第86話 ママ卒業
イーストに侵入した
「さいとーさん焼きでいいかしら」
「はい」
「焼き10個お願いね」
宿泊しているホテルの向かいにある牡蠣屋さんに誘ってくれたのは
偵察隊も早く終わり、イーストにも危なくて出られないので一杯やりにきたのだ。
「はい、かんぱ〜い」
「お疲れ様です」
サッポロクラシックがキュウキュウと吸い込まれていく。水は吐いてしまったが、なぜビールだと飲めてしまうのだろうか。
「ッかーー」
「ほんとお疲れね」
「……はい、体力不足を痛感しました」
「ウフッ、もう少し運動したほうがいいわよぉ」
「善処します」
「もぅ、硬いわねぇ」
初めて入ったが、ここの厚岸産牡蠣は1つ150円とよくわからない値段設定だ。L字のカウンターに小さめの椅子がぎゅうぎゅうと並ぶ。どじょうが関東のファストフードならば牡蠣は北海道のファストフードといったところだろうか。
「はい、焼きでーす。二個おまけね」
「ありがと」
皿に積まれるように並ぶ牡蠣達が湯気を上げる。港にいるかのような海風が心地よい。
「いただきます」
貝柱が離れるか離れないかの絶妙な火の通り具合。熱そうだが一口でいく。
ちゅるりと口の中に収まった焼き牡蠣を噛み締めると、濃厚な海の旨味が溢れる。海だ。海の中にいる。目を瞑ると昆布……生命を育む豊かな昆布の森が見える。
ビールを流し込む。もう一口、流し込む。
「……floating」
海を
フワフワと回ってきたアルコールが俺をどうでもいい回想世界へと誘ってくれる。
「アタシ、お店たたむことにしたの」
少し硬質な声色に、現実へと戻される。
「アタシも本気でゲームに取り組むことにしたの。だから何か手伝えることがあったら言ってね」
「お店、やめてしまうのですか……」
「ススキノもあんな調子だしねぇ。良い潮時かと思って」
そういって薄らと微笑むガイさんに悲壮感はなかった。
好きに生きていくというのも大変だ。
飯を食っていければいい。
なんていうのも、何かが起きたら崩れてしまう。そしてそれは病気や事故、老化や世情変化などで必ず崩れる時がくるのだ。
それに備えるだけの稼ぎがなければ、そんなにいいもんでもない。最近、ひしひしと感じていることだ。
「そうですか。冒険者ギルドも責任重大ですね」
「そうよぅ。頼むわねぇ」
揺蕩っている場合ではない。生きていく人達のために土台を作っていかねば。
「EPとかアイテムの預かりサービスを考えているのですが、ガイさんどうですか?」
「倉庫役? 戦いに出る人は向かないわねぇ。カオルがいいんじゃないかしら。真面目だし、元々ガチ勢じゃないしね」
「なるほど、声をかけてみます」
換金できるEPを預けるのだ。信頼感がない人に頼むのは気が引ける。カオルさんならモモカとも仲が良いし大丈夫そうだ。
「でも、イーストもどうなるのかしらねぇ」
「上級界にするとか言ってましたね」
「稼げるといいんだけど」
そう言って、ママを卒業するイケメンはニヒルに笑った。
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