第8話

さがしもの

 この国には「闇」がある。それを手にすると、なんでも願いが叶うのだという、不思議な力が。誰も見たことも触れたこともない。


 しかし、それは確かに存在するのだ。


 狭く複雑な路地を行き、信じて進んだ先に、その店はあった。小さな平屋の建物だ。空色の扉と窓があり、扉の脇にオレンジ色の光を灯すランプが付けられていた。

 扉を開けると、「リン」と鈴の音がした。

「いらっしゃい。捜し物?」

 室内には、扉の正面にあたる場所に棚と丸テーブルに椅子2脚が置かれていた。テーブルの上には、印象的な水晶板。銅の縁飾りがされていて、窓からの明かりを受けて、所々輝いていた。

 そのテーブルから迎えてくれたのは、一人の少年だった。

 綺麗に切り揃えられた黒い短い髪に黒い瞳の、冷たく美しい、不思議な雰囲気を持つ少年だ。

「……あ、はい」

 扉横の窓からの明かりの他に、床に差し込む色とりどりの光は、天井に備え付けられた天窓の色ガラスの光だった。

 床で揺れる鮮やかな光を眺めながら、客は、おずおずと空いている椅子に座った。

「あの、表の通りで、かえでさんという方にここを紹介していただいて……」

 水晶板の向こうで、少年は、僅かに目を見開いた。

「……そう。楓に」

「ここは、さがしものの情報提供をしてくれると聞いたのですが」

 少年は、客に向き直った。

 妖しく微笑んで口を開く。

「あぁ、そうだよ。何を捜しているのかな?」

 客は、真剣な表情をして、少年を見つめた。不安そうな色を覗かせて。

「…………未来、を……」

「なるほど。それは、僕じゃないとさがせないものかもね」

 客の表情に、希望が差し込む。それは、天井にはめ込まれた色ガラスのようだった。

「具体的には、どんな未来をおさがしかな?」

「僕が悔いなく生きていける場所は、どこでしょうか?」

「迷っているのかい?」

「どちらも、思い入れがありまして。どちらか選べと言われると、その……」

 少年は、真剣な眼差しで客を観察している。両肘をついて口元で手を組み、ただじっと。

 水晶板には、まだ触れない。

 客は、視線を下げ手元を見つめていた。

「どっちを選んでも、悔いは残るぞ?」

 突然、少年のものではない第三者の声がして、客は驚いて顔を上げた。いたのは、ここを紹介してくれた男だった。

 少年が、実に嫌そうな顔をしている。

「楓、邪魔しない」

「いってぇ!」

 冷たい言葉が放たれるとともに、楓と呼ばれた男が痛みに顔を歪める。

「なんだよ、アドバイスだろぉ?」

 涙目の楓が、左手の甲をさすりながら反論をした。

「ここは何でも相談室じゃないの。余計な口を挟まない」

「はーい……」

 不満げな返事を聞いてから、少年は、