第155話 会議
一人で空を飛び始めて数日。
メタトロンさんの手をとった私は彼の駒になった。新たに渡された鍵を首にかけ、アミーさんの鍵は部屋に飾っている。
私がまず行ったのはブルベガー・シュス・アインス。
私を見たカウリオさんが最初にしてくれたのは抱擁だった。
その後シュス内の決闘場で恒例の手合せをし、やっぱり負けた。笑いながら泣いていたカウリオさんは現七日間の王に戻っていたのだ。
次に訪れたのはグウレイグさん達の所。泣いてくれた彼女達に謝った。心配をかけてごめんなさいと。彼女達の目から零れた雫が私の頬に落ちてきた。
彼女達に言われた。私が生きていて良かったと。湖の祭壇を壊されてしまって申し訳ないと。
笑った私はグウレイグさん達とも抱擁した。
それは決してグウレイグさんの性ではない。壊しに来た方の勘が良かったのだ。
「だからどうか、泣かないでください」
伝えた私はちゃんと笑っていたと思うんだ。
「こんにちは、フォカロルさん」
次に巡ったのは、戦士が亡くなったディアス軍の兵士さん達の元。
彼らはそれぞれ好きな場所に家を建てており、フォカロルさんは輝く大樹にツリーハウスのような家を持っていた。
私が訪れた時には、目が零れるのではないかと思うほど驚かれていたな。
「お久しぶりです、アロケルさん」
巡った先で私は挨拶だけを口にした。掌を見せながら。
兵士の方々は驚愕の空気を零すけれど、次には首を縦に振ってくれた。
ちなみにアロケルさんは地下に家を持つ人だった。室内にはパペットやぬいぐるみ、操り人形に蝋人形など多種多様な人形があり、心臓が止まりかけたのは内緒である。
「こんにちは、今は亡きアミーの駒」
一筋の涙を零してくれたフォカロルさん。
「久しぶりだね、元気そうで良かった」
頭を優しく撫でてくれたアロケルさん。
私は笑って、また飛んでいくのだ。
出来る限り早く、早く、早く、掌を握り締めて。
今の私はメタトロンさんの駒。生贄を集めて祭壇に祀ることしか許されない。
だがそれはアルフヘイムだけでのこと。
タガトフルムの私は――駒ではない。
ラキス・ギオンから目覚めて一週間。痣が無くなって一週間。帳君、翠ちゃん、祈君、梵さんと分かれて六日目。
私はタガトフルムで「現代の神隠し」と言うニュースを耳にしながら朝食を取り、響いたインターホンに反応し、自室でパソコンを立ち上げた。
便利な世の中。近くにいない人とも顔を見ながら会話出来る今の時代。
触ったこともなかったアプリを立ち上げて深呼吸し、たった一つだけのコミュニティに入る。
そうすれば画面は四つに区切られて、それぞれに電子の文字が書かれていた。
この画面が繋がるのは真昼の十二時を設定している。私はパソコンと、右耳に入れたワイヤレスイヤホンが繋がっていることを再確認した。
画面右下の電子時計が十一時五十九分を指している。それを見つめていれば不意に数字が変わり、十二と二つのゼロが並んだのだ。
四つの画面が立ち上がる。
映ったのはアルフヘイムで顔を合わせることがなくなった四人の姿。
私は自然と笑ってしまい、画面に向かって頭を下げた。
「こんにちは氷雨、聞こえてる?」
「こんにちは翠ちゃん、聞こえてるよ」
画面の左下に映るのは今日も麗しい翠ちゃん。
「こ、こんにちは……ほんとに繋がってる」
右下に映ったのはルタさんを頭に乗せた祈君。
「こんにちはーって……ねぇ、一人聞こえてない奴いるんじゃない?」
呆れた顔で右上の画面に映ったのは帳君。
左上に映る梵さんはキーボードを触っているようで、不意に画面が切れてしまった。
あぁ、そんな……。
「どこまでも脳筋ね、繋ぎ方わざわざメールしてやったのに」
「翠ちゃん……」
「もう話し始めたいんだけど」
「と、帳君、もう少し待ちません?」
「氷雨ちゃんは相変わらずだなー」
「ヤンキーには梵さんを敬う心が足りないと思う」
「羽根を毟って焼き鳥にしてやろうか雛鳥。いや、やっぱやめとこう不味そうだ」
「あぁ? やってみろよ
「いぃ、祈君、同化、タガトフルムでは……ッ!」
いつも通り過ぎる会話に苦笑してしまう。
祈君、家で同化しても大丈夫なのでしょうか。
