2020年

口実(第六十二回 お題「余り」)

 そっと壁の時計を見る。終電が近づいていた。

 けれども、しゃべる彼女の顔を見ていると、「そろそろ帰ろうか」という言葉は喉から先に出てこない。

 彼女を帰らせたくない。一緒にいる時間を少しでも長くしたい。

 かといって、直接彼女にそうと言うには、まだ自信がない。

 かっこ悪いと思いながらも、ぐずぐずしていた。

 「あ、お酒余ってるならちょうだい」

 彼女が僕の前のグラスをひょいと取り上げて、飲み干してしまう。

 氷が溶けきったハイボールだから、ザルな彼女には全然キツい分量じゃない。

 「酔っ払っちゃった………これじゃうちに帰れないなあ」

 僕の目を覗きこんで、いたずらっぽく笑う彼女の目は真剣だった。

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