第86話 真意(2)

「好きやから。 迷惑をかけられへんて思ったんやろ?」


志藤は優しく斯波に語りかけた。


「・・このまま彼女を辞めさせてしまうんですか? おれは絶対に、イヤです! 事業部にとっても・・おれにとっても。 彼女が必要なんです! 絶対に諦めたくない!」


斯波は動揺を抑えきれなかった。


「おれだってこのままにしておけない。 退職願は預かっておく。 総務には健康上の理由で休暇を取っていると言っておくから。 事業部の・・みんなには何て言っていいか、まだわからへんけど、」


志藤はため息混じりにそう言った。



これは


おれの手に負えるのか?



どうしたら・・


とにかく


彼女に連絡が取れないのなら


十和田に会うしかない。



志藤は立ち上がった。



大股で慌しく事業部に戻った志藤は


「玉田、」


玉田を呼んだ。


「はい・・」


「悪いけど、おれ今から急用で大阪に行くことになってん。」


「え?」


「11月の定期公演の打ち合わせ。 悪いけどおまえ行ってくれるか? 指揮者の南沢さんとは話できてるけど。細かいトコ詰めて。 あと・・来年度以降の楽団員たちのスケジュール、まとめておいて。」


テキパキと彼に仕事を命じた。


「は、はい・・」


いつもと違う緊迫感を感じた玉田は気おされながらも頷いた。




志藤は上着を手に出かける支度をした。


そして、同時にゆうこに携帯で電話をする。



「あ、ゆうこ? おれ・・」


「ああ、どうしたんですか?」


「ちょっとややこしいことになってしまって。 今から大阪行って来る。」


「大阪?」


「今、詳しい話してる暇ないねん。 今日は泊まりになるかも。」


「出張のしたくは、」


「ああ、ええわ。 そんなもん。 じゃあ、急で悪いけど。」


「わかりました、」



なんだか


わけありそうで。


ゆうこは電話を切ったあと、少し気になった。




そして出掛けに資料室に篭っていた斯波にのところに行く。


「おれ、今から十和田会長のトコ、行ってくる。」


「え・・」


斯波は驚いて目を見開いた。


「電話してもたぶん埒アカンと思うし。 いきなり行ったほうがええんちゃうかって。 たぶん・・おれの勘やけど、彼女、大阪に行ったんやないかって、」



確かに


それは斯波も感じていた。



「根拠はないけどな。 きっと大丈夫。 彼女の気持ちが知れただけでも・・それは進歩やと思うで、」



いつもの


人を安心させる笑顔でそう言われて。




「志藤さん・・」



斯波は


なんともホッとしたような


それでいて


必死に彼女のことを思う志藤の気持ちが嬉しくて、顔が緩んだ。



「・・だから、こっちのことは頼む。」


と彼の肩を叩いた。




あんなに


自分をさらけ出して


動揺して


取り乱した斯波を見たのは初めてだった。




何とか


してやりたい気持ちが募る。




そして


萌香のことが心配でいてもたってもいられない気がした。





志藤が大阪に着いたのは午後4時を過ぎた頃だった。


まず、十和田が経営している病院に向かった。



受付で


「あの、東京のホクトエンターテイメントの志藤と申します。 十和田会長は・・いらっしゃいますか?」


と言うと、その女性は少しハッとした様子で


「お約束は、」


と言った。


「いえ、約束はしていませんが。」


「会長は先週から休暇に入っておりますので、」



「休暇、」


志藤は気が抜けた。


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