第59話 徒労

 

 アミーさんが教えてくれたシュリーカーさんの目的地は――ローンの塩湖えんこ


 ローンさんは水中では海豹あざらしのような姿をし、陸地では水掻きのある人のような姿をする住人さん。宗派はディアス派で、温厚な性格の方々だと聞いている。


 戦士に対しては気まぐれに優しくしたり、塩湖の水をかけてきたりする無邪気な一面もあるのだとか。


 結目さん達にはストラスさんを通して目的地を伝えてもらい、闇雲君と私は全速力で空を飛んだ。


 ひぃちゃんの羽ばたきが強くなり、りず君とらず君が飛ばないように腕に抱く。


 闇雲君は黒い翼を大きく緩やかに羽ばたかせ、音を立てずに飛行していた。


 彼のフードは外れてしまっているが深く被られた帽子は健全だ。


 風に乗る闇雲君の速さはひぃちゃんの全力に近い速度より上である。


 ひぃちゃんの奥歯が鳴った気がして、私の体がより速く宙をけた。


「いい速さだねぇひぃちゃん!!」


 勢いよくなびく鍵から映されているアミーさん。


 彼は力を使って私達に情報を与えてくれた。それはルール違反だとストラスさんは言っていたのに。


 それが不安で、アミーさんに酷いことが起きないことを願うのに。


 ――気にしないで


 彼は笑うだけなんだ。


 アミ―さんはきっと教えてくれない。兵士の方に与えられたルールと言うものを。


 聞いてもこの悔しさや歯痒さが解消されることは無いだろう。


 いや、きっと聞けばこの感情は悪化してしまう。その自信がある。


 それでも、彼に何かを背負わせることが申し訳ないから。


 あぁ、止めろ、今考えたって解決なんてしないのだから。


 今は彼がくれたチャンスを逃がさないこと。


 それだけ考えろ心配性ッ


「アミーさん、結目さん達から返事はありましたか!?」


 力不足を吐き出す為に大きめの声で聞く。


 アミーさんは「あったよー!」と陽気に腕を振り、その明るさに救われる自分がいた。


「帳君は間に合うかどうか五分五分の距離で、紫翠ちゃんは近くにいたらしいからもうすぐ着くって! 梵君は無理!! あの子真反対にいるっぽいから!!」


「分かりました、ありがとうございます!」


 先行する闇雲君に離されないよう緋色の翼が空気を仰ぐ。


 静かに、それでも迅速に進む闇雲君の背中からは焦りが滲み出ている気がして、私の心臓も痛くなった。


 翠ちゃんの力があればシュリーカーさんの意識を抜くことが出来る。


 そうすれば生贄は捕まえられたも同然で、生贄を祀ることが私達には必要で、最優先事項はそれだけで。


 あぁ、頭では分かっているのに、どうして私の手は震えるんだ。


 生贄を今まで三人捕まえた。祀ってきた。その経験は私に戦士らしさを与えてくれて、恐れることは時間の無駄だと分かっているのにッ


 奥歯を噛んだ自分の弱さが嫌になる。


 胸に引っかかる小さな棘のような心配が、私の行動を遅くさせる。


 単純に考えろと言い聞かせる度に呼吸が痛くなる。


 これは何だ。何が私を迷わせる。


 考えろ氷雨。シュリーカーさんと対面したらどうしたらいい。


 まずは厄災を起こさないように話し合え。シュリーカーさんが厄災を起こす理由も聞かなければいけない気がしてる。


 違う、優先はシュスの住人さんの避難だ。でもそれは翠ちゃん、闇雲君、私の三人がいるなら分担したって構わない。


 翠ちゃんにはシュリーカーさんと対峙してもらうことが重要だから、だから。


 私の中に言葉に出来ないもやがあって、それが喉に引っかかる。


 私は何かに気づいていない気がするのだ。


 そのせいで何かを見誤ってしまっているのではないか。


 だが何かが分からない。これは気の所為かもしれない。


 そう思いたいのに、どうして私の頬を冷や汗が伝うのだろう。


 今まで見てきたシュスが回る。


 怪我をした住人さん。崩れたシュスに、肌を撫でるのは悲観的空気。


 それなのに、どうして私は――


「あぁ、駄目だ」


 言葉を零して闇雲君に続く。


 握り締めた拳は関節を白く浮き立たせ、掌に爪が食い込む感覚がした。それが私の意識を前に向かせてくれる。


 私が見た闇雲君からは、やはり焦りが感じられた。


 それと同時に、彼はどこか危うく見えるから。


 ――強い奴は、弱い奴を拒否していいの?


