酒!飲まずにはいられないッ! → その結果

 酒だ。酒の力を借りれば俺だってなんとか。ここを突破しないとなにも始まらないんだ。


 初老のバーテンは俺を値踏みするように見たのち、慣れた手つきで一本のボトルを開けた。

 ちっちゃなグラスへ静かに注ぎ込む。なにか芸術でも演じているかのような洗練された所作。酒が生き物のように動いて見えた。

 老紳士は俺の前にグラスをすべらせ、低くて渋い声で、六百イェン、とだけ言った。

 銅貨を支払い、琥珀色の液体を口に含む。

 口内に濃厚な風味と熱が広がり、飲み込んだ喉が焼けつく。こんな度数の高いのは初めてだ。強すぎて、うまいのかどうかもわからない。

 俺は無理をして、異世界で最初の酒をあおった。


 家族によると、俺は飲むと人が変わるらしい。

 その自覚はあまりないんだが、ともかく酒が入った俺は、大勢の見知らぬ冒険者の前で一席ぶっていた。


「俺がやってきたのは田舎田舎とコケにされた東京都、千三百万人の都市だ。えぇ? そうか、世界じゅう集めてもそんなにいないってか。過疎りすぎだろこの世界。

 よぉし、いいだろう、その程度のこぢんまりとした世界のひとつやふたつ、この勇者・アルタイル・ソーラー・バースデー様がちょいちょいっと救ってやろうじゃねえか。

 今日も何百という犬っころを焼き払い、レベル八十のゴブリンどもを瞬殺し、フォレスト……なんだっけ、あの緑色のやつ……そう、フォレストガンプを、聖剣ラグ……ラグナロク?でぶった斬ってきたところよ。ちげーよ、嘘じゃねーし! マジ一撃だったし。こ、これはセールで買った銅の剣だよ、触んなっ。おめーらなんかにラグさん見せられっか。あれ、たけーんだぞ。百万したからな百万。――え? 百万じゃ安いの? あ、じゃあ一千万、いや一億、一兆」


 やんややんやの喝采と思われる大笑いを浴びて、俺は上機嫌だった。これほど人前で話すのが楽しいなんて。しまいにはいくつものパーティーと酒を酌み交わすまで打ち解けていた。こっちに来て早くもひと皮むけたかもしれない。まだ一日目だぞ。異世界ヤベえな。うは、うはははははははは――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る