第3話 窓居圭太と榛原マサル、高槻さおりのボディガードとなる

古ぼけた喫茶店シャトウでの転入生高槻たかつきさおりの相談話は、ぼくの予想をはるかに上回るシリアスなトーンを帯びて来た。

それだけではない、どう考えても不可解な謎をぼくと榛原はいばらにつきつけて来たのである。


「俺たちからは、高槻さんについて思っている心の声がまったく聞こえてこなかった、そういうことなんですね?」

榛原がたずねたが、彼女はその通りだとうなずいた。


「ふーん、それはまた不思議きわまりますね、俺は別に異能力者ではありませんし、圭太もそうだと思いますよ。なあ、そうだろ?」

そう言って榛原はぼくの腕を叩く。

「ああ、もちろん。あなたのテレパス能力をブロックするような能力などぼくにあるわけがないです」


答えながら、ぽくは内心こう思う。

(ぼくはたしかに彼女と交際したいなどと望んでいるわけじゃないけど、昨日始めて出会ったときには普通に彼女の美しい容姿には驚きを感じていたわけだから、なんの感情も抱いていないってことはない。そういう気持ちは、彼女にとっては何も問題がないってことなんだろうか。よくわからん)


「そうなんですか……」

ぼくたちの返答に一瞬、とまどいの表情を見せた高槻だったが、でも吹っ切ったように、明るい声で口を開いた。

「たしかに、なぜあなた方の心だけが読めないかの説明は、わたしにも到底出来ません、でも、あなた方は少なくとも、わたしに害をなす人びとではないと、わたしには思えるのです」


「そうですか。俺のほうからこう言うのもおかしいですが、俺たちもしょせんはまったく信用できないイカサマ野郎かもしれませんよ。

どうなんですか? 俺たちがあなたの秘密を知っても大丈夫だと思える、その根拠は何なんですか?」

榛原が、眼鏡の奥の眼を光らせて、こう問いただした。


高槻は、長い髪をかきあげながらぼくたちを見据えるようにして、こう答えた。きっぱりと。


「それは、理屈じゃなくて……そう、女のカンです。

あなた方は、間違いなくわたしの味方です。

……いや、味方になってください!」


そう言って、両手をぼくの右手と榛原の左手に伸ばして、強く握った。ほんのりとあたたかい手だった。


男ふたり、こうまで高槻に言われて、さすがにノーと言うわけには行かなくなった。

最後は理屈より、彼女の熱意に負けるかたちで、ぼくたちは高槻さおりの力になることを、約束したのだった。


榛原が話を続ける。

「高槻さんがなぜテレパス能力に覚醒したのかをつきとめないことには問題は解決しませんが、その糸口を見つけるまで、しばらく時間がかかりそうですが」

「それは覚悟しています。四年近く解決できずにいたのですから。

ここは現実的な対策として……」

「対策として?」

「しばらくの間、わたしのボディガードになっていただけませんか? 具体的には、学校にいる間は、他の男子がわたしとむやみに接触出来ないよう、ガードして欲しいのです」


ただ、それは常にぼくと榛原がペアになってというのが条件だという。四年近く極度の男性アレルギーだった彼女にしてみれば、マンツーマンで男性と行動するというのは、相当なストレスを伴うからだ。たとえ信頼出来る相手でも、まだまだハードルの高いことなのだろう。


「オーケー、任せてくれ」

「もちろん、ぼくも喜んで」

いつもクールな榛原は、当然のごとく即了解した。ぼくも、今回はとにかく人助けに徹しようと決めたのである。高槻のような高嶺の花を自分の彼女にしたいなどとはまったく思っていなかった。これは嘘ではない。


「ただね、ひとつだけ問題があるな」

榛原が、思い出したかのように言い出した。

「俺たちふたりは、圭太が昼休みのとき話したように、吹奏楽部に入っている。週に二日か三日はその部活に出なきゃいけないので、そういう日はどうしますか?」


高槻は、待っていたかのように、学生鞄の中から一枚の紙を取り出して、ぼくたちに差し出した。

「そういうことになるんじゃないかなと思って、書いて来ました、これ」


一枚の紙とは、部活の入部届の用紙だった。

果たしてそれには「吹奏楽部」と、部名が既に書かれていた。


「おお、これはこれは」

「うん、これはびっくりだ。高槻さん、いいのかい?」


ぼくたちはふたりとも、驚きを隠せなかった。勧誘しても、なかなか入部してくれる生徒がいないのだ、うちの部は。管楽器は習得するのがけっこう面倒なので、いったん入っても途中で挫折して退部する部員も多い。


「わたし、小学五年の頃からフルートを習っているんです。演奏、好きなんですよ、

いろいろとつらい思いをかかえていても、そのときだけは雑念を払って、無心になることが出来るので」


そう言って微笑みを浮かべる高槻を見ていると、いかに普段の生活が悩み多いものかがわかり、いささか気の毒になった。


ぼくたちのように、能天気に毎日を楽しめるようになってほしい。そのためにぼくたちが少しでも力になれればいいのだが。そう思った。


一時間ほど相談は続いた。とりあえず決まったことは、明日は部活があるので、吹奏楽部室に高槻を連れて行って部長を始めとする部員のみんなに紹介するということだった。


「まだ転入一日目なのに、所属部活までとんとん拍子で決まるなんて、わたし自身ビックリしています。これも、おふたりのおかげです」


興奮ぎみに、高槻が続ける。

「それにしても、おふたりは本当に仲がよろしいですね。まるで、人気刑事ドラマ『バディ』の、松下・葛城コンビのようで萌えます。あるいは、ホームズ・ワトソンかな」


と、なんだか急に目をキラキラさせ始める高槻。あれ、この子、こんなキャラだったっけ?