 闇雲君の声が頭を回る。


 ――でも、生贄にしちゃ駄目だとは言われてないよね?


 フードと帽子の奥にあった目は、哀怒あいどが混ざり合った色をしていた。


 哀しい色は目に出やすい。


 そして、怒りの色も目を染めやすい。


 母と兄の目が浮かび、唇を結んでしまう。


 ウトゥックさんに奴隷にされていた方々の目や、モーラの女王様の落窪おちくぼんだ目も浮かんで消える。


 彼らと同じ目をしていた闇雲君は、その二種の感情に支配されている気がした。


 勝手に判断してしまうのは私のおごりだ。感情なんて本人にしか分からないのに、他人である私の尺度で計ってどうなると言うのか。


 それでも予測は止められない。出来上がった仮定は私の拍動を加速させる。


 駄目だ、集中しろ。


 シュリーカーさんを見極めないといけないから。


 そうしなければ、私達は只の悪に成り下がるから。


 いいや――既に悪だよ、氷雨。


「知ってるよ」


 呟いて、ひぃちゃんがより一層速度を上げてくれる。


 ストラスさんは不意に下を指し、闇雲君は翼を体に密着させるように畳んだ。


 流れるように頭から急降下する闇雲君。


 私は空いている片手を振り下ろし、ひぃちゃんも同じように翼を畳んでくれた。


 下に見えるのはローンの塩湖とフェイの花畑の境。


 塩湖からは海豹あざらしのような住人さんが飛び出して、陸に上がった彼らの姿は人へと変わる。


 あれがローンさん。


 着地した闇雲君に続いて私も芝を踏む。ひぃちゃんは少しだけ咳き込んで、疲れた色を顔に浮かべていた。私はお姉さんの頭を撫でて笑顔を向ける。


「ひぃちゃんありがとう。しっかり休んでね」


「はい、氷雨さん……少しだけ、休憩させていただきます」


 りず君とらず君を肩に乗せ、交代でひぃちゃんを抱く。お姉さんは安心したように嘆息たんそくし、私は硬い鱗を撫でるのだ。


 ありがとう、お疲れ様。貴方がいてくれて本当によかった。


 思う私は闇雲君に視線を向ける。


 同化を解かない彼は真っ直ぐ花畑の方を向き、そこには桜色のシュスがいくつか建てられていた。


 そこに逃げ込むように駆けていくローンさん達。


 老若男女、多種多様な姿に海豹あざらしの皮を纏った彼らは、どうして避難を始めているのか。まだシュリーカーさんは見えないと言うのに。


 不思議に思った時、私は塩湖の岸辺を走る人影を見た。


 結われた茶髪に、腰で揺れる皮のベルトと銀の棒手裏剣。


 その姿を見て安心してしまった私は、弾んだりず君の声を耳にした。


「紫翠!!」


「氷雨、りず、らず、ひぃ、久しぶりね。昼間ぶりだけど」


 私達の元に来てくれた翠ちゃん。


 彼女は息を切らすことなく簡単な挨拶をくれて、私は苦笑してしまうのだ。


 確かに翠ちゃんとは毎日学校で会っていますものね。今日も体育ペアだったし、検定補習の席も隣だった。今思い出すことではないな、中止。


「翠ちゃん、ローンさん達に……」


「シュリーカーが来るって伝えたわ。そしたら慌てふためいて逃げてくれたの」


「流石。ありがとうございます」


