第13話 窓居圭太、銀座に呼び出される
火曜日の早朝に稲荷の神様から受けたお告げは、ぼく
それまできょうだいの片方だけが神様の使いであったのが、残る片われも神様に仕える身となったのであるから。
それも、かねてより神様からのお告げを受けていたぼくだけでなく、神様と初対面した高槻さおりも、一気に
特に高槻さおりが、妹によって自分に付与されたテレパス能力について、ぼくや
この発言が、これからのみつきの考え方にどのような影響を及ぼすのだろうか。
ぼく、榛原、高槻の三人は、それまでのようにみつきと敵対するのでなく、むしろ寄り添い連帯することを目指すようになっていた。
ただ問題なのは、みつきのほうに、ぼくたちに心を開く準備がまだ整っていないことだった。
⌘ ⌘ ⌘
火曜日の昼休み、きょうもやっぱり
もはや、四人がレギュラーメンバー?
この分じゃ、新聞部の
とはいえ、美樹先輩の昨日のアドバイスは、なかなか有益だった。
ぼく自身にとってというだけでなく、高槻にとってもそうだったと思う。
あの話を聞かなければ、ぼくはこれからも失恋を無駄に重ねることになっていたかもしれない。
また、高槻も妹との間で意地の張り合いを続けて、いよいよ事態をこじらせてしまう可能性さえあった。
今後も先輩の、ぼくたちにはない視点からの意見を必要とすることがあるだろうから、彼女とのつながりは、出来る限り大事にしておくべきだろうな。
それはさておき、きょうは吹奏楽部の活動はない日だった。
いつもならば、終業後はそのまま、榛原とともに高槻を家まで送って行くのだが、ちょっとばかりイレギュラーな事態が起きた。
ぼくのスマホに、ふだんはほとんど来ることもないメールが届いているのに気づいたのは、受信されてから10分くらい経った、12時40分ごろだった。
タイトルは、「けーくん、きょう空いてる?」とある。
この呼び名をぼくに対して使うのは、お姉ちゃんか、従妹の
ただ、いつもとは違う、知らないメアドから発信されているのが、少し気になった。
さっそく開けてみると、こう書いてある。
「お姉ちゃん、きょうの放課後、銀座にお洋服を買いに行くつもりなんだけど、けーくんに一緒について来て、似合っているかどうか見て欲しいの。
それから、いつものメアドと違うこと気づいていると思うけど、きょう、スマホを携帯するのを忘れちゃって、友達のを借りてるからなの。気にしないでね」
メールの末尾には、銀座での待ち合わせ時間と場所が書かれていた。
文章は、今でこそそんな感じじゃないけど、かつてぼくに甘々だったころのお姉ちゃんそのものだった。
スマホを忘れたという言い訳も、ちょっとそそっかしいところのあるお姉ちゃんっぽく感じられた。
「しょうがないなあ、ここんとこ、だいぶんツンモードで通して来たから、たまには姉貴孝行してやりますか」
と独りごちながら、ぼくはこんな返事を打ち込んだ。
「オーケー。きょうは部活もないから、大丈夫だよ。4時に銀座和光のウインドー前だね。じゃ」
送信して、さっそく榛原たちにそのことを報告した。
「悪いな、家庭の事情できょうは一緒に帰れなくなっちゃった。榛原、頼むな」
榛原はもちろん、二つ返事だった。
「ああ、任せとけ。たまにはお姉ちゃんとも、いちゃいちゃしてやりなよ」
「もう、そんなんじゃないから。野暮用なんだって」
高槻も、ニコニコとしてこう言ってくれた。
「どうぞ、お姉さまと大切なひとときを過ごしてください。
ここのところ、わたしが弟さんを独り占めしちゃってましたよね」
そんなやり取りをしているのを聞いて、美樹先輩も口を開いた。
「そうそう、きょうだい、仲良くしておいたほうがいろいろいいに決まっている。
窓居くんのお姉さんにはお会いしたことはないけれど、話に聞くところじゃ、なかなかプリティな女性ということじゃないか。
一度、お姉さんを先輩にも紹介してくれないかな?」
「あ、はあ…」
そ、それはなんとなくアブナいものを感じますんで、遠慮させていただきますと、ぼくは心の中で続きの言葉をつぶやいたのだった。
ただでさえ、明里とああいう仲になっているお姉ちゃんに、百合百合な美樹先輩まで絡んできたら、とんでもないカオスが発生しそうだからね。
とりあえず、榛原と高槻のオーケーはもらえたので、ぼくは久しぶりに、たぶん三、四年くらい行っていない銀座へと行くことを決めた。
⌘ ⌘ ⌘
高校を定時過ぎに出ると、ぼくは榛原と高槻に手を振って別れを告げ、いつものコースとは逆方向に向かって歩き出した。
高校の近くにある
十五分あまり歩くと、ようやく地下鉄の駅に着いたので、そこから二十分ほど地下鉄に乗っていたら、銀座に着いた。
待ち合わせ場所、銀座四丁目の交差点角にある和光には、約束時間の数分前にたどり着いた。
さっそく、お姉ちゃんくらいの背丈の、小柄で若い女性はいないか、キョロキョロと見回した。
学校帰りのはずだから、制服を着ているだろうが、それらしい格好女性はひとりだけだった。
スプリングコートの下から、紺色のプリーツスカートが見えるその子は、髪を三つ編みにしていた。
その後ろ姿を見つけた瞬間、ぼくは、ん?となった。
お姉ちゃんに似てはいるが、微妙に違うような気が……。
お姉ちゃんって、通学スタイルは三つ編みだったっけ?
