第9話 胸に抱かれ……て!?


『魔力は無いが、魔力を扱うことに長けている。俺が指導すれば、きっと良い魔法使いになるぞ』


「良い魔法使い…………私みたいなのが……ですか?」

『ん? 何を今更。エルナは伸ばすべき才能の種を見つけることが出来たんだ。それはとてもラッキーなことだぞ』


「ラッキー?」


『何も持って無い奴はいない。皆、何かの種を持っている。だが普通は自分に何の種があるのか? 何を目指すべきなのか? 分からないまま、見つけられないまま、信じられないまま、人生を終えて行く。それはとても残念なことだ。しかも、その種という奴は非常に厄介で、自分で見つけ出すことは中々難しい。なぜなら、自身のことを知りすぎているが故に客観的に見ることが出来なくなっているからだ。実際、自分には魔法の才能が無い。そう信じ込んでいただろ?』


「ええ……」


『他人の方が案外見えているのかもしれないな。だから、それを見つけられたエルナは運が良いってことを言いたかったのだが……』


 彼女はぼんやりとした表情で俺の話を聞いていた。

 だが、そのうちに大きな瞳が潤み始め――たかと思った直後、


 彼女が俺のことをギュッと抱き締めてきた。



『っ!? な、なななんだ突然!?』


「ありがとうございますっ!」


『うえっ!? いっ、いぃっ!?』



 何が起こっているのか、すぐには理解出来なかった。

 その主な要因は、押し当てられた彼女の胸の柔らかさによるものが大きかった。


『おっ、落ち着けっ!!』


 埋もれた中で必死に訴えると、ようやく気付いて貰える。

 再び両手の中に収まった俺に対し、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。


「あ……ごめんなさい。あんまり嬉しかったんで……つい。苦しかったですか?」

『い……いや……大丈夫だ』


 相変わらず彼女にとっての俺は、意志を持った石でしかないのかもしれない。

 駄洒落じゃないぞ?


『と……とにかく、獲物の場所は分かった訳だから、そこへ向かおうかじゃないか』

「そうですね。では――」


 彼女は自分が探知した方向に爪先を向ける。

 その手には勿論、俺が握り締められているのだが……。


『しかしあれか……これから獲物と対峙しようというのに片手が塞がっていては何かと不便だな』

「じゃあ、一時ポーチにしまっておきましょうか?」


『いや、それじゃ会話が出来なくなってしまうし、それどころか魔力を受け渡せなくなってしまう』

「そうですね……。うーん……」


 そこでエルナは顎に手を当て、何か思案しているようだった。

 そして――、


「あっ、いいことを思い付きました! ちょっと待って下さい」

『?』


 何か閃いたのか、彼女は俺を近くの岩の上に置くと、腰に付けている革ポーチを探り始める。

 中から幾つかの工具を取り出すと、俺の頭の上で何かゴソゴソとやり出した。


「すみません。しばらくそのままで我慢してて下さいね」


 彼女は柔やかに言うが、こちらは不安で仕方が無い。

 ここからじゃ何も見えないのが更に不安を高める。

 痛いとか、そういうのは無いが、なんか頭の上がくすぐったい。


 一体、何をやってるんだ?


 不安な時間は、俺の目の前を一匹の芋虫が通り過ぎるくらいの時だった。



「出来ました!」



 エルナは満面の笑みで俺のことを持ち上げた。

 しかし、今の俺は彼女の手の中ではなく、宙にぶらぶら浮いている状態。


 なんだこれは……どうなってる?


 この感覚……吊り下げられているような……。


 多分、これは……。


 一つの可能性に思い当たり、それを口しようとした時、



「じゃーん、ペンダントです」



 先に言われた。


「弓の補修用に予備部品をいくつか持ってたんですが、こんな所で役に立つとは思いませんでした。なかなか良い出来だと思うんですが、どうですか?」


 どうと聞かれても宙ぶらりんのままじゃ声が伝わらない。

 それは言ってから彼女も気付いたようで、


「あ、そうでしたね。じゃあこうしてっと……」


 エルナはペンダントになった俺を首から下げる。


 と、そこまでは良かったのだが……。

 何を思ったか、そのまま俺を自身の襟元から服の中へとしまい込んだのだ。




『ふぉぉぉぉぉっ!?』




 思わず変な声が出る。

 温もりと柔らかさが俺の体全体を包み込む。


 ここはもしや……というか完全に……彼女の胸の中!?


「どうしたんですか? 変な声出して」


 彼女は呑気な様子で尋ねてくるが、こちらはそれどころじゃない。

 女子の胸に直接、埋もれるなんていう経験は、俺の人生の中で初めての事だから、その動揺たるや半端じゃなかった。


『あわわわわ……』


 元大賢者の身でありながら、あまりに気が動転し過ぎて上手く意志を伝えられない。


「この方が両手が塞がらず、しかも意志の疎通も出来て、自分でも中々良いアイデアだと思うんですけど、なんか間違ってましたかね?」


 エルナがそんなふうに平然と聞いてくるが、俺は服の中なので彼女の表情なんて見えやしない。


 いや間違ってないよ?


 でも、それ以上に問題がありすぎるだろ!


 これじゃ終始落ち着かないし、前だって見えやしない。


 つーか、この状況におかしいと思ってくれ!


 確かにこの状態は直接肌に触れていて魔力の感度が良好、こちらの声も通り易いが……せめて服の外に出るくらい紐を短くして欲しい!


 その事を彼女に伝えることが出来たのは、俺が落ち着きを取り戻すまでの僅かな時間が経ってからのことだった。

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