゃなくって。 おれってさあ、コンクールとかがヤでこうなっちゃったじゃん? もっと真面目にやってけば良かったのかなあとか。」


志藤さんから聞いたことがある。


真尋はその才能を子供のころから見抜かれていながらも


コンクールに通る弾き方を強要されるのを嫌い、ロクな成績を残せなかったが


当時の先生に懇願されて


我慢をして


『コンクール用』の弾き方をマスターし。


小学校高学年の時に


中学生も出場するようなコンクールで優勝した経験があったそうだ。


それが


いわゆる


『トラウマ』になって


大好きなピアノに身が入らなくなり


同じように好きで続けていた野球のほうに、徐々に傾いて行ってしまった・・



ウイーンに留学後もコンクールに出たことはあるが


やっぱり


審査員に認められる演奏はできずに


観客から一番拍手を貰っても


賞を獲るようなピアニストにはなれなかった・・



だけど。


そんなこと


小さいことだと思っていた。


一度でもコイツのピアノを聴いたら


絶対に


もう一度聴きたくなるから。


本当に


今まで死ぬほど色んな演奏家のピアノを聴いてきたけれど


真尋のピアノは


信じられないほど


自分を惹きつける。




「今のままでいいのに、」


斯波はボソっと言った。


「え、」


真尋は彼を見た。


「いいよ。 今のまんまで。 おまえは、それでいい。」



優しい


優しい言葉だった。



「・・誰が何て言っても。 おまえのピアノは・・世界中の誰にも負けないって思ってるから、」


真尋は


ちょっと驚いたように黙ってしまった後、


「・・斯波っちって・・結構、情熱的なんだな・・」


そんな感想を普通に言ってしまった。


「は?」


「え、そうやって女の子口説くの?」



今の今まで


悩んでたくせに


なんだ?


いきなり・・



斯波はわけがわからなかった。



「そうかあ・・、そうなんだ・・」


一人で納得する真尋に


「おまえ・・だいじょぶか?」


思わず聞いてしまった。




「斯波さん、もうお仕事も終わりでしょう? よかったらお食事をしていきませんか?」


絵梨沙が言った。


「え?」



萌香と暮らすようになってから


ムダに仕事をせずに


わりと早めに帰宅し、彼女と食事を採るのが楽しみになっていたのだが。


いつも


おかしいけど


今日はもっとおかしい真尋が気になって


「あ・・うん。 ありがと、」


とりあえず、もうちょっと様子を見ることにした。



「あ、おれ・・。 うん、ちょっと真尋んとこでメシ食うことになっちゃって。 ごめん。 うん、遅くなるかもしれない。」


萌香にこっそり電話をしたが


「え? なに~? 彼女?」


真尋がいつのまに背後にいてびっくりした。


「ばっ・・、なんだよっ!」


慌てて携帯を隠した。


「え~? なに~? 斯波っちの彼女、見たい~。 紹介してよ~、」


真尋は斯波に身体でぶつかって来ながらニヤついていた。




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