2-7 隠れ家の茶屋

 ダマスカスの旧市街、マーケットが並ぶ通路を俺たちは歩いている。


「担がれたわけではないだろうが……」


 コモンズが警戒している。ジョンソンはサングラスを掛け直して、さっきから落ち着かない。

 こんな人通りが多い、人目に付きやすいところで……まあ、周りが全部敵という可能性もある。一斉に銃を抜いて、なんて展開も、CIAの二人は考えているだろう。


 ケイヒル・ジャミンに限って、それは無いと、俺は断言するが。


「ここだ」


 指定された緯度と経度、携帯電話のアプリで確認する。

 間違いない。ここだ。

 袋詰めされた酒瓶やジャムか何かの瓶詰、豆の缶詰のようなもの、香辛料のようなもの、食料品その他雑貨といった雰囲気のこぢんまりとした店舗。


「いらっしゃい。何かお探しですか?」


 店主らしき中年の男が、こちらに英語で話し掛けてきた。俺は、すっと紙切れを男に渡した。


「……どうぞ、中に入って下さい」


 男が店内に通してくれる。紙切れには数字意外に刻印が押されている。ここでの割符代わりという事だ。

 細い通路を進んで、通りに出た。


「……」


 旧市街のはずだが、不思議な雰囲気の場所だ。

 緑が天井を覆っていて、古い石造りの壁に囲まれた道が左右に続いている。


 西洋ファンタジーの街並みのような……静寂に包まれて、穏やかに時が進んでいる。

 街並みを見て綺麗だと思ったのは、これが初めてかも知れない。見惚れてしまう。


「こちらに」


 男が向かいのドアを開く。全員でぞろぞろと中に入る。


「こちらに」


 すぐ近くのドアを開いて、ぞろぞろと中に入る。


「こちらに」


 またドアを開く。一体これは……。


 方向感覚を失ってしまう。だが、向こうが約束を破るとも思えないので、仕方なく黙って中に入った。


「お連れしました」


 男が脇に退く。

 奥に誰かが座っている。水たばこを吸っているようだが、かなり高齢の男性か?


「ようこそ、アメリカの友人」


 英語で迎えてくれた。教養のある老紳士。そういうふうに見える。

 俺は高齢の男性の前であぐらを掻いて座った。全員に、座れ、とコモンズが手振りする。


「……」


 高齢の男性が水たばこを吹かす。俺は、じっとそれを見守っている。誰も文句を言わない。


「……ふふ、行儀の良い子たちだ」


 高齢の男性が顔を綻ばせる。


「返して上げなさい」


 高齢の男性が男に命じる。男は、深くお辞儀をして、後ろのドアを開いた。その奥に、金属の筒のようなものが見えた。


「出来ればあのようなものが二度と使われない世界を願いたい。それもうたかたの夢かな。あの悪魔どもが全てを食らってしまうだろう」


 高齢の男性が、俺を指差す。


「星の子よ、お前には光が見える。世界を救うために力を尽くしなさい」


 俺は深く頭を下げ、地に両拳をつく。


「では、お茶を飲んで、帰りなさい」


 ドアが開いて、男たちがお茶を運んできた。それを一人一人受け取る。

 俺もカップを受け取って、男の懐をちらりと見た。黒い色の物騒なものが見えた。


「ありがとう」


 男に英語で感謝し、お茶をすする。お行儀良くして正解だった。こういうのは世界共通だよネ。


「美味しい……」


 どういうお茶なのだろう? 甘い……。高齢の男性の顔を覗くと、愉快そうに、にこにこ笑っていた。

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