――アルフヘイムで喋る機会が無い私達は、タガトフルムで画面越しに会話をする。
そうすれば中立者さんに会話を聞かれる恐れがないから。
聞かれてはいけない。聞かれれば終わる。だから私達はアルフヘイムで分かれた。兄さん達の目の前で、言葉少なく背を向け合って。
一緒に行動しないと示すことで、何処かで耳を澄ましているかもしれない中立者さんを
だからあの時メタトロンさんが現れてくれたのは、自然な流れを作るチャンスだとみんな分かった。
梵さんも私も競争を抜ける道は選ばなかった。選ぶつもりなど微塵もなかった。
兄さんに電話で伝えたら怒鳴り散らされたが、こちらとて友情だとか正義感だとか罪悪感で思い留まったのではないのだ。
こちらから初めて電話を切って、鳴り続ける携帯を初めて無視したっけ。
そして、今日は別れてから初めてのみんなとの会話。
目をつけられてる今、これ以上注視されない為に離れた仲間の安否確認。
それぞれに役割を決めて、話し合って。
これは一週間での報告会。
一箇所だけ暗かった画面に映像が出る。
「お、」
「おっそい」
目を瞬かせている梵さんが映り、帳君は息を吐いた。
帳君、通常運転だなぁ……。
「おぉ、聞こえ、る。あ、遅れて、すまない」
「無事繋がって何よりよ」
「翠の、おかげ、だな」
目を微かに輝かせた梵さんが翠ちゃんに頭を下げる。彼女は肩を竦めていた。
「揃ったことだし、本題に入りましょうよ」
翠ちゃんが話題を切り替えてくれて、私の背筋が伸びる。凛とした友達は一番手を買って出てくれた。
「私の報告から始めても?」
「お、お願いします」
祈君は同化を解いてルタさんを頭に乗せる。私も首を縦に振り、それぞれの仕事を思い出していた。
翠ちゃんの仕事は、ルアス軍の戦士の意識を抜いていくこと。
「氷雨がメタトロンに聞いてくれた残り人数は十九人だったわね?」
「うん、そう言ってた」
「ありがと。今意識を抜いたのは八人よ。泣語音央と氷雨のお兄さん達、早蕨光達を抜けばあと二人ね」
翠ちゃんの凛とした姿勢は崩れない。
一週間で八人。流石です。
思って、私はそれを聞くと同時に確認をした。
「さすが翠ちゃん。その八人の人は今何処に?」
「スクォンク達の所よ。ドヴェルグ達から借りたラートライが役立ってるわ。見つけて意識を抜いて、ラートライに乗せて洞窟に投げ入れてる。死にはしないでしょ。定期的に水を飲ませるように言ってあるし」
翠ちゃんは思い出すように教えてくれて、私は苦笑してしまう。
颯爽とラートライに乗っている翠ちゃんを想像すると「格好いい」の一言に尽きるのだ。
「全国で同年代の八人が一週間で行方不明になってるから、新聞やネットでは神隠しだって言われてるけど……」
「あながち間違ってないでしょ、神隠し。私達は異世界の神に呼ばれているんだから」
祈君が新聞の記事を何個か画面越しに見せてくれる。
確かに、神隠しだとかUFOだとか、現代の神隠しだとか、ニュースで言ってたっけ。一夜にして消えた子ども。死んだわけではないから、こういう扱いだよな。
夜来さんもそうだった。翠ちゃんは無表情に新聞記事を確認している。
「終われば帰ってくるわよ。私が死ぬか、中立者を生贄にした日にでも」
「大丈夫、だ、死なせ、ない」
間髪入れず翠ちゃんに答えた梵さん。彼はゆったりとした空気で画面のどこかを見ていた。どこかは特定出来ない視線だ。
「誰も、死なせ、ない、から」
「分かった分かった」
鬱陶しそうに手を振ったのは帳君。彼はそのまま祈君に話題を振った。
「次、雛鳥報告してよ」
「えぇ……」
祈君の仕事は、私達の祭壇を守ること。
「毎日何もないよ。ズラトロク・シュス・ツヴァイには誰も来ないし。楠さんがルアス軍の意識を抜いてくれたなら尚更」
祈君は頭のルタさんの位置を整える。
帳君は感心したように頬杖をついていた。
「なんだ、最初に会った頃みたく疲弊してると思ったのに」
「人の黒歴史掘り起すなよ」
「え、祈、黒歴史って自覚あったんだ」
「ルタ!」
顔を赤くして怒り出した祈君と、感慨深げに毛づくろいするルタさん。
私はその光景に笑ってしまい、赤毛の彼を見つめていた。
