平和な国

第5話 友達

「最近のアイドルってレベル低いよね。麻莉奈の方がかわいいって」

「なんだよ。褒めても何も出ないぞ!」

「なんか、出してよ」

 女子高校生たちが、きゃっきゃっと騒がしい。


 沙羅が転校してきて約一月、キラキラと輝いている同級生たちは別世界の住民のようだった。沙羅は一人でぼうっとしていることが多かったが、異国風の容貌のためか、それとも、何か奥に秘めた強さが感じられるためか、いじめの対象となることもなく、かといって、親密になることもなく、若干の距離感を保ち続けていた。


 国語の授業にはついていけたが、数学や日本史はさっぱりわからなかった。ただ、英語だけはネイティブ並みの語学力で、生徒だけでなく教師からも一目置かれていた。お母さんが、数学や歴史を教えてくれなかったのは、きっと自分もできなかったからに違いない。


「また、あいつガリ勉してるよ」

「転校生に、英語のテストで負けたからじゃん」

「今まで全科目No1キープしてたからプライドが許さないんだろうね」


 クラスの中で、沙羅の他にもうひとり浮いていた存在、水谷美希が休み時間中にも関わらず、教科書なのか参考書なのかを熱心に読んで、ノートをとっている。日本人形のように美しい髪をした物静かな美少女だが、沙羅は彼女が笑ったところを見たことがなかった。そういえば、彼女の声も、授業で答えた以外では聞いたことがないなと、沙羅は思った。


 沙羅も愛想が良い方ではないが、日本の社会に溶け込むための勉強をかねて、時々、放課後に、クラスメイトとカフェでパンケーキを食べたり、買い物に行ったりしたが、美希は授業が終わり次第真っ直ぐに家に帰り、一度も、放課後の付き合いに参加したことがなかった。

 美希を誘ったことがあるクラスメイトによると、何度か誘っても「お金がないから」と断られたため、その後は誘っていないという。女子高生がカバンにたくさんつけているようなストラップや、アクセサリーの類も身に着けていないので、本当に貧しいのかもしれない。中東の貧しさには、比べるべくもないが。



 沙羅が通う学校の校庭には、木陰にベンチがあり、ちょっとした憩いの場となっていた。クラスメイトを誘っても、日焼けを気にして出てこないが、沙羅には熱い日差しと、爽やかな風のハーモニーが心地よく、天気の良い日には、ここでお昼を食べることが沙羅のお気に入りとなっていた。


 ある晴れた日の昼休み、お気に入りのベンチに行くとそこには先客がいた。美希が一人うつむいて座っていて、沙羅が近づくと顔を上げた。

「あっ、ごめんなさい。いつもここでお昼食べてるんだったよね」

そういって席を立とうとした。

「私の専用のベンチってわけじゃないし。別にどかなくてもいいよ」

「ありがとう。ちょっと教室の中にいずらくて」

そう言って、美希が参考書を取り出した。


「お昼食べないの?」

と沙羅が聞く。

「ちょっと食欲ないから」

と美希が答えた時、

「ぐ~」

と美希のお腹がなった。


「は、恥ずかしいー」

「ダイエットでもしてるの? 十分細いけど? 日本人の女の子は気にしすぎじゃないの。食べたい時に食べられるのは幸せなことだよ」

沙羅が真顔で言うと、

「食べたいけど、食べられないんだよ。本当にお金がなくてさ」

と少し自虐的な顔をして、美希が答えた。

「じゃぁ、わけてあげる」

「いいよ。悪いし」

「悪くないよ。どうぞ」


 沙羅がパンの入った袋を差し出した。そこには、6枚切りの食パンが2枚入っていた。


「いつも、これ食べてるの?」

「うん、日本のパンは美味しいね」

「私も昼はこんな感じ。みんな可愛いお弁当食べてるから、恥ずかしいよね」

「なんで?」

美希が言った言葉が、さも不思議そうに、沙羅が質問した。


「えっと、パンだけだと貧乏くさいし」

「ちゃんと栄養バランスはとってるから、昼はこれで問題ないけど」

真顔で答える沙羅を見て、美希が微笑んだ。


「じゃ、一枚もらえるかな」

「どうぞ」


 美希がパンを一枚取り、かじった。


「おいしい」

 美希の目が少しうるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る