第16話 高槻さおり、妹みつきとの和解を窓居圭太と榛原マサルに報告する
火曜日の放課後、ぼく
みつきは、男性アレルギーを治したいので、今後もぼくとデートごっこをしたいと言うのだけれど、これって付き合っているのとは違うよね?
みつきを
もう、夕食どきだ。いつもよりだいぶん遅くなってしまった。
「ただいま」
そう言って家に入ると、エプロン姿のお姉ちゃんが迎えに出て来た。
「おかえり、けーくん。きょうはバッチリだった?」
そう言って、お姉ちゃんはいまひとつ決まらないウインクをしてみせた。やれやれ。
「あ、ああ、さっきまでのこと?
まあね。なんとか買い物のアシスタントは出来たと思うよ」
ぼくがぶっきらぼうに答えるとお姉ちゃんは、
「うーん、そういう意味じゃなくってぇー、みつきちゃんと少しは仲良くなれたのって意味ぃー」
と、甘ったるい声で、別の答えを要求してきた。
「そうだなぁ、仲良くなれたかどうかは自信ないけど、いろいろ話が出来たんで、彼女に対して持っていた誤解がだいぶん解けてよかったよ。
彼女にメアドを教えてくれたお姉ちゃんにも感謝してる。
正直、最初はビックリしたけどね」
とぼくが答えると、お姉ちゃんはにっこりとしてこう言った。
「そう。それはよかったわ。
みつきちゃんってほんとはいい子なんだけど、人付き合いでは不器用なところがあって、誤解されやすいの。すごく損してる。
付き合いの長いお姉ちゃんには、よくわかるわ」
「付き合いって、ほとんど夢の中だけでだろ」
ってツッコミはこのさい腹に飲み込んで、ぼくは黙ってうなずいた。
そして、こう返した。
「男女交際とはちょっと違うけれど、ぼくと
今回の事件がきっかけで、むしろお互いに理解できるようになったかも。
ケガの功名だね」
「うん、そうね。
そしてそこから、友達以上のもっと親密な関係に発展することもあるはずよ。
がんばって。
ところで、きょう、
彼女、今週また上京するって。今度行く高校の入学手続きのために。あさっての夕方、うちにやって来る予定よ。
もちろん、うちに下宿するための下準備を兼ねてね❤️」
明里とは大阪在住のぼくたちの従妹で、先日、お姉ちゃんに告白して両想いになった中学三年生だ。
四月から、わが家に下宿することも決まっている。
「そうなんだ。これから準備でいろいろ忙しくなるね」
そう言うと、お姉ちゃんは三、四週間ぶりに明里に会えるのがうれしいのだろう、喜色満面で答えた。
「そうよ。やることがいっぱいありすぎて、どれから手をつけたらいいのか迷っちゃうくらい。
わたしと明里ちゃんの部屋の模様替えもしないとねー❤️」
新生活の夢いっぱいの、お姉ちゃんだった。
ぼくはまだまだそんな気分ではなかったが、新年度の始まり、春は確実に近づいてきたのである。
⌘ ⌘ ⌘
その後夕食を終えて、ぼくは自室でひとり、きょう銀座で起こったできごとを榛原にどう伝えたものか、思案していた。
最初に彼や高槻に伝えた通り、ぼくは姉と一緒にショッピングしていたことにしておいて、きょうのできごとは取り立てて彼に報告しないという手もあった。
けれど、今晩みつきは、家で必ず姉と話し合いをすることになっている。
当然、姉、高槻にきょうの銀座での話もするに違いない。
となると、明日の朝、高槻を迎えに行ったときに、高槻から昨日みつきとぼくが一緒に過ごしていたことをふまえた発言も出るに違いない。
だったら、変に隠さずにきょうの件を(もちろん起きたことをすべて言うつもりはない)あらましだけでも報告しておいたほうがいいだろう。
ぼくは、次のような文面のメールを書いた。
「榛原、きょうは高槻さん担当をしてくれて、お疲れさま。何か変わったことはあったかな。
ところで、ぼくのほうだけど、実は予想とまったく違う展開になったんだ。