と、ふいにその女の子がくるりと振り向いた。
「み、みつきちゃん…?!」
ネコっぽい丸顔のその少女は、まさしく高槻みつきだった。
⌘ ⌘ ⌘
「き、きみ、どうしてここに?
まさか、あのメールってきみがくれたの?」
ぼくの問いに対して、みつきはその大きな瞳をそらすことなく、ぼくを見つめてこう答えた。
「うん。ごめんね。こんな手を使っちゃって。
しのぶちゃんに頼みこんで、メアドも教えてもらったの。彼女のことは、責めないでね」
その一言で、みつきがお姉ちゃんの協力により、ぼくを誘い出したのだと理解した。
「どういうつもりなの、きみ。
けさ、神様に厳しく注意を受けたばかりじゃないか。
まさか、ぼくに仕返しをしようとか…」
周囲のひとの目もあるので、さすがに大きな声では言えなかったが、ぼくが詰め寄ろうとすると、みつきはあわてて手のひらで否定の動作をとりながらこう答えた。
「待って待って、まったく違うから、誤解しないで。
あたしは、日曜日のことをあやまりに来たの」
ぼくはその一言に毒気を抜かれたというか、ポカーンとしてしまった。
「あやまりに、来たんだ? このぼくに」
「そう。直接あやまりたいと思ったの。
だって、いつもさおりちゃんや榛原さんと一緒にいるから、一対一できちんとあやまるタイミングがなかったの……圭太に」
そこで、みつきはハッとした表情になり、急に目を伏せた。
「そ、そんな呼び方しちゃったのは、あんな恥ずかしいことしちゃったのに、今さら窓居さんなんて呼びづらくて……。
圭太って呼んで、いいよね?」
なんか、頭の中がとても混乱してて、どう答えたらいいのかよくわからないぼくだったが、とりあえずこう答えた。
「あ、ああ、ぼくは別にどんな呼び方でも構わないぜ。気軽に圭太と呼んでくれ」
これで、相手に対して寛大な大物って風格が出ただろうか。
……いや、ムリだな。
それはさておき、ぼくの答えを聞いてみつきも安心したようだ。
「ありがとう、圭太。これからは、そう呼ばせてね」
そう言って、にっこり微笑んだのだった。
そんな表情のみつきを見たのは初めてだったので、ぼくはちょっとドギマギしてしまった。
顔に出ていなければいいのだが。
圭太と呼び捨てにされるって、向こうから一気に距離を詰められた感じがして、それはそれで悪くないな。
ぼくはそんなふうにも思った。
⌘ ⌘ ⌘
それからぼくは、このままずっと立ち話もなんだからと、近くの喫茶店にでも入らないかとみつきに提案した。
彼女も賛同してくれたので、さっそくすぐ近くにある木村屋の二階のカフェに上がって、向かい合わせで座ったのだった。
みつきは、注文したミルクティーを飲みながら、話を始めた。
「日曜日は、ほんとうにごめんなさい。あたし、あのときは頭に血がのぼっていたとしか思えないわ。
いま思えば、あり得ないような行動をしたと思う。いろんな意味で、恥ずかしい。
出来れば、圭太を洗脳して記憶を消してしまいたいくらい」
いや、それはコワいので、お断り申し上げます。
「とにかく、さおりちゃんに近づく男性は、みんなよこしまで信用できないひとばかりだと思っていたから、その本性をあばいてやろうとして、ちょっと過激な手を取ってしまったの。
でも、日曜日の夜、夢の中で神様に報告申し上げたら、きついお叱りを受けたの。
あたしのやったことは、神使の掟に触れるような行為だったのね。
明日には関係する者を全員呼んで、改めて処分の内容を伝える、と言われてしまって。
ショックだったわ。神様にそんなふうに言われたのは初めてだったから。
この日曜日の件がきっかけで、神様も、あたしやしのぶちゃんにずっと任せるつもりだった神使の役も、任せきりに出来ないと思ったんでしょう。