 彼女の機転は通常運転のようで、私はらず君と一緒に頭を下げる。


 翠ちゃんはため息をつきながら「お礼を言われるほどでもないわ」と手を振っていた。


 私的にはお礼を言う事なのだが、彼女自身がそう思うならそうなのだろう。私は直ぐにお礼と謝罪をするのだと、つい先日の昼休みに言われたっけ。


 翠ちゃんはさも当たり前と言わん口調で言葉を投げてきた。


「ローンがいても邪魔でしょ?」


「邪魔……あー……危ないですよね」


 オブラートに包むのを心掛けて返事をしてみる。翠ちゃんには「お優しいこと」と真顔で言われてしまった。


 苦笑をすれば、不意に遠くから駆けてくる足音が響く。


 見れば、輝く砂埃を巻き上げて走る集団があった。先頭の誰かを私は視界に捉える。


 灰色の肌に顔の半分程もありそうな大きな目。尖った耳とそれを繋ぐように裂けた口。


 その姿は私に悪寒を走らせる。ひぃちゃんが背中へ瞬時に移動してくれたことを頭では理解した。


 大きな足で地面を揺らして走る――シュリーカーさん達。


 ローンさん達はまだ塩湖から避難途中。


 フェイさん達のシュスからも悲鳴が上がり、可愛らしい少女のような住人さん達は花畑からシュスの中へと逃げ込んだ。


 跳んだりず君がハルバードへと変形して、私は彼を掴む。


 らず君は肩で輝き、翠ちゃんは彼女だけの武器を両手に回した。


 その中で歯を食いしばった音がして、私は反射的に隣へ顔を向ける。


 そこにいたのは、間違えようのない怒りを滲ませた闇雲祈君。


 彼の漆黒の翼は大きく躍動し、細身の体を浮かび上がらせた。


「闇雲くッ」


 私が呼び止める前に空高く舞い上がり、シュリーカーさん達に向かって羽根を浮ちつける闇雲君。


 彼の無数の刃はシュリーカーさん達が進む地面を抉り、花弁を舞わせ、行く手を阻んでいた。


「シュリーカー!!」


 闇雲君の大きく敵意を持った声がする。しかしシュリーカーさん達はそれに微塵みじんも興味を示さない。


 黒い刃の雨を灰色の腕で弾き返し、体に傷がつくこともいとわない。


 一切の迷いなくただローンの塩湖に近づいてくる彼らの目は、あまりの必死さに血走っていた。


 闇雲君の下を走り抜けたシュリーカーさん達は大きく口を開ける。


 赤く濡れた舌が見えて、両手で目を覆った彼らは天を仰いだ。


 その大きな足は地面を滑りながら止まり、粉塵ふんじんと光りの粒が舞い上がった。


「ッ、厄災なんてッ!!」


 闇雲君の声がする。


 彼の黒い雨が降り注ぎ、翠ちゃんもシュリーカーさん達に向かって走り込んだ。


 彼女の腕から銀の凶器が空気を裂いて跳び、私は避難が終わっていないローンさん達を一瞥いちべつした。


 二人が相手をしてくれる。私がすべきことは、避難の助力ッ


 思った瞬間、鼓膜を破らんばかりの奇声が周囲に響き渡った。


「ぅあ!?」


「なッ」


 りず君とひぃちゃんの驚きと共に、私は体を固めてしまう。


 鼓膜を揺さぶり体の自由を奪う絶叫は余りにも恐ろしく、この場にいることを後悔させてきた。