姉からメールがきたとばかり思っていたけど、本当は姉からぼくのメアドを聞き出したみつきちゃんからのメールで、簡単に言えば、ぼくに直接先日の件を謝りたいから呼び出したということなんだな。
みつきちゃんとしばらく話をしたら、エキセントリックなだけの子と思っていた彼女が、意外と常識的でまともな子であることがよくわかったよ。
みつきちゃん、ぼくとも話が出来たのできょうの夜こそは姉と話をするって言ってたから、今ごろは彼女と高槻さんがこれまでのことをじっくり話し合っているはずだ。
事態はたぶん、いい方向に向かうと思うよ。
明日また話をしよう。手短かだけど、きょうはこんなところで。圭太」
それを送信して、しばらくすると、短い返信が来た。
「きょうの件、了解したよ。
帰宅時、高槻さんと少し話したけど、妹さんとの話し合いは、向こうが言ってくるまでは、催促しないで放っておくのがベストという意見で一致したよ。
そうか、今晩ふたりの話し合いがあるというのは、いいニュースだな。
明日の高槻さんの報告を楽しみにしていようぜ。ではお休み」
それを読んで、今夜は久しぶりにぐっすりと眠れそうな気がした。
⌘ ⌘ ⌘
翌朝は、格別夢を見ることもなく目覚めた。
まことに爽快だ。
そして定時、いつものようにぼくと榛原は高槻邸の前にいた。
玄関の引き戸が開き、門まで出て来た人影があった。
見ると、制服姿のみつきだった。
ぼくは思わず、彼女に声をかけた。
「おはよう、みつきちゃん」
みつきもぼくたちに気づいて、ペコリとお辞儀をした。
「榛原さん、窓居さん、おはようございます。
姉はすぐに出てきますので」
わりと明るい口調でそう言って目礼すると、さっそく表通りへと出て行った。
ふーん、さすがに榛原がいるときはぼくを圭太とは呼ばないんだ。もしそう呼ばれていたら気恥ずかしかったに違いないから、ちょっとホッとした。
みつきの後ろ姿を見ながら、榛原が言った。
「みつきさん、あの感じだと、高槻さんといい話し合いが出来たっぽいな」
「ああ」
ぼくもうなずいた。
すぐに、高槻もぼくたちの前に姿を見せた。
「おはよう、榛原くん、窓居くん」
そう挨拶してきた高槻の表情は、心なしか緊張を帯びていた。
「さっそくだけど、昨日の話をしますね。
夜、みつきちゃんがわたしの部屋までやって来て、話がしたいというの。
で、まずは、昨日窓居くんと彼女が会っていたという話から聞かされたわ。
窓居くん、妹の買い物に長い時間付き合ってくれてありがとう。
みつきちゃん、ひとりの買い物には抵抗があったから、窓居くんが付き添ってくれて助かったって感謝していたわ。
それに、窓居くんって服の見立てもなかなかのものと褒めていたわ。自分とセンスが近いって。
それから自然に、先日の事件の話になったわ。
みつきちゃん、あの時はまともな判断力を失っていたと反省していたわ。
神様に窓居くんの扱いをいったん任せておきながら、自分だけの判断でああいうことをしたら、神様のご機嫌を損ねるに決まっているのに、頭に血が上っていて、気がつかなかったというの。
長い間、神様のお使いをやっているとかいっても、そこはまだ中学生、年相応の判断力しかないということでしょうね。
だから、それを案じて神様はわたしを補佐に立てて、まだ未熟なみつきちゃんが暴走しないようにしたのだと思うわ。
さらには、そのとばっちりで、窓居くんまで補佐役にさせられてしまったわね。
みつきちゃん、今回の件については、まず窓居くん本人に謝ることが先決で、わたしへの話はそれからにしようと考えていたと言っていました。
だから、少し時間がかかってしまったってことね。
日曜日は、本当にごめんなさいね。
姉のわたしからも、お詫びします」
そう言って高槻は、ぼくに対して深々と頭を下げた。
