第31話「英語って難しい」
翌日、来週の金曜日まで時間があるのでまずは英語をある程度身につけておこうと考えるばかりか何なら英語で櫻井さんを誘ったりも素敵だと考えたオレは英語の単語帳とにらめっこをしていた。
英単語というのは暗記のため日々の積み重ねが大事で1週間ひたすら100語を勉強するというのがオレにあったやり方だ。これなら2日目くらいまでは苦戦しても5日目くらいには単語を見るだけで訳が浮かんでくるのがほとんどになる。
これを次の週は101~200の100語その次は201~300の100語とやっていけば気付くとほとんどの単語が読めるようになっている。高校時代はそうだった。
とはいえ、あれから何年も単語帳には手を付けていなかったので「見たことはあるけれど意味は覚えていない」というのがほとんどだった。
これと並行して長文を読めば頻出単語は自然と頭に入るし意味が分からなかった単語も「意味が分からなかった」というマイナスとはいえ印象に残り覚えやすくなる。
文法は1から復習をすることになるけれど幸いなことに苦手な前置詞の出題はTOEICによると少ないようなので頑張れそうだ。
問題は…………
「リスニングってどうすればいいんだろう」
天井を睨む。問題はリスニングだ。1つだけセンター試験とは比べ物にならないほどの速さで出題されることにより単語は優しくてもほとんど聞き取ることが出来ない。
英語の授業で「run a」は「ラン ア」と分けて言うのではなくくっつけて「ランナ」のように発音すると聞いた時は真似してやたらとくっつけたものだけれどこれを聞き取るとなると相当難しい。
速度ばかりかこういうくっつけたものも出てくるともはやお手上げだ。とりあえず耳を慣らすために聴いて聴いて聴きまくるしかない…………のかな?
「英語を話せて聴き取れる人って凄いなあ」
オレはしみじみと言った。
そんな状態で時は流れ午後3時前、英単語をぶつぶつと呟きながら愛車に跨りスーパーへと向かう。
櫻井さんと会うのは楽しいしハグのことを思い出すと自転車を漕ぐ足に自然と力が入る。
「そういえば修三君TOEICの勉強は順調? 」
スーパーで合流し買い物をしている最中に櫻井さんが尋ねる。昨日ハグをしたばかりで上手く話せるか疑問だったけれど案外話せるものだ。
やめてくれ櫻井さん……今英語の話はしたくない!
という気持ちを堪えて作り笑いをする。
「順調だよ、この調子なら700……いや800点も余裕さ! 」
「そっか…………苦労しているんだね」
「あれ? 何でバレてるの? 」
慌てて自分の口をおさえるも手遅れだった。彼女は笑いながら言う。
「修三君顔にすぐ出るからね~さっきなんて凄い顔が引きつっていたから。こんな風に! 」
そういって彼女が顔をしかめてみせる。
何てことだ……オレは櫻井さんの前でこんな顔をしていたのか、道理ですぐ見破られるはずだ。
こんな顔をしながら800点なんて見栄を張っていたなんて客観的に見れば滑稽だと愕然とする。しかし、それ以上に……
「アハハ、櫻井さん。綺麗なのにそんな顔したら台無しだよ」
……それ以上に、彼女がそんな顔をするのが貴重で少し面白かった。
「もう、笑い事じゃないんだよ! それよりも苦手なところを教えて、私で良ければ力になるから」
頬を赤くした彼女がたしなめるように言う。
流石に笑うのは失礼だったか、しかし櫻井さんが力になってくれる……櫻井さんはオレが知る限りでは中学時代まで成績上位で大学院でも勉強をする位の秀才だ、力になってくれるとなると頼もしい限りだ!
「実は今リスニングがセンター試験よりも格段に早くなっていて全然聴き取れなくて困っていて」
「リスニングかあ、始めは驚くよね。そういうときは慣れるためにもディクテーションをすると良いよ」
「でぃく……てー……しょん? 」
何のことだろう? 少なくともオレが高校時代に習った単語ではなかったような…………一体何をするというのだろうか
オレが首を傾げていると櫻井さんはそのことに気が付いたようだ。
「ごめんね、ディクテーションっていうのはリスニングをしながらそれをノートに書きとることだよ。そうすると後で見比べたときに自分がどこを聞き取れてどこを聞き取れていないかがハッキリ分かるようになるの! それにね、書き取らなきゃって思うと集中力も上がるでしょ? 」
確かに彼女の言うように書き取ると自分がどの単語を聞き取れてどの単語を聞き取れなかったのかが視覚化されるのに加え書きとることを意識したほうが集中力は上がりそうだ。流石櫻井さんだ! 何に関しても詳しい!
ん? 詳しすぎない?
この時、虫の知らせというかものすごく嫌な予感がした。TOEICを拒否したにしては詳しすぎる! まるで既に英語は極めたというような雰囲気が漂っていた。ここは確かめるためにもカマをかけてみることにしよう。
「ありがとう、流石TOEICで800点取った櫻井さんだね! 」
「そんなことないよ~まぐれだよ…………あ」
「はははははははっぴゃくてん! ? ひぃっ! 」
彼女が失言に気付き手で口を塞ぐのとオレが思わず後ずさりをするのはほぼ同時だった。
「……ごめんね、黙っててあまりこういうのは言わないほうが良いと思って」
彼女が頭を下げる。
しかし、驚いた。櫻井さんのことだから取っているとしたら700越えは確実とは思ってはいたけれどまさかそれの上を行く800点だなんて! これから受験するオレのことを気遣ってアドバイスまでしてくれて彼女が謝る義理はない気がするけれど…………せっかくこう謝ってくれているのだから自然流れでこれを利用させてもらおう!
「あ~櫻井さん、オレは凄く傷ついたよ。これはオレの両親がいない来週の金曜日に一緒にお酒を飲んでくれないと立ち直れそうにないな~」
そう、確かにオレたちは20代も半ばに差し掛かる年齢で学生みたいに教室で~なんてことは出来ないけれども代わりにというべきか大人にはお酒がある! お酒を飲めば誰もが饒舌になると予測されるので酔った彼女から色々と彼女のことを聞いて共通の話題を増やし何ならタイプの男なんかも聞いてそれになりきって一気に距離を縮めようと考えたのだ!
こうしてオレはごく自然に彼女をデートに誘ったのだった……のだけれど
「え、お酒? 誰もいない2人きり? 」
自然な流れで誘ったはずが櫻井さんは困惑しているようで頬を赤く染めつつも目を丸くしていた。「パパーパパパパ」と陽気なBGMだけが響き渡る。彼女の反応から不自然な流れだったと思い知らされる。
「ごめん、実は金曜日親がいないっていうから櫻井さんと飲み会っていうの1度くらいやってみたくてさ、便乗して誘っちゃった」
今度はオレが頭を下げる。
「そうだったんだ、突然のことだったからびっくりしちゃったよ! でもせっかくのお誘いだしお邪魔しようかな」
「ほんと! ? 」
不自然な流れで諦めかけていたけれど意外にも答えはYES! これは当日が楽しみだ!
オレは流れてくる陽気なBGMに合わせて踊り出したい気分になった。
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