 肌が震えて冷や汗が浮かぶ。目は何処を見たらいいのか分からないし、這い上がってくる嫌悪と恐怖が私の思考を鈍くさせる。


 どうする、これ、駄目だ動けない。目眩が。気分が。ローンさんも泣いて、翠ちゃんと闇雲君、倒れてッ


 冷や汗が顎を伝い、膝が笑ってしまう。


 とめどなく頭に流れ込む悲鳴を拒否したくて両耳を塞ぐ。地面にハルバードを落とし、りず君が針鼠に戻ってしまった。


 ひぃちゃんもらず君も耳を押さえ、りず君は耳を変形させて無くしてしまっている。


 私の目の前は滲み、シュリーカーさん達の地団駄じだんだが起こす揺れを体は感じている。


 ローンさん達は逃げ惑うように塩湖から這いずり出て、私は背中を丸めてしまった。


 恐怖が近づいてくる。


 全てを踏み潰す大きな足と、悲鳴を吐き散らす口を持った畏怖いふの塊がこちらへ来る。


 それは今まで出会った何よりも恐ろしい。恐怖の記憶が更新され、自然と奥歯が鳴った。


 震える両手を耳に押し付けても悲鳴からは逃られない。


 私の思考は固まる度に飛散して、結果的に何も考えられない状態へとおちいった。


 怖くて怖くて仕方がない。今のこの状況が。


 私を嫌悪の目で見下ろす兄よりも。私を駒とするアミーさんと出会った時よりも。結目さんに怒られた時よりも。何か失敗してしまったと気づいた時よりも。


 カウリオさんと会った時よりも。フォーンさんに追われた時よりも。ウトゥックさんの首が飛んだ時よりも。


 夜来さんに殺されかけた時よりも。ベレットさんと戦った時よりも。グローツラングさんに宝石にされかけた時よりもッ


 今この瞬間が――何より怖い。


 私は目を固く閉じて、叫び続けるシュリーカーさんを視界から外してしまう。


 それは完全な防衛本能によって起こしてしまった行動で、私は直ぐに後悔した。


 逃げてどうする。逃げて何になる。


 お前は戦士だろ。


 明日を――生きるんだろッ


 私は無理矢理目を開き、シュリーカーさん達を見る。


 彼らは奇声をとどろかせながら塩湖に近づき、湖が波打つ音は止まっていた。


「氷雨、さん! ローン達は全員、逃げたようです!!」


「ッ、うん!! りず君!!」


「あぁ!! 氷雨ぇ!!」


 りず君が再びハルバードに変わってくれる。


 冷や汗も、過呼吸気味の呼吸も止まってはいないけれど。


 逃げたい気持ちにだけは蓋をした。


 シュリーカーさんを止めなければいけない。


 彼らを悪として連れて行かなくてはいけない。


 叱咤しったして立ち上がり、先頭を行くシュリーカーさんに向かう。


 さぁ、止めろ。


 思い切り、容赦なくりず君を振り抜く。


 その刃は丸みを帯びて、腕や首を切り落とす訳では無い。


 シュリーカーさん達は両手で目を覆っている。


 それで回避なんてさせない。らず君の補助を受けて、意地で降り抜いた腕をかわすなんて許さない。


 厄災なんて――起こさせないッ


 りず君で狙ったのは先頭のシュリーカーさんの肩。あの大きな足を狙っても体勢を崩すのは難しいと考えて、顔を狙って逆上でもされたら困ると思って、片側の肩を痛めさせようと決断した。