けさ、神様がさおりちゃんや圭太に神使見習いをお命じになったのも、あたしたちだけに任せることに不安をお持ちになったからだと思う。
神様に叱られたことで、あたしもようやく自分のバカさ加減に気づいたわ。下手すると、神様の信頼すら失っていたかもしれなかったんだから。
でも、月曜日はまだ、気持ちの整理がつかなくて、さおりちゃんや圭太たちには何も言えなかった。
きょうもまだ、さおりちゃんにはきちんと話をしていないけど、帰ったらかならず話すつもりなの。
でも、その前にまず、圭太に謝っておきたかった」
「そうか。日曜日以降、そういう機会がなかったからな。
みつきちゃんが、あの一件を悔やんでいると聞いて、ほっとしたよ。
ぼくだって、これからも険悪な状態を続けたくなかったからね」
そう言って、ぼくは笑って見せた。
みつきも、すっかり緊張がほぐれてきたようで、いい笑顔を見せてくれた。
それから、こういう話になった。
「あたし、小さいころから、さおりちゃんよりいろんな意味で劣った子だと意識して育ってきたんです。
ご存知でしょうけど、さおりちゃんはあたしよりずっと美人なだけじゃなく、成績もいつもトップクラスだったので、あたしはずっと彼女の陰に隠れた存在だったの。
スポーツでも、芸術面でもさおりちゃんはソツがないので、あたしが彼女に勝てるのは、せいぜい料理の腕ぐらい。
本当にあたしはさおりちゃんの引き立て役でしかなかったけど、でも彼女は自分の完璧ぶりを鼻にかけることはまったくないの。
常に自分を向上させようと考えている、努力の人なんです。
だからあたしにとって、そんなさおりちゃんは理想の女性像でした。
今だって、もちろん。
さおりちゃんが、そこいらへんにいる、チャラチャラしたつまらない男と付き合うのが、絶対に許せなかったから、神様にお願いして、男の本心が読めるようにしてもらったの」
ここまでみつきは一気に話して、ようやく息をついた。
ぼくは、自分の感想を述べた。
「そうか。みつきちゃんは、昔からとてもお姉さん思いなんだね。
さおりさんに能力を持たせたのも、彼女に良かれと思ってやったことだったんだ」
が、そこでみつきはちょっと表情を曇らせて、小声でつぶやくようにこう言った。
「でも、それが果たしてさおりちゃんにとっていいことだったのか、最近ではあまり自信が持てなくなってきたの。
せっかく高校から女子校に入ったのに、あえてそこを出て共学校に移ったこと、しかも私と同じ高校になることを避けたかのようにそうしたこと、それはあたしにとってはとてもショックでした。
でも、それこそがさおりちゃんの本音なんじゃないかなと。共学校で男子と仲良くしたいのではと思ったわ。
けさ、神様の前では、能力は迷惑じゃないふうにさおりちゃんは言ってくれたけど、それはあたしをかばってくれたのかもしれない、そう思ってるわ」
みつきの言葉を聞いて、ぼくは彼女がこちらが思っているよりずっと多くの葛藤を抱えているのだなと思った。
だが、彼女と高槻さおりとがまたきっちりと話し合いをしていない以上、先回りしてその考え方が正しいとかどうとかの意見は言いづらい。
ぼくはただ、「そう、かもしれないな」としか言えなかった。
しばらくの間、ズーンと重い空気がふたりを支配してしまったので、ここは話題を変えたほうがいいかなと感じて、ぼくはこう切り出した。
「ところで、これからどうしようか?」
「メールで書いた、お洋服を買いに行こうと考えているのは本当よ。
圭太、いまからしばらく、付き合ってくれない?」
そう、ぼくは提案されたのだった。(続く)
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