第9話 窓居圭太、榛原マサルと高槻さおりに救出される

転校生高槻たかつきさおりの妹、みつきによって上町かみまち公園のトイレに拉致監禁されたぼく、窓居まどい圭太けいたは。彼女からいくつかの新事実を聞かされていた。


稲荷の神様の使い、神使しんしであるみつきは、同じく神使であるわが姉しのぶとも、何年にもわたってつながりがあるということ。

神様と彼女たちは同じ情報を共有しているということ。

それゆえに、みつきは姉さおりが池高に転入するよりはるか前に、ぼくの情報を得ていたということ。

つまり、水面下ではきわめて現代的な情報戦が展開していたのだった。


みつきはぼくの頭をゆっくり撫でながら、こう話を続けた。


「ところで、あたしが窓居を監禁してから、ゆうに三十分は経っているけど、いまだに窓居の連れは助けに来ない。

なぜだと思う?」


「そう言えば、榛原はいばらたちはまったく来る気配がないな。

いくら何でも、三十分も音沙汰がなければ、ふつうはぼくの安否を気にしてやって来るもんじゃないのか?」


ぼくがそう漏らしたら、みつきはかかっと笑って答えた。


「タネ明かしをしてやるか。陽動作戦ってヤツだ。

今ごろ、あたしの影武者に撹乱かくらんされているってことだ。


もし、窓居が最初に自分の身の危険をこいつで通報出来ていりゃ、その作戦も成立しなかったろうがな。

あいにくだったな、窓居」


と言って、さっきも手に持っていた、ぼくから没収した非常用のアラームをまた取り出して見せた。


そういうことだったのか。

となると、みつきの影武者、つまり共犯者とは?

ある「ひとり」にならざるを得ないだろうな。うーむ。


「窓居の尋問もこのへんにして、そろそろ影武者にキューを出すとするか」


そう言ってみつきはスマホを取り出し、ちゃっちゃとメッセージを打ち込んで、ピッと送信ボタンを押した。


「これで、榛原たちは一杯喰わされたことに気づいて、まもなくここにやって来るはずだ」


その後、みつきは手短かに陽動作戦の内容を説明してくれた。

そして、ジャージのジャケットを再びまとうと、


「これからも、お前はさおりちゃんにはいっさい手を出さないこった。

せいぜい榛原と仲良くやりな。


あたしとしちゃ、お前たちを敵に回さずに済んで良かったぜ」


そう言って一笑、個室のカギを開け、外へ出ていった。

もちろん、ぼくの拘束は解いてくれなかった。


⌘ ⌘ ⌘


五分ほどして、ようやく、高槻さおりの声がトイレ内に響いた。


「窓居くん、もしかして、ここにいる?」


ぼくが答える。

「ああ、ここに閉じ込められてる。まだ縛られていて動けないんだ。助けてくれ」


女性用トイレだから、まずは高槻が中に入って、ぼくの存在を確認したんだな、そう思いいたった。



それからようやく、高槻と榛原のふたりがぼくの拘束を解き、救出してくれたのだ。


トイレの外に出て、ホッとひと息をつく。


榛原が、彼にしては珍しく気落ちした表情で、ぼくに謝って来た。


「圭太、すまない。今回は完全に判断をミスった。


圭太が俺たちから離れたときに、近くに怪しい格好の女性がいたから、てっきりそれがみつきさんだとばかり思って、ずっとマークしてしていたんだ」


ぼくがその続きをさえぎって、こう言った。


「榛原、しばらくその女性に気を取られていたせいで、まったく身動きが取れなかったってことだろ。


それで、彼女の正体を突き止めてみたら、それはぼくの姉だったんだろ?」


「えっ、圭太、どうしてそれを?」


榛原は、驚きを隠せなかったようだ。


「お姉ちゃんは、たぶん、こう言ってたんだろ?