 それなのに。


 私の腕にかかっていた負荷が一瞬で消え、目を見開いてしまう。


 シュリーカーさんが掴んでいるりず君の刃。


 見えたお皿のような目は気味悪く私を見下ろし、大きく開いた口からは背筋を凍らせる声が零された。


「――邪魔を、するな」


 血走った目と視線が合ってしまう。


 りず君を反射的に引こうとしても動くことは無く、反対に私の体が浮いていた。


 ――え、


 気づいた時には視界がぶれて、理解した時には花畑に倒れていた。


 見上げた空には橙色が混ざっており、桜色の花弁がスローモーションに舞っている。


 何された。投げられた。足は動く。痛みはなし。動け馬鹿。


 止まっていた頭をフル回転させて起き上がり、私は塩湖を見る。


 そこには岸を囲うように並んだシュリーカーさん達が叫び散らしている光景があり、透き通っていた水が濁り始める様を確認した。


「やめろ!!」


 闇雲君の怒号が響き、それでも濁りは水を侵食していく。


 私は地面を蹴り、ひぃちゃんが羽ばたいてくれた。翠ちゃんの四本の手裏剣が宙を裂くのが視界に映る。


 手裏剣が腕に刺さったことをシュリーカーさんは気にしない。


 捕獲ではなく攻撃に移った翠ちゃんは続けて手裏剣を投げ、やはりそれは深くシュリーカーさんに直撃した。


 彼らは避けない。


 だから私はりず君を振り下ろすのだ。一番体が大きなシュリーカーさんに。


 住人さんは肩に直撃したりず君を当たってから掴み、また投げ飛ばされる。


 その力が一体どこから溢れてくるのか分からなくて、ひぃちゃんが体勢を整えさせてくれた。


 地面を後ろに滑った私は突然の腐臭に気持ち悪さを覚え、鼻を腕で覆う。


「ありがと、ひぃちゃん……」


「いえ……氷雨さん、この匂いは……」


 翼で鼻を隠すひぃちゃん。


 針鼠に戻ったりず君は「すげぇ……嫌な匂いだぁ……」と半泣きだ。


 らず君に至っては頬を涙が伝っており、私は目に痛みを覚える。


 酷い刺激臭の発生は塩湖から。シュリーカーさん達は言葉にならない声で叫び続け、闇雲君が降らせた黒い雨さえその身に受ける。


 塩湖を囲ったシュリーカーさん達はその場で地団駄を踏み、目を覆い、濁る水は限度を知らない。


 腐臭は広がり、空気すらもよどみ始めていた。


「止めろッ、なんで、そんな……ッ!!」


 闇雲君の悲痛な声がする。私の目からは刺激臭による涙が溢れた。


 翠ちゃんは一つの手裏剣を投げ、その鋒は五つに分かれて捕縛用へと変化する。


 一つの武器がシュリーカーさんを捕らえ、翠ちゃんは握った右手を思い切り引く。


 そうすれば武器の柄に埋まった宝石が輝き、捕まえたシュリーカーさんを彼女の元へ引こうとした。


 しかし。


 シュリーカーさんは片足を高く上げたかと思うと、勢いよく地面に足首から先をめり込ませた。


 捕縛による移動が止まる。


 地面に亀裂が入り、翠ちゃんの指輪がより一層輝いた。


 その引力をシュリーカーさんは完全に拒否して、私は再び地面を蹴る。


 叫び続けるシュリーカーさんを止めなければいけないと言う使命感によって。


 どうやって厄災を起こしているのかは分からないが、あの暴れる足を止めて、響き渡る口を塞げば何とかなるのではないかと勝手な仮定を組み立てて。


 私の背後からローンさん達の泣き声がした。


 彼らのシュスがよどみに侵食されているのだと思うと、私の胃が痛みを訴え、被害を減らさねばならないと体が動く。


 振り下ろした腕は弾かれて、再び塩湖から反対側へ吹き飛ばされた。


 翠ちゃんの拘束をシュリーカーさんは拒み続け、闇雲君の羽根は彼らの動きを止められない。


 あぁ――どうして。


 泣き声を聞けよ。あの顔を見ろよ。どうしてそんなことが出来んだよッ


 苦しさが私の中から湧き上がり、シュリーカーさん達は叫び続ける。


 そこに近づくことは出来なくて、彼らを鳥の足で捕まえた闇雲君は逆に投げ飛ばされてしまっていた。


「ッ、ふざけんな!!」


 闇雲君は立ち上がろうとして、腕が人のものに戻ってしまう。


 ルタさんとの同化が解けたのだと分かった時、シュリーカーさん達の叫びが止んだ。


 私は自分の目を疑う。


 濁り切った塩湖から上がる腐臭は空気を犯し、近くの芝や花さえ枯らしてしまう。


 そこに数分前の美しさは無く、あるのは目も当てられない汚水だけ。


 ふざけんなよ、なんでッ


 私の頭に血が上った時、シュリーカーさんの一人と目が合った。


 大き過ぎる目は周囲を見渡して、翠ちゃんと、私と、闇雲君を順に見ていく。


 その口が言葉を零した。


 補助されていた聴覚はそれを拾い上げる。


 私の息は詰まり、体は空から伸びてきた黒い手に掴まれた。強制的に持ち上げられる。


 シュリーカーさん達はまた走り出し、ローンの塩湖を離れて行った。


「待てッ、ふざけんな、待てよ!!」


 闇雲君の声がする。


 けれども、どうしようもなくて――私達は無力に空へと飲み込まれた。

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