第6話 窓居圭太と榛原マサル、高槻家を訪問する

土曜日の午後三時、ぼく窓居まどい圭太けいた榛原はいばらマサルは、高槻たかつきさおりの自宅を訪れていた。


ぼくたちはさっそく十五畳はあろうかという広い和室の客間に案内され、高槻の両親と妹の登場を待つこととなった。


しばらく待っていると、高槻から聞いていた年齢、四十代前半にしてはとても若々しい印象の、高槻の両親が障子を開けて、姿を現わした。


ふたりとも、中高なかだかではっきりとした目鼻立ちだ。いかにも超絶美少女高槻の両親だけはあるなぁと、ぼくは思わず溜息を漏らしかけた。おっといけない。


さっそく、ぼくたちは名乗った。まずは、榛原がよどみなく話し始めた。


「はじめまして。お休みのところお宅におじゃまさせていただき、大変恐縮です。

わたしは、さおりさんと同じクラスの榛原マサルと申します。なにとぞよろしくお願いいたします」


さすが榛原、今回は臨機応変に「わたし」と来たもんだ。ぼくも、慌ててこう続ける。


「はじめまして。わたしも同じクラスの窓居圭太と言います。また、さおりさんには、ぼっ、わたしたちが所属している部活、吹奏楽部にも入っていただきました。よろしくお願いします」


横を見ると、榛原のヤツ、ぼくの慣れない敬語遣いに笑いをかみこらしていやがる。くそっ!


「こちらこそ、はじめまして。わたしがさおりの父、高槻真司しんじ、隣は妻の亜紗美あさみです。


おふたりのことは、さおりからいろいろ聞いていますよ。これまでずっと友だちらしい友だちのいなかったさおりに、転入早々ふたりも友だちが出来たと聞いて、とてもびっくりすると同時に、ホッとしているところです。


さおりは、おふたりもご存じかと思いますが、ちょっと厄介な事情をかかえているため、ひと付き合いがなかなかうまくいかないのですが、珍しく問題なく話の出来るかたが新しい学校にいらして、親としても、本当に感謝しています」


と、高槻の父親が一気に話すと、となりの母親も、こう続けた。


「榛原さん、窓居さん、毎日さおりを送り迎えしていただいて、本当にありがとうございます。

これでさおりが、新しい高校ではうまくやっていけるのではと、私たちも安心しているのですよ。

先日までいた女子校では、どうしてもいいお友だちが見つからなかったと、さおりが言っておりました。


実は今回の転校も、さおりから言い出したことなのです。入って一年もたたずに転校なんて、最初は私たちもとまどいましたが、さおりに強く懇願されまして……。この子は言い出したら、絶対に引かないところがありまして」

と高槻の母親は、苦笑いした。


それに対して高槻は、余裕を感じさせる微笑みでこう返した。

「これで、転校は正解だったって、おわかりいただけましたよね、パバにママ。


ところで、肝心のみつきがいっこうに現われないわね。あの子、ほんと、人見知りがひどいんだから。

わたし、行って連れてきますね」

そう行って、高槻は立ち上がった。

みつきとは、この場にまだ現れていない、高槻の妹の名前だ。


しばらくすると、襖が空き、高槻に片手をつかまれたツインテールの小柄な少女がおずおずと客間に入って来た。

背は高槻より5センチは低い。

服装は、高槻がブラウスにフレアスカートとお嬢様っぽいのに対し、ニットセーターにミニスカートと、ちょっとギャル風味だ。


その顔立ちを見ると、やはり高槻の妹だけあって、目鼻立ちがハンパなく整っていたが、高槻が細面でシャープな感じなのに比べて、わりと丸顔で、猫を思わせるコケティッシュな面立ちだった。

ぼくの従妹、財前ざいぜん明里あかりにもちょっと似ている。


高槻は妹を自分のとなりに座らせた。

「わたしのひとつ年下の妹、みつきです。こちら池上高校のクラスメート、榛原さんと窓居さんよ」

そう言って、妹にさあ挨拶しなさいという目配せをした。

「た、高槻みつきです…。姉が大変お、お世話になってお、おります」

と、妹はたどたどしい口調で、頭を下げた。

が、ぼくたちには、まるで視線を合わせようとはしなかった。完全にソッポを向いていた。

その場の室温が、いっぺんに二十度くらい冷えた感じだった。


高槻父はその空気を感じてか、なんとか場を取りつくろうと、わが娘をこうたしなめた。

「みつき、お姉さんの大切なお友だちなんだから、ちゃんとお相手なさい。人見知りにも限度がある」


高槻妹は、そう注意されても、相変わらず視線をあさっての方向にむけている。


「まことに申し訳ありません。みつきは極度の人見知りといいますか、特にさおりの知り合いのかたには、どなたにもこんな態度なのです。どうか無礼な娘をお許しください」


「いえ、どういたしまして。このお年頃の娘さんはおおむねそういうものではないかと思いますので、お気遣いなく」


榛原が無難にまとめてくれた。


それからはしかたなく、高槻妹はそこにいてもいないものとして、残りの五人で話をすることになった。


一時間近く、高槻と妹、あるいはぼくたちの生い立ちについて聞いたり、聞かれたりして過ごした。


そのやり取りで高槻と妹について新たにわかったことは、こんな感じだ。


高槻、そして妹は生まれてから、ずっとこの上町かみまちに住んでいて、一度も引越しをしていない。

高槻は、小学校・中学校は共に地元の公立。

妹も同じ小・中の一年下。

ふたりの仲は、悪いわけではないのだが、妹が極端なお姉ちゃん子で、いつも高槻にベタベタとくっついている。

高槻の趣味は音楽鑑賞とフルート演奏だが、妹の趣味はおしゃれな服を探して着ること。

高槻は、両親の勧めもあって、高校は共学でなく、女子校である私立のM女子学園を受けた。そして合格、つい最近まで通っていたが、思うところあって池高に転入した。


ここまでは、格別気になる点はなかった。が、次に語られた事実は、ぼくと榛原のセンサーにピビッと触れるものだった。


「みつきは高校進学にあたり、『お姉ちゃんが入った高校に入りたい』と言い出して、先日受験、さいわい合格したので、この四月からM女子学園高校に通うことになっているのです」