祈君は私達の祭壇を守ってくれている。それは初めて出会った頃に彼が言っていたのと同じ意味で。
――……一つあれば……死なない、から
それだけの忍耐力が祈君にはあるから、彼は飛ぶのを止めてくれた。
一人で舞い戻り、守護してくれる。
「次、ヤンキーは!」
顔が赤い祈君は帳君に報告を促した。猫毛の彼は「うるさいなぁ」と肩を落としている。
帳君の仕事は、ディアス軍の戦士にラキス・ギオンを渡していくこと。
「ディアス軍の残りは俺達を抜いたら十人でしょ? なら全員渡し終わったよ」
「げ……仕事が早いとか言わないからな。それは氷雨さんと泣語さんの力あってだし」
「
「いえ、いえ」
首を横に振って思い返す。
帳君は、泣語さんが命令を送っているラキス・ギオンをディアス軍の戦士さん達に渡してくれた。
中立者さんを生贄として捕まえに行く時、他の人を眠らせる為に。私達の傲慢によって。
中立者さんを捕まえるまでは競争を終わらせない為の布石。その役目を負ってくれたのが帳君と翠ちゃんだ。
翠ちゃんは祭壇をこれ以上減らさせない為に、ルアス軍戦士の意識を抜いてくれた。
帳君は、他のディアス軍の戦士さんが生贄を六人集めないように牽制してくれた。
まだラキス・ギオンを開花させないのは中立者さんに勘づかれるかもしれないから。
私達が中立者さんの元へ行くことを決行したその時、その時間だけ眠らせるようにという命令を泣語さんが種に注いでくれている。
私がしたのは命令を送り込んだ種を受け取り、タガトフルムで帳君宛に送るということ。回りくどくはあるが、もし中立者さんがラキス・ギオンに気づいても持っているのは私だと思っていて欲しいのだ。
私がその種をどう使うのかと思案する間に帳君が配ってくれる。神様相手にどこまで
アルフヘイムの物をタガトフルムに持って帰れるか心配だったが、それは直ぐに杞憂となった。
翠ちゃんの棒手裏剣を持ち帰ることが出来ている。はたまた、アルフヘイムで浴びた返り血がそのまま残って帰る以上、持ち帰れないという縛りはなかったのだ。ほんと杞憂。
――着払いで良いから
ラキス・ギオンを帳君の住所に郵送した私は、何気に彼の台詞をスルーして元払いにした。届いた日に〈なんで〉と言う三文字が送られてきて苦笑いしたっけな。
感慨深くなっていれば、帳君の声が耳に入ってくる。
「これで氷雨ちゃんの住所ゲットだよねー」
……あ、送り状。
翠ちゃんと祈君が同時に息をつく音を聞き、私の手は宙をさまよってしまった。
「だから言ったのよ氷雨、こんなサディストに住所教えるの止めときなさいって」
「泣語さんに送ってもらえば良かったよね」
「いや、そんな、えっと……泣語さんはもう十分協力してくださっていますので……」
「安心してよ、別に誰かに教えたりしないしさ。あ、俺が突撃しに行くかもしれないけど」
「えー……両親が驚くので、いない時にお願いしますね」
突撃かぁ……。止めても帳君は面白がって来るのかなぁ。タガトフルムでそんな労力使わなくていいと思うんだけどなぁ……。
「氷雨、そんな殺し文句で男を招くのは駄目よ」
遠い目で考えていれば翠ちゃんに注意された。
招いたつもりはなかったが、私は招くことを言ったのか。
「えーっと……ごめん?」
「貴方分かってないわね」
「……うん、ごめん」
「良いわ、許す。明日学校で覚えてなさい」
「あい」
髪を引きながら返事をする。なんだろう、どんな感じで怒られるのかな……不安だ。
「貴方らしいけどね」
翠ちゃんは息をついて、帳君は黙って私を見ている気がした。向こうも画面が四つあるだろうから私を見ている確証は得られないが。
「次、氷雨さん報告する?」
「あ、うん、ごめん、する、します」
話題を戻してくれた祈君。私は首を何度も縦に振り、この一週間を思い出した。
私の仕事は、ディアス軍の兵士さんに悪を聞くこと。
「戦士の方が……亡くなった兵士さん達に会ってきました。皆さん首を縦に振ってくれる方ばかりで、横に振る方は一人もおられなかったです」
「そう……どうやって聞いたの?」
翠ちゃんが確認してくれる。私は自分の掌を見せて、そこに綴ったアルフヘイムの文字を声に出した。帳君に「敬語」と言われたので口調を考えながら。
