第6話 ぷにぷにの弟子、誕生
「えっ……でもさっき私の中には何も無いって聞きましたが……?」
エルナは怪訝な表情で俺を見ていた。
彼女の訴えは至極当然の反応だ。
魔力が無いと断言されたにも拘わらず、魔法が使えると言われたのだから矛盾している。
だが彼女の体は、そんな単純な法則さえ無視できる程の素質を秘めていた。
『確かに、お前の中に魔力は一欠片も存在していない。だが、その魔力を扱う器がとてつもなくデカいってことが分かった』
「私の中に……器があるんですか?」
『器といっても心の中に存在する無形のものだ。でだ……エルナが持つその魔力の器は、歴戦の魔法使いは疎か、精霊王級のエルフでも及ばないほど大きいんだ』
「??」
彼女は俺の言葉を飲み込めていないようだったが、取り敢えず続ける。
『で、なんで魔法が使える可能性があるかって話だが、それはお前の魔力の器のデカさに関係している。それだけ大きな器があるということは、人智を超えた大きさの魔法を扱うことが出来るということだ』
「そうだとしても……魔力が無いことには何も出来ないんじゃないですか?」
『あるさ』
「え?」
『この俺の中に』
俺は胸を張って言い放った。
が、石の体では見た目に何の変化も起きない。
せっかく格好付けたのに意味ねえ!
っと、気を取り直して……。
『こうして今も同調出来ているということは、俺の中の魔力をエルナが使える可能性が非常に高い。そうなれば当然、この魔力を受け渡す必要がある。だが、俺の中の魔力は世界中の
「えっと……」
『それが出来るのがお前だ、エルナ』
「??」
彼女はいまいちピンときていないのか、まだぼんやりとしていた。
急にそんな事を言われても実感が湧かないのは当たり前か……。
魔法の素質――といっても、ちょっと普通とは違うからな。
『まあ、それが同調出来ている確かな理由にはならないし、厳密にどんな力が働いているのかは正直、俺にもまだ分からない。だが、俺の中の膨大な魔力を許容出来る器を持っているからこそ繋がっている――というのは間違い無いだろう』
「じゃあ本当に……魔法が使えるんですか? この私にも……」
エルナは少しずつだが、ようやく自分の身に起きていることを理解し始めている様子だった。
『ああ、理論上はな。だが、すぐに使えるという訳ではない。大きな魔力を手にしたからといって、それを扱う技術が伴わなければ素人以下でしかないからな。当然、それに見合った鍛錬が必要になってくる』
「やります」
『えっ?』
あまりに即答で一瞬、何のことだか分からなかった。
「教えて下さい。その鍛錬っていうのを。それに、これまでのお話を聞いた限りでは、魔力が無い私が魔法を使えるようになるには宝石さんが必要みたいですから。駄目……ですか?」
彼女は真剣な眼差しを俺に向けてきていた。
今までの穏やかな雰囲気とは少し違う、ピリッとした感じ。
だが、そこで何かに気付いたようで……。
「あっ……でも、宝石さんが私にそこまでしてくれるメリットが何も無いですもんね……うーん、困りました……」
『いや、そんな事は……』
俺が言い掛けると、彼女は急に恥じらうような仕草を見せる。
「手持ちで価値のありそうな物はありませんし……私が代わりに差し出せるものと言ったら……やはり、この身くらいしかないのですが……」
『おいっ!? 早まるなっ!』
つーか、この姿でどうしろと? って、そうじゃない! たとえ人の姿であっても俺はそんなこと求めちゃいない。
『ちゃんと俺にもメリットがあるから安心しろ。寧ろ、俺の方からもお願いしたいところだったんだからな』
「そうなんですか??」
思ってもみなかったことなのか、エルナはきょとんとした。
『俺はエルナにとても興味があるからな』
「えっ……」
彼女はそこで不意を突かれたように目を丸くした後、照れ臭そうに体をモジモジさせた。
『い、いや! そういう意味じゃなくて! 魔法の素質についてだ』
「素質……」
『俺はな、魔法の更なる広がりを求めて転生したんだ。だからエルナの魔力の器を見た時は胸が高鳴った。そういう意味で興味があるんだ』
「……」
そんなふうに言い直してみたが、彼女の照れ臭そうな態度はあまり変わらなかった。
『それに見ての通り、今の俺は何の影響か人の体ではないものに転生してしまっている。そのせいで自分の魔力を自分で使えないって状況だ。移動に必要な魔法も使えない訳だから、このままじゃ誰か拾ってくれない限り、ずっとこの洞窟で過ごさなきゃならない。だから、偶然にもこの場所に現れたエルナは俺にとって頼みの綱でもあるのさ』
「私が……宝石さんの役に立てるんですか?」
『ああ、俺の望みは、この世界にある全ての魔法を知りたいということだ。その為にまずは、この場所から俺を連れ出してくれること。そして、外の世界で人の姿に戻る為の情報集めに協力してくれることだ。まあ何はともあれ、それらを頼まれてくれないだろうか? 代わりにこの大賢者としての魔法の知識と技術をお前に伝授しよう』
すると彼女は姿勢を正し、俺を真っ直ぐに見据える。
「そんな事でいいなら任せて下さい」
『よかった。なら宜しく頼む』
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。宝石さん」
言うや否や、エルナは俺のことをぎゅっと掴んで自分の頬に押し当てる。
『っい!? ちょっ、なっ!?』
あ……でも、やーらかくて気持ちいい……。これがエルフのほっぺかあ……。
そういえば前世では魔法にばかり明け暮れていて、女子とこんなふうに触れ合う機会なんて全く無かったからなあ……。
こういうのも、いいもんだなあ…………って、浸ってる場合じゃない!
『お……おおおいっ! ちょっと……スリスリするのを止めてくれないか……』
「えっ、どうしてですか? 私は嬉しさをお伝えしたかっただけなのですが……」
『お前は俺が元人間だってことを忘れてるだろ……』
俺のことを幸せそうに頬擦りしてた彼女は我に返ったように顔を上げ、少しだけ考える素振りを見せる。だが、
「うーん……そうなのかもしれないですけど……この姿を見ているとあまり実感が湧かないというか、なんというか……」
『と、とにかく、そのことを頭の片隅に置いといてくれるとありがたいのだが』
「あ、はい。分かりました」
ぽやーんとした感じで返事をするエルナだったが……本当に分かってるんだろな?
『そういや、魔法を教える前に一つ聞いておきたいことがあるんだった』
「なんですか?」
『お前は魔法に何を求める?』
急に真面目な話を振ったもんだから、彼女は戸惑うような表情を見せた。
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