第10話 決断

 病院に運ばれた二人は治療を受けた。美希は腕を骨折したが、沙羅は擦り傷と打撲以外に大きな怪我はなかった。


 病院のはからいで、しばらくの間、二人だけで休める部屋が用意された。互いに、目をそらして黙り込む二人。気まずい雰囲気が続く中、美希がつぶやくように言った。

「助けてほしくなかった」


「助けてなんて頼んでない」

美希が繰り返す。

「そうだね。頼まれてない」

沙羅が答えた。

「もう、どうしていいかわらないよ」

美希が言う。

「でも、生きてる」

沙羅が答える。


「だから、死にたかったの!」

美希が叫ぶように言うと、

「ごめん、それでも、私はあなたを助けたかった」

と沙羅が答え、美希は諦めたような顔をした。


「何があったか、全部聞かせて」

沙羅が優しく尋ねる。そして、美希は全てを話した。


 母親が入院したこと。

 意識が戻らず延命治療していること。

 お金を稼ぐために、体を売ったこと。

 男たちに襲われたこと。

 校長から、退学を言い渡されたこと。


「できることは全部やった。でも、全部無駄だった」

「なんで、私だけこんな目にあわなちゃいけないの」

「私は普通に生きたいだけなのに」

「お金ももうない。延命治療もできない。だったら私がやったことって、バカみたいじゃない」

「お母さんのために、嫌なことしたんだよ。お母さんのせいで、ひどい目にあったんだよ」

「全部、お母さんのせいだよ」

思いのたけを一気にまくしたて、美希が泣きじゃくる。


 沙羅は黙って聞いていたが、美希が話し終わると冷静に言った。

「そうだね。お母さんのせいで美希が苦しむなんて間違ってる。助かる見込みがないんだから、延命治療はやめた方がいい」


「えっ、そんなの駄目に決まってるじゃない」

美希が驚いて言う。


「でも、お母さんが亡くなれば、美希の負担は軽くなるよ」

「ふざけないでよ。私は、どんなことしても諦めないよ!」


 美希が強い口調で言った言葉に、沙羅は、意を決したように返した。

「じゃぁ、私が、美希のお母さんを殺してあげる」


 沙羅が発した言葉を理解できない美希が問う。

「なに言ってるの?」


「美希には無理だから。私がやる。他に方法はない」


 いったい、この子は何を言っているんだ。美希の耳に沙羅の言葉は届いているが、美希の頭が、沙羅の言葉を理解することを拒否している。


 そして、沙羅の言葉を理解した時、美希は叫んだ。

「なに勝手なこと言ってんのよ。そんなこと私は望んでない!」


 沙羅は美希を見つめ、静かに答えた。

「わかってる。それでも私は美希が一番大切だから」


「本気で言ってるの?」

美希がたずねる。


「本気で言ってる」

沙羅が答える。


 沙羅は本気だ。本気で言ってるんだ。とても正気の沙汰とは思えないが、沙羅なら本当にやるだろう。沙羅にはそう思わせる何かがあった。


「そんなことしたら、私は絶対許さない!」

美希が怒りに震えて言った。


「許してくれなくてもいいよ。私が勝手にやるだけだから」

沙羅が言う。


「なんで? なんで、そんな事言うの?」

少し冷静さを取り戻した美希が尋ねた。


 沙羅は言った。

「自分のせいで美希が不幸になるなんて知ったら、お母さんは自分を許せないと思う。どこの親だって同じだよ。私の両親だってそうだった。だから、美希が望んでなくとも、たとえ美希が許してくれなくとも、私はやるよ」


 沙羅の言葉を聞いて、美希は思った。


 沙羅は純粋なんだ。親が子どもの幸せを願う事。願われた子どもは幸せにならないといけないこと。そうやって生きなきゃいけないってわかってるんだ。そうやって生きてきたんだ。だから、私のために、自分の手を汚してもいいって、本気で思ってるんだ。


 沙羅の心が伝わった時、美希の心は、憑き物が落ちたように、落ち着いた。


「ありがとう」

美希は沙羅を見つめて言った。


「でもね。沙羅にはそんなことさせられないよ」

美希が言葉を続ける。


「私も本当は、お母さんが助からないことわかってるんだと思う。でも、認めたら、それが本当になっちゃうから、認められなかった」


「どんなに辛いことでも、お母さんのためだと思えば耐えられた。自分を傷つけるのも、お母さんのせいにしていた」


「でも、私が不幸になることが、一番、お母さんが望んでないことなんだ」


 そして、美希は沙羅に言った。自分にも言い聞かせるように。

「ちゃんと、お医者さんと話をする。このことは、私が決めないとだめだから」


 美希は、母親と最後の時を過ごすことを決断した。

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