「となれば、ホームズは榛原くんでワトソンは窓居まどいくんでしょうね。うんうん。となると、宿敵モリアーティは、誰になるのかしら」


勝手にひとりで盛り上がっております。

うーん、意外な横顔を持っていたんだ、このひと。ひょっとすると「趣味・妄想」だったりして。


まあ、ぼくと榛原は、ふたりとも女性関係の浮いた噂もなく、いつもつるんでばかりいるから、BL疑惑をかけられることもたびたびだった。


もちろん、当人にはそういう気持ちは毛頭ないのだけれけど、180センチと長身で大人っぽい榛原と、小柄童顔ショタ系のぽくのふたりは好対照のカップリングに見えるらしく、新聞部の通称トップ屋・香坂こうさかには何度もネタにされかけて、かろうじて難を逃れているくらいだ。


今の彼女のアゲアゲぶりを見るに、もしかしたら高槻にも、「負の一面」ならぬ「の一面」があるのかもしれない。

ぼくたちをネタに、薄い同人誌を作るようなことがないのを、祈るばかりだな。


「さて、そろそろお開きにしましょうか」

榛原のフリに後のふたりも同意して、喫茶店を出ようと、古い階段を下りかけたときである。


一階のカウンター席にいたひとりの男性が、慌てふためいた様子で、飲み物の代金をカウンターに叩きつけるように置き、ドアを乱暴に開けてつむじ風のように去っていったのだった。

「あれまあ、お客さん、お釣りもまだだってのに」

カウンターの中の婆さんもあきれ顔だ。

ぼくが彼女に尋ねる。

「あのひと、どのくらい店にいました?」

「そうねえ、かれこれ一時間以上かしら。ずっと、おひとりで」


後ろ姿しか見えなかったが、髪型、背格好から判断するに、昨日ゲーセンで高槻と言い合っていた男子高校生であることは、まず間違いなかった。


「そうか、きょうも性懲りなく高槻さんを尾行して、話す機会をうかがっていたんだ」

「だな。だが俺たちが一緒だったんで、それをあきらめて逃走した。そういうことだ」


高槻も、さっきのリラックスムードからは一転して、いかにも不安げな面持ちになっている。


「こうなると、当分は高槻さんの安全のために、ガード体制を強化したほうがいいんじゃないかな、圭太」

「ああ、学校の中でだけガードするんじゃ、だいぶん不安がある。出来れば、登下校時もぽくたちがいたほうがいいと思う。なあ」

「そういうことだ」


さすがにこの提案には、高槻も驚きを隠せなかった。

「そこまでしていただくなんて、さすがに申し訳ないです、わたし……」


榛原は、眼鏡を直しながら、こともなげに答えた。

「俺たち、引き受けた以上はハンパなことはやりたくないんで。遠慮は無用ですよ」

「それとも、かえって迷惑だとおっしゃるならば、引き下がりますが」

ぼくが引き継いだ。


高槻は、慌てて手を左右に振って否定した。

「迷惑だなんて、とんでもない。そこまでわたしのことを心配していただけるのでしたら……ぜひ、お願いします」

ペコリと頭を下げた。


そういう経緯で、さっそく予定変更、ぼくたちは近くの本町ほんまち駅から私鉄に乗って、彼女を住まいまで送って行くことになった。


本町駅の二駅先にある上町かみまち駅の周辺は、都内でも屈指の、閑静な高級住宅地が広がる地域だ。駅から数分のほど遠くない場所に、高槻の自宅はあった。いかにも手入れの行き届いた広い庭のある、小綺麗な和風の一軒家で、彼女の育ちの良さを感じさせた。


「ここまで来ていただいたんですから、せめてお茶でも」

と中に入るよう彼女に乞われたものの、さすがに知り合いになってほぼ初日から他人の家に上がりこむのは恐れ多いからと固辞して、ぼくたちは帰途に着いた。


「明日から、忙しくなるな、俺たち」

帰り道、榛原がこう口火を切って来た。

「ああ、でも正直言って、ここのところ目新しいことは何も起きてなかったから、言い方は悪いが、いい退屈しのぎになりそうな気がするな」

ぼくは、本音を口にした。


「まあ、ボディガードだけやっているぶんにはそうなんだがな、それではちょっとねえ」

「ん? どういう意味だい」

「いつまでも、ボディガードだけやっているんじゃ、能がないってことだ。なんとか彼女の謎を解かない限り、俺たちは永久に彼女の送り迎えをしなきゃならんってことだぜ」

「ハハハ、たしかに」


そうなのだ。時間的な制約は特にないにせよ、なんらかの手がかりを得ないことには、事態はまったく前に進まないのだ。


「今のところ、この難問の正解は、さしもの俺にも見当がつかない。

だが、高槻との接触時間を出来る限り多く取れれば、そのうち何かしらの手がかりがつかめるかもしれない」

「そういう意味じゃ、フルタイムのボディガード役も、案外ヒマ潰し以上の効用があるかもな」

「そゆことだ」

榛原はうなずいた。(続く)

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