『けーくんが、ろくに行き先も言わずに出かけて行ったから、女の子とデートするに違いないと思って、変装して見守っていたの』とか、何とか」


榛原が無言でうなずいた。


「でもそれも、実はウソの理由なんだ。昔のブラコンな彼女ならありえたけど、今回はすべてみつきちゃんが仕組んだトラップなんだ」


そう言って、ぼくは先ほどの顛末てんまつをふたりに話して聞かせた。


もちろん、みつきがジャージを脱いであれこれした件はいろいろ誤解を生みそうなんで省いたし、ぼくと榛原がガチだと言った件も、妄想癖がありそうな高槻さんには刺激的過ぎるんでごまかした。


とりあえず、ぼくと榛原が高槻を口説こうと接近しているわけではないとみつきが納得したことは伝えたのだった。

正直な話、高槻に対して説得力十分とは言えないだろうが、いたしかたない。


「そうだったの。みつきちゃんは窓居くんのお姉さんと連携して、わたしたちをとまどわせたのね」


高槻が溜息まじりにこう言った。


「そうか。申し訳ないな。おとり作戦にはめたつもりで、むこうの陽動作戦に引っかかってしまったとは」

榛原がうなだれて言う。


「まあ気にしないでくれ。命に別状はなかったんだから。ケガもしていないし。


むしろ、姉のことではきみたちに迷惑をかけてしまってすまなかった。


なぜ、この程度のことで済んだかというと、みつきちゃんがさっきぼくにこう言っていたんだ。


『あたしは窓居のお姉ちゃん、しのぶと約束をしたんだ。弟にケガをさせるような真似はしないって。

それで彼女は、あたしへの協力を引き受けてくれた』


だから、高槻さんも、家に帰ってからみつきちゃんを叱らないで欲しい。

みつきちゃんは、ちょっとお姉さんへの気持ちをこじらせているだけなんだから。

お姉さん思いであることには変わりはないと思う。


今は彼女に、自分がやってしまったことについてじっくりと考えてもらったほうがいいから、そっとしておいて欲しい。

ぼくも、姉にきょうの事件について話すつもりはない。


まだ、この問題はまったく解決してはいないけれど、さっきみつきちゃんから話を聞いたことで、解決の糸口がだいぶん見えてきた気がするから。

あと、ひと息だよ」


ぼくがそう言うと、ふたりともうなずいた。


榛原がそれに続けた。


「あとは、みつきさんの気持ちをどう変えられるかという課題が残ったってことだな。


これが一番難しいのだろうが、ブラコンなお姉さんの気持ちが従妹いとこ明里あかりさんの告白によって変わったという、圭太の経験談から考えるに、ひとの気持ちを変えられるのは、やはり他のひとの気持ち以外にないんだろうな」


それからは、重い沈黙がぼくたちを支配した。


ひとの気持ちほど奥深く、計りがたいものはない。

それは不動不変のものではない。

でも、何をもってすればそれが変わるかと言えば、誰にも確たる正解は出せない。

だって、自分自身にさえ、その答は分かっていないのだから。


ぼくたち三人は、それぞれに深く思いをめぐらせたのだった。


⌘ ⌘ ⌘


その後ぼくと榛原は、高槻を自宅まで送り届けた。

帰り道、ぼくは榛原と今後の方策について話し合う。


「みつきちゃんは、ぼくたちについてはガードをゆるめてくれそうだが、他の男についてはガードを解くわけもないよな」


「ああ。当分、高槻さんのテレパス能力は現状のままだろう。


みつきさんは、四月からM女に進学するから、ふたりは別の学校のままだしな」


「警戒レベルは、そのままってことかぁ。


ぼくの従妹、明里みたいに、受験だけでもしておけば、神様の力を借りてうちの高校に潜りこむことも出来たんだろうがな。


そうすれば、昔の、高槻さんと妹が同じ学校に通っていた状況に戻るわけだから、問題解決とはいかないまでも、今のテンパった状態から少しはましになるんだが、それさえも無理か。