ぼくがそれに対し、答えた。
「いいよいいよ、高槻さんに非はないことだから。
それに、日曜日は罠をはってあえてみつきちゃんの行動を誘導したわけだから、多少の災難は覚悟していたよ。
結果は大事に至らなくてよかったし、事件がきっかけで、ふだんはなかなか言えない本音を伝えあうチャンスが出来たと考えれば、むしろプラスになったともいえるね」
「そういってもらえると、わたしも気が楽になりました。ありがとう」
そう答えた高槻の表情は、だいぶん緊張がほぐれて、明るくなっていた。
彼女はまた、話を続ける。
「みつきちゃんとはその後は、彼女が四年近く前、神様に願ってわたしに与えたテレパス的な力について、話をしたわ。
昨日の夢の中で、わたしは神様の問いに対して『この力は、いまや私にとって大切なものなのです』と答えましたが、みつきちゃんはその言葉に対してありがたいと思う一方で、もしかしたらわたしが彼女を気遣ってそういってくれたのではないのか、本当はその力がない状態を望んでいるのではないかと尋ねてきたのです。
わたしは、そう問うみつきちゃんの真剣な表情を見て、今こそわたしの本当の気持ちを伝えるべきなのだろうと考えました。
嘘いつわりのない、わたしの心を」
それを聞いてぼくたちも、緊張が高まった。
「わたしはみつきちゃん、いえ妹みつきにこう答えました。
『あなたが神様に対してお願いしたこと、これはあなたがわたしのことを純粋に心配してやったことだと思っています。
その気持ちには、嘘いつわりはないわ。
だから、過去あなたがなしたことを責めるつもりはないの。
あのときはまだあなたも11才。とても幼かったわ。
でも、あなたも15才を迎え、来月には中学を卒業しようとしている。大人になろうとしている。
そんなあなたに、これからは意識して欲しいことがあります。
ひとの気持ち、本当のこころ、これって当人に尋ねたところで、かならず教えてくれるとは限らないってこと。
なぜなら、本心をぜんぶ言ってしまうことで、壊れてしまう関係も少なからず、あるから。
例えば、わたしたちはまだちゃんと経験したとは言えないけれど、恋愛が一番わかりやすいと思う。
友達のままだったらいい人間関係を築いていたでしょうに、どうしても相手の本当の気持ちが知りたくて、確かめようとした結果、恋を失ったばかりでなく、友達に戻ることさえかなわなくなる。そんな悲しい話、あなたも知っているでしょう。
ひとの心って、結果的にわかってしまうものであって、ことさらに知ろうとするべきものではないと思うの。
だから、あなたがわたしの本心を聞きたい気持ちは痛いほどわかるけれど、いまはそれを答えないでおきたい。
心とは、相手に開示してもらうものではなく、自分が読み取る努力をするべきもの。
相手の立場になって、感じとるもの。
あなた自身が、わたしのこれまでの4年間の言ったこと、なしてきたことからよく考えて、判断して欲しいの。
それが、これからのあなたにとって、一番大切な姿勢だと思っているからね。
あなた自身で、これからどうしたらいいのか、あの力を神様に返還するかどうかを、決めてください』
こう、わたしがみつきに伝えている間の彼女は、しっかりわたしの目を見てくれていました。
そして、最後にうなずきました。
『わかったわ、さおりちゃん』
そう、ひとことだけ言って。
『大丈夫、わたしの言いたいことは、妹にきちんと伝わったわ』
わたしは彼女を見て、そう確信しました」
そうぼくたちに語った高槻の大きな瞳には、明るい輝きがあった。
そこには、ようやく妹とまっとうな繋がりを持つことが出来たことへの喜びが宿っているようだった。(続く)
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