そうお父さんが説明したのを聞いて、ぼくと榛原は妹のほうを向いた。

が、そこにはすでに彼女は座っていなかったのである。


高槻に尋ねると、少し前にトイレか何かの用で席をすっと外して、戻って来なくなったという。


そして高槻から聞くに、今回の姉の予想外の転校に対して妹みつきは、相当なショックを受けているらしかった。

転校決定時には、池高の願書受け付けもとっくに締め切りになっており、みつきはいわば姉にハシゴを外されてしまったのだった。


「そういうご事情でしたら、わたしたちがみつきさんによそよそしくされても、文句は言えないという気がしますね」


榛原は、溜息交じりにそう言った。


「ところで、みつきさんが席を外されたことですし、ここからは少々立ち入ったことをお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」


いよいよ本題に入るべく、榛原が高槻父に確認した。彼は、こう答えた。


「どうぞ。わたしたちが答えられることでしたら、どのようなことでも」


そして、それに高槻母もうなずいた。


「では、お尋ねします。みつきさんにはこれまで、彼女に備わったなんらかの霊能力を感じさせるようなエピソードはありませんでしたか?」


そのひとことに、ぼくも、思わず緊張が高まった。


⌘ ⌘ ⌘


高槻家からの帰り道、ぼくと榛原は先ほどの高槻父の証言を頭の中で反芻していた。


「そういえば、みつきは幼稚園の頃から、わりと信仰心が強かったような記憶があります。


三才で最初に七五三のお詣りをしたあたりから、神社という場を『神様にお願いをしてそれをかなえてもらう場所』と認識していたようで、その時に買ってもらったお札をちゃんと保存していて、いまだに手元に持っているようです。


あとは……そうですね、小学校の中学年の頃から、近所の稲荷神社によく行っていたと思いますね。

それもわたしたち家族が一緒とは限らなくて、むしろひとりだけでも頻繁に通っていたようでした。お札もかなりの数を持っているようです。


それから、たまにみつきから、予言めいた話を聞かされて、それをすっかり忘れた頃に現実のことになった、そんな例もあったかな。

近所の知り合いのひとが引っ越したとか病気になったとか」


高槻父が語るそういったエピソードを、ぼくたちは深くうなずきつつ聞いていたのだった。


「もう、これだけ材料が揃ってしまえば、疑う余地はほとんどないよな、榛原。


ぼくとぼくの姉のケースとは少し違うパターンではあるけれど、高槻みつきが霊能力によって姉さおりの恋愛をずっと妨害していたのは、間違いないよな?」


ぼくが念を押すと榛原は、眼鏡を外してクロスで拭きながらこう答えた。


「ああ、今回は他の推論の余地もないほど、明らかな話だ。


だがな圭太、その解決は思うほど簡単ではなさそうだ。少なくとも、霊能力のまったくない俺では、極めて難しい。


ここはおそらく、深く神の世界とかかわったことのあるきみの力が必要になりそうだ。


ちょっと危険を伴いそうだということは、きみと稲荷の神とのやり取りからも推測できる。


これからきみに、おとり捜査のような危険を犯してもらうことになるかもしれないが、それでも構わないか?」


榛原の視線に真剣マジなものを感じた。

ぼくは、こう答えた。


「ああ、望むところだ。

榛原とぼくは友だちだ。それくらい、お安い御用さ。

それに、ぼくはずっと似たような辛い思いをして来た高槻さんの力になりたいんだ。囮捜査のミッションだろうが、なんなりと言ってくれ」


そう言ってぼくたちふたりは拳と拳を軽くぶつけて、団結の誓いをしたのだった。


「そうと決まれば、さっそく実地検分といくか」

「ん? それってつまり?」

「この上町にある稲荷神社を見に行くってことさ。今後の展開を考えたら、ロケハンは必須だろ?」


その提案には、なるほどとぼくもうなずいた。


さっそく、文明の利器・スマホを頼りに上町かみまちの稲荷神社を探し当てた。

果たしてそれは、高槻の自宅から徒歩で五分くらいのところにあった。


広さは、ぼくたちのよく知る本町の稲荷神社とだいたい同じで三百坪程度だった。

が、大きく違っているのは、本町の神社は石垣に囲まれているだけで、オープンな場所にあるのに対して、こちらの神社は、周囲がうっそうとした林だった。


樹々の間から、かいま見えて来た本殿へと歩み寄ろうとすると、榛原は無言でぼくの腕を引いて制した。


彼が「あれを見ろ」と言わんばかりの目配せをしたので、再び前を見ると、そこには先ほど初対面したツインテールの少女、高槻みつきが後ろ姿でたたずんでいたのだった。(続く)

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