2-9 青と白銀の巫女

「燃えてる! 火事だ! 逃げろ!」


 観光客らしき白人の男性が誘導をしている。その脇をすり抜ける。


「お? おい! お前等!」


 止めようとしているが、俺たちは止まらない。炎を飛び越え、燃え盛る家に突入する。


「……二階に二人。子供か」


 生命の歌が聞こえる。二人で身を寄せ合って怯えている。急いで階段を駆け上がり、二階に上がった。


「……」


 砲弾の直撃だろうか? 壁がそっくり無くなっていた。火元は無くなった壁の下。何時家が崩れてもおかしくない。

 ドアを開けて、中に入る。


「むっ……」


 煙で視界を一瞬塞がれる。これでは息をするのも苦しいはずだ。子供たちは……、


「いた!」


 兄妹らしき二人が壁際に座っていた。


「誰?」


 男の子が俺に聞く。


「助けにきた」


 俺は二人を抱えて、廊下に出た。


「……」


 階段から炎が上がってくる。じゃ、別ルートで脱出。

 がけのようになった二階の縁から外に飛び出た。


「わっ! ……え?」


 男の子が悲鳴を止めた。下半身だけライトギアを装着し、脚部のスラスターを吹かして、宙を進む。


「ああ……ああっ!」


 通りにいる女性が、こちらを見上げて、叫んでいる。見たところこの子たちの母親のようだ。女性の近くに着陸する。


「ああ、何て事……」


 女性が二人を抱き締める。


「早く、逃げて下さい。ここはもう危ない」


 英語で女性に伝えると、片言の英語で言われた。


「ありがとう、ありがとう」


 女性が二人を連れて、全速力で逃げていく。


「……」


 気を集中させる。周囲の生命の歌を漏らさず聞く。


「……ざっと四十ってところか、ブラム、水瀬みなせ


 脳裏でイメージを作り、それをキリョクを使って二人に送信した。


『何これ? すげーな。何かこうやって話す、みたいな?』


 ブラムが念で返事をする。初めてにしては上出来だ。


『西側の三分の一は引き受ける。ブラムは真ん中、キセは東側』


 水瀬特任大使から指示が飛んできた。


『おいおい、俺の持ち場が多いぜ?』

『文句は言わない』


 弟を叱る姉のように水瀬特任大使がブラムをたしなめる。そのやり取りをしながら、二人が迅速に行動しているのを、俺は脳内でモニターしている。


 俺の持ち場の人数は十一人。水瀬特任大使は十五人。ブラムは二十四人。


 ドアを蹴破って、火の中に飛び込む。むせる老婆を背負って、火の上を高跳びする。軽く八メートルの高さまで上がり、すたんと着地。目の前で唖然とする男性に老婆を預ける。


「頼みます」


 屋根の上に飛び上がり、走り出した。フロア上になっている屋上から屋上へ走り幅跳び、宙返りして、火の中に飛び込む。

 ずしんと着地したら、床がくぼんだ。ここも長くは持たない。


「お、お前さん……」


 影の中から言われた。目を凝らすと、高齢の男性が子供たちを連れて、そこにいた。核の起爆装置を返してくれた老人だ。逃げ遅れた子供たちといたらしい。

 人数は……十人。これで十一人全員だ。


「逃げ道を作ります」

「作る?」


 高齢の男性が、首を伸ばして、こちらに注目している。俺は、ライトギアの封印を解き、八火殻やびからの刀を取り出した。


「……ふぅ」


 抜刀し、壁を細切れにした。


「すげ……」


 男の子が呆れたように賛辞を贈ってくれた。連続して壁を三枚切り刻んで、大通りまでの『道』を作った。

 子供たちが高齢の男性を抱えて、道を進む。


「ありがとう」


 高齢の男性が涙を浮かべながら小さく言ってくれた。


「お早く」


 高齢の男性の肩を押して、通りに逃がす。


『キセ、こっちは終わったぜ』


 ブラムが念話で報告する。


『早いな。数は倍以上だったぞ?』


『ひと塊でいてくれて、楽でしたわ。逃げ道作るのに建物壊しちゃったけどネ』

『俺もだ』


『でも、火を消すの、ちと厄介ですな』

『……』


 確かに、火を消すには手が足りない、か。恵みの雨でもあれば……。

 思いを空に向けて、何かが空高くに静止しているのを見た。


「……水瀬?」


 ライトギアだ。鮮やかな青と白銀のライトギア。両手を胸の前で組んで、うつむいている。


『キセ、空が……!』


 ブラムに言われる直前に俺も気づいた。突如として黒雲が現れ、冷たい風が吹き始めた。ぱらぱらと雨が落ち始め、たちまち豪雨に見舞われる。


『すげえな……水瀬ちゃんのキリョクってああいう性質なのか?』


 らしいな。大自然に呼び掛けて、天地を動かす力。

 それは、まるで、精霊に呼び掛ける巫女のようだった。周囲から歓声が聞こえる。皆が、空で祈る水瀬特任大使を褒め称えている。

 間違いなく、彼女は、ニンゲンを救う聖人だと感じた。もうそこに反逆の王の面影は無かった。

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