第24話 バーサーカー その1


 マンションに通ずる一般道は沈黙し、漆黒のモノクロ世界に塗り潰された。

 街灯や人の営みを告げる灯りの類いは、まるで吹き消された蝋燭と同じに成り果てると、闇夜に蠢く霊的な存在さえ意識させられるようになる。

 人はおろか車やバイクのヘッドライトまでもが、嘘のように掻き消されたのだ。


「……兄貴、ここいら辺だぜ。ミミックの情報によると、ティケはこの場所で目撃されたそうだ」


「ソロムコよ。まさかミミックが人間どもの監視カメラに擬態してるとは思うまいて」


 熊の毛皮を頭から被った大男が2人、場違いな市井の街道を連れだって歩いている。

 身長は見上げるほどで、正に阿形・吽形の仁王像に見紛うようなガチガチの筋肉に覆われている。その肉体を誇示するためなのか、戦士としては肩を剥き出すほどの軽装で、鎧の類いは一切身に付けてはいない。その代わりソロムコと称する男が持つ斧状の両刃武器は、盾と兼用できるほどの大きさと面積を誇っていた。


「兄貴ィ、結界を無視してやってくる奴がいるぜ」


「やや?! 何と娘っ子じゃねぇか! 何とも無用心で、おかしい世界だな。若い娘が、たった1人で夜道をフラフラしている。これは襲ってくれと言わんばかりじゃないか!」


「兄貴、おかしいですぜ。余程腕に自信のある奴か、何かしらの罠かもしれねえ。迂闊に手を出さないほうが……」


「ソロムコよ、お前はいつからそんな臆病者になったのだ? 俺達の方が恐れてどうする。それでも戦士か?」


「いや、そんなこたぁねぇけどよ……。俺らの目的は裏切り者の始末なんじゃ……」


「何を言う! 久々の人間界じゃないか! 目立たない程度に暴れようぜ」


 兄貴分がソロムコの野獣めいた顔面をいきなり殴り付けて、頬骨を軋ませた。


「ぐはっ!」


「ディアブルーンじゃ、やられ役でプレイヤーどもには心底イラついてたんだ。今こそ仕返しのチャンスだ、戦士の面目躍如だ!」


「でも、やる事がただの……」


「だまらっしゃい!」


 兄貴分が今度はソロムコのみぞおちに拳を叩き込んで、腹筋に鈍い衝撃波を与えた。


「ぐえっ!」


「ソロムコ君! 素直になりたまえ。少女の肉は柔らかで旨いぞ。まるでほんのりミルクの香りがするような、えも言われぬ快楽だ。君はまだ、味わった事もないのでは?」


「ぐぐぐ……、分かった、分かったよ。戦いの前に景気付けが必要ってんなら付き合うよ。だから、もう殴るのは止めてくれ!」


「そう! そうこなくっちゃな、我が弟よ! わははは……!」





 マンションの14階から、一部始終を見守っていた西田秋水とカゲマルは、人ならざる者達の動向をヒヤヒヤしながら見据えていた。


「おい、カゲマル。あの巨人2人組は何なんだ? 田舎のコスプレイヤーなのか?」


「冗談はよせよ、秋水。君も一度は出会って、戦った事もあんだろ」


 秋水はオンラインVRゲームでの経験を思い出した。確か秋水のレベルでギリギリまで苦戦して、かろうじて何とか倒せるかどうかの強敵……狂戦士バーサーカーだ。

 何と現実世界リアルワールドに禍々しく2体も出現した。


「あ~、ヤバいなぁ。知らずに誰か人が近づいてくぞ」


「えっ! 何だって?」

 

 どこか呑気なカゲマルの声に呆れ気味の秋水は、安物プラスチック製の望遠鏡で哀れな餌食となりそうな人物を追った。心臓の鼓動で手の震えが止まらず、夜景がブレまくる。


「……オイオイ! 嘘だろ……」


 秋水の視界に一瞬写ったのは、同じ学校の制服を着た自転車の少女。

 暗闇に紛れても、彼にはシルエットだけで確信できた。

 背格好は正に夕方まで一緒に遊んでいた幼馴染み、その人だ。


「うわあ! 行久枝ちゃん! 今すぐ逃げろ!」


「秋水殿~、こんな所から叫んだって、彼女の耳に届く訳ないぜ」


「うるさい! そんなこたぁ、分かってるよ! ああ~、信じられん……、カラオケの後で塾に行ったんだ、クソ真面目な奴め!」


 頭を抱える秋水に、忍び刀を装備しつつカゲマルが肩を叩いた。


「秋水殿、乙女のピンチでござる」


「何で急に忍者口調なんだよ! 助けに行くに決まってんだろ!」


「出るなら御両親には俺からうまく説明しとくよ。急げ、秋水!」


 この世の者とは到底思えない怪人の姿を見て、命の危機を鋭敏に感じとった中学生は膝が震え、喉がカラカラとなり、下痢前のような腹痛も自覚してきた。

 ただの無力な人間でしかない秋水は、行けば確実に殺されるというか、死ぬかもしれない。

 何もかも知らんぷりして布団に包まり、自分には全部関係ないのだ、と耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。


 ――だが、行かなくてはならない。

 今行かなくては一生後悔するだろう。そんなモヤついた人生は死んでもイヤだ。


 そして……。

 

 ――はにかみながらも生き生きとカラオケで歌っていた寺島行久枝の制服姿が、秋水の脳裏に浮かぶ。


「待ってろ、行久枝ちゃん!」


 野球もしない秋水には武器としてのバットさえない。着の身着のまま、素手で玄関を飛び出したのだ。




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