3-6 表裏

 呼び出しをくらって、新東京都に出向いて二時間。俺とブラムはずっと都心にある事務所の応接室で待たされている。


「お茶を替えますね」

「あ、ども」


 ブラムが色目を使っている。二十代後半、色白な日本美人。あのスーツの趣味といい、好みのタイプに違いない。


「やあ、お待たせして申しわけない」


 部屋に人が入ってきた。

 振り返ってみると、三枝さえぐさ監察官が部下を二人連れて立っている。


 俺は立ち上がって、深く一礼した。


「ん? どうかした?」


 三枝監察官が戸惑った様子で首を傾げている。


「お礼を言いたくて。新しい官舎に移して頂いて、生活が少し楽しくなりました」

「ああ、礼を言いたいのはこちらの方だ」


 三枝監察官は上着を部下に預けて、向かいのソファーに座った。


「君を総理に紹介した事で信頼を得る事が出来てね、めでたく昇進の道が開けたよ」

「おめでとうございます」


 心から祝福する。


「ありがとう」


 三枝監察官がネクタイを緩める。自然に出た笑顔が初対面の時とは別人のように朗らかだ。


「今日は君たち二人への聴取だが、同席する監察官がいる。入って下さい」


 声を掛けられて、誰かが部屋に入ってくる。ヒールの音。女性だ。


「失礼します」


 凛とした声。顔を見ると、やはり凛とした美人だった。センスの良いリムレスの眼鏡を掛けている。知性的。かなり若い。


「ホシビト管理委員会監察官、水瀬みなせシジョウと申します」


 さらりと黒髪を揺らしながら頭を下げる水瀬監察官。


「……」


 顔を上げた水瀬監察官とじっと見つめ合う。ふっと彼女が微笑して、瞬間的に俺は気が付いた。この人とは前に会っている。最近だ。しかし――。


 俺は言い出しそうになって、口を噤んだ。


『賢い判断だな』


 声が――頭に直接聞こえて。


『話せるはずだ。キリョクを相手に向けて、意識で語り掛ける』


 言われた通りにやってみた。念を込めて、言葉を送る。


『ここで何をしている?』

『何を? 仕事に決まっている』


『冗談。敵の親玉が裏でお役人やってるなんて話』

『正しくはその逆だ。色々と事情があるのでな』


『で、東京キングダムはやっぱり政府の意向でか?』

『正しい立ち位置でお互いの立場を理解し合う。ニンゲンとはそういう生き物だろう?』


『それで、今知る段階に来たからばらしたわけ?』

『その方が格好いいでしょうが!』


「はあ?」


 思わず口から声が出てしまった。


「何? 幻聴か何か聞こえた?」


 ブラムが不審げに俺を見ている。俺は咳払いして、水瀬監察官(灰羽レイ)と念話を続ける。


『で、俺を抱え込もうっての?』

『橋本総理は最初からそのつもりだ。君に八火殻やびからの刀を持たせたのも、役割を演じてもらうためだ』


『なるほど、ニンゲンらしい考え方だな』


 やれやれ、ようやく話の筋が見えてきた。


『よろしく、英雄尾神キセ君。これから私とは長い付き合いになるぞ』

『……すげえ展開。俺、今結構ショックだわ』


『私は嬉しい。君の全てが好みだ』


 と、獲物を見つけた雌豹のような目でねめつけられた。


「二人は初対面ではないのかな?」


 三枝監察官が怪しんでいる。


「いえ。英雄らしい顔つきだと思って」


 水瀬監察官が華やかに微笑む。嘘の上手さに、俺は軽く引いている。


「仕事に私情は持ち込まないようにね」

「勿論です。公私混同はきちんと避けます」


『公私は使い分ける』


 ちらっと念話で言われて、俺は本当に困ってしまった。


 東京キングダムの王と裏でお付き合いが始まってしまう可能性が浮上してしまった。


 水瀬シジョウ、大したタマだ。

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