「貴方は中立者さんを悪だと思いますか。これを見せて相槌だけ貰うようにし、てきた。口に出しちゃ駄目なら、ジェスチャーだけなら許されると思ったから」
「何事も無いってことはそれが正解なのね」
「うん、そうっぽい。書く時メタトロンさんも止めなかったし」
自分の掌を見る。
文字を書く為にメタトロンさんに貸してもらった道具は、いつかアミ―さんが言っていた「タガトフルムの文字をアルフヘイムの文字に変換する筆記具」だった。
使うことはないだろうなんて言ってたけど、使ってしまいました、アミ―さん。
「これで票数は集まってきたってとこ?」
帳君が確認してきて、私は首を縦に振る。
中立者さんにシュスはない。
だからディアス軍の兵士さんから票を集めることにした。
ルアス軍の兵士さんは直接ディアス軍の戦士とは会えないとオリアスさんが教えてくれたから、私が票を集める対象は限定されたが。
どうしてオリアスさんがルアス軍の兵士の決まりを知っているのかは聞けなかった。そこは擦り合わせでもしているのかな。
オリアスさんは怪我も大体治っている。髪を優しく撫でてくれた手は、アミーさんと似ていたと勝手に思っている。
「で、ルアス軍の兵士からの票はどうだったって?」
帳君に確認されて、私はパソコン画面から顔を上げた。
私の向かいに座る金髪の友人は読んでいた小説を置き、隣に来てくれた。予備のイヤホンをつけ直しながら。
私は座る位置を横にずらして画面に顔を戻す。
時沼さんは画面を覗きこみ、私と同じ文字を書いた掌を見せてくれた。
「ルアス軍の兵士は二種類だった。言葉を濁す奴と首を縦に振る奴。横に振る奴はいなかったってのは収穫だろ」
「ちょっと待ってよなんでお前そこにいんのシバくぞ」
突如ノンブレスで言い切った帳君が笑っている。口角を上げて目を細めて。
私は久しぶりに彼のチグハグ性を感じつつ、時沼さんは答えてくれた。
「いや、メッセージで報告しようにも俺の携帯修理中なんだよ。この前他校と喧嘩した時に壊れたから」
「氷雨ちゃんと会えるなら家の外で伝言でも何でもして帰れよ」
「時雨さん達にもこの報告会のこと話さなきゃいけねぇんだよ、俺」
「あームカつくー」
「悪いって」
時沼さんが頬を掻き、祈君が会釈する。会釈を返す時沼さんは赤い毛先の彼に確認した。
「そこに鳴介さんいるか?」
そうすれば祈君の横に現れた闇雲さん。弟君は眉間に深い皺を寄せていたが、お兄さんは何のそのだ。
「こんにちは相良君、俺も話は聞いてたから一緒に報告しよ」
「っす」
「兄貴近い出てけ!!」
「いや、祈、それじゃ俺報告出来なくなるってば!」
画面の向こうで言い合いをする闇雲兄弟に、安心する。
闇雲さんは力の使い過ぎで一時期高熱が出ていたようだが、今ではすっかり回復されたらしい。
兄さんに競走参加続行の連絡をした日に、協力すると言ってきた彼らルアス軍の四人。時沼さん、闇雲さん、屍さん、兄さん。
信じるかどうかは考えた。考えたけど、信じないと言うには彼らの意思は真っ直ぐ過ぎた。
悩んで悩んで、考えた結果が今だ。
だからこうして、中立者さんを生贄にしようとする私達に時沼さん達は協力してくれる。
考えながら画面を見ていれば、翠ちゃんが「梵、次」と報告を再開させてくれた。
梵さんは穏やかに笑っていてたようで、はたと気づいた顔で目を瞬かせていた。
梵さんの仕事は、中立者さんについて調べること。
頷く彼はマイペースな口調で教えてくれた。
「中立者に、ついて、は、
梵さんは「全て、言われている、と、いう、感じだが」と言ってくれる。
アルフヘイムで生きる人を創り、アルフヘイムに生きる人の時間を戻すか、切り離す力がある、か。
考えて、頭が熱くなる。
時間を戻すことが出来るならば何故、と。
舞った血飛沫と青に一瞬目を閉じて、直ぐに開く。梵さんは「あと」と続けてくれていた。
「不思議な、
「不思議な……?」
祈君がルタさんを腕に抱いて首を傾げている。梵さんは頷いて、ゆったりと思い出してくれた。
言い伝えである――昔昔のお話を。
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