第19話 心はベイビー


 屈んでいた秋水は、思わずギクッとした。

 自分の名前を呼ぶ声がする方向に顔を動かし、焦点を合わせる。すると、そこには彼と同い年ぐらいの双子っぽいショートカットの女の子達がいて、笑顔で見つめられていたのだ。

 

 お揃いのピンクのパーカーに、ゆったりとしたパンツ姿の2人は、秋水が通う学校の生徒かと思われたが、この時間帯に堂々と私服でうろついてるのは変だ。もしかすると彼と同じくサボりの連中かもしれない。 

 だが何だか、この可愛らしい女の子達、どこかで見覚えがあるような……。


「はい……、確かに僕は西田秋水ですが……。え~と、どちらさんでしたっけ?」


 緊張感からか、少し引きつり気味の笑顔だった2人は顔を見合わせると、やったと言わんばかりの満面の笑みとなった。2人揃って手を繋ぐと、はしゃぐようにダンスした。


「よかった! やっと再会できましたね、西田さん。いや秋水君でもいいかな?」


「…………?」


「覚えてないですか? 私達の事! ほら! 駅前であなたに助けて貰った親子ですよ~」


「……ああ~!」


 秋水の記憶がゆっくりと蘇ってくる。

 駅前ロータリーで急成長を遂げた女の子の赤ちゃん。ベビー服が破れて寒空の下、ベビーカーから裸で転げ落ちると大声で泣き出したっけ。


「杉浦と申します。あなたの顔は、忘れもしません。困っていたマキちゃんにジャージを貸してくれた事も! あの時は本当にありがとうございました。きちんとお礼もできずに、ずっと気になっていたところだったんですよ」


「いえいえ、お礼なんて……マキちゃん?」


 秋水が双子風親子の小さい方、天使のような笑顔を魅せる女子に困惑気味の表情を向けると、いきなり抱き付いてきた。


「にーたん! にーたん!」


「うわっ!?」


 柔らかくて超絶可愛らしい女の子にハグされて、ほとんど身動きが取れない。


「ちゅっ!」


 おまけに蕾のような唇で、頬にキスまでされた! ほぼ初対面なのに大胆な娘だ。


「こら、ダメでしょ! マキちゃん。お兄さんがビックリしてるじゃない。すみません~、あなたの事が好きみたいですね」


「ははは、あの時の赤ちゃんね。マキちゃんは何歳なんですか?」


「1歳ちょっとなんですよ。見た目は西田さんと同い年ぐらいに見えますが……。体が大きくなった分、脳も発達してきたのか、急激に喋れるようになったんです」

 

「ばぶー、でちゅ」


「ところで西田さん、今日は学校の方は休みなんですか?」


 ――まずい。風邪をひいて休んでいる事になっているので、外をウロチョロしているのがバレると非常にやばい。でも、この親子に対して嘘をつく気にはなれなかった。


「実は色々とショッキングな出来事が続きまして……。立ち直るまでは学校に行かずインターバルを置いている訳ですよ」


「へぇ~、そうだったんですか。若返りや急成長以上の事件があったのですね。まあ、西田さんは若いですから悩み事は多いかと思いますけど。これからも、どうかめげずに頑張って下さいね」


「ええ、こちらこそありがとうございます」


「さあ、マキちゃん、お兄さんが困ってるわよ。いい加減、離れなさい」


「やだ、やだ~、にーたん」


 秋水より若干背が低いぐらいのマキちゃんが、胸にピッタリとくっ付いたまま上目遣いでスリスリしてくる。とってもピュアで、心も体も暖かい。


「参ったな……。いや、すごく嬉しいけどね」


 今度マキちゃんと一緒に遊ぶ約束をして、ようやく秋水は解放された。家でケーキも御馳走してくれるとの事。

 意外と近所に住んでいるそうなので、ちょくちょく顔を合わせる機会があるかもしれない。






 明るい2人のおかげで、だいぶ気が晴れたように思えた秋水であるが、ホッとしたら今度は急にお腹が空いてきた。

 財布の中身を確認した秋水は、何気なく最寄りの銀行まで足を運ぶのだ。彼が口座を持っている地方銀行は地域に根差しているのか、至る所に窓口が存在するのである。

 銀行内は呑気な彼とは正反対に、スーツを着た行員達による整然とした空気に満たされており、重苦しいほどだった。ようやく設置されたATMに辿り着き、カードで残高を照会してみる。


 ……羅列された数字に思わず自身の目を疑い、両眼瞼を右手甲で擦った。


 何と口座には30万飛んで500円が入金されており、かつてないほどの賑わいを見せていたのだ。


「何だこりゃ!? マジで、どうなってんだ……」


 必死に心当たりを辿ってみる。


「……ディアブルーン運営から……なのか?」

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