とりあえず、有効策は思い浮かばないなあ」

ぼくは、手を後ろに組んであくびをするように言った。


「いや、手はまったくないわけではないぜ。

言ったろ、ひとの気持ちが決め手だって。


俺か圭太が、みつきさんのことを、フェイクでなく本当に好きになれば、まだ本当の恋愛を知らない彼女は、大きく変わる可能性がある。

きみのお姉さんのように」


そう言った榛原は、真顔だった。


「おいおい、みつきちゃんがぼくたちの手に負えるかよ、あんなガチなシスコン女子」


「わからないぜ、実際付き合ってみないことには。

案外、いけるかもだ」


そう言って、榛原はニッと笑ってみせた。本気かねえ。


「そうだな、もちろん、圭太の気持ちってものがあるから、無理にそうしてみろと言うつもりはない。


でも、言うじゃないか。馬には乗ってみよ、人には添うてみよって」


ぼくがみつきと付き合うというのは、どう考えてもありえないだろう。

向こうだって望んでないだろうし、ぼくとしても美少女とはいえあんな突拍子もない行動に出る子は願い下げだ。


だか、榛原の言わんとすることは、わからないでもなかった。

本当に相性がいいかどうかは、付き合ってみて初めてわかるものなんだろう。


とりあえずぼくは、榛原のご高説に、

「ふうん、そんなものかねぇ」

と答えて、お茶を濁した。


波乱に満ちた日曜日は、こうして終わったのだった。


⌘ ⌘ ⌘


翌朝は、どういうわけだか、何も夢を見ることなく目が覚めた。

すったもんだはあったものの、昨日の件では神様の逆鱗げきりんに触れるようなことはなかったと見える。


今度はどんな怖いお仕置きが来るのか、内心ビクビクしていただけに、これにはある意味、拍子抜けしてしまったのも事実だ。

だが、まあ無事であるに越したことはないだろう。


ホッとしながら出かける支度をして、先週のように早めに家を出た。

そう、きょう月曜日から、また高槻さおりのボディガード業の再開だ。


榛原とともに、約束の時間きっかりに高槻の家の前にいると、高槻本人が現われるより先に、制服姿の妹みつきが姿を現わした。中学の登校時間にしてはだいぶん早いが、日直当番か何かなのだろう。


「やあ、おはよう」

あんな出来事があった昨日のきょうではあるものの、ぼくは思わず彼女に声をかけてしまった。


するとみつきは、ハッとした表情になり、次の瞬間にはパッと顔が赤くなった。恥ずかしい記憶が不意に蘇ったみたいに。


そして、

「あ…はあ、おはようっす」

というしどろもどろの挨拶もそこそこに駆け出して、あっという間に姿を消してしまった。


ボーゼンとその様子を見ていたぼくたちのもとに、ちょうど高槻さおりが姿を現わした。


「おはよう、高槻さん。

いま、みつきさんに会ったところだけど、彼女、その後はどんな感じだったかい?」


榛原が尋ねた。


「そうね、昨日みつきちゃんはずっと自分の部屋にこもりっぱなしだったわ。

食事の時だけ家族の前に出てきたけど、わたしに話しかけることはなかった。

そんなこと、普段はまるでなかったのに。」


高槻が答えた。


「さすがに、昨日の一件を経て、いろいろ思うことがあったんだろうな。

ぼくの姉も昨日からずっと無口で、あの件について話すことはなかったよ。


で、これから、事態はいい方向に向かうんだろうか?」

ぼくがふたりに問いかける。


「それはどうだろう。まだまだみつきさんの懸念の材料はなくなったわけじゃない。


俺たちふたりは一応無害認定されたようだから、これまでのように俺たちが高槻さんをガードしている限り、新たな男性が高槻さんに接近する機会はほとんどない。


だが、完全にゼロとも言えない以上、みつきさんが警戒態勢を解くとは思えないな。


みつきさんの気持ちが、高槻さんから他のひとに移ることがない限りは、問題は解決しないだろうな」


その榛原のことばに、高槻さんもぼくも深くうなずいたのだった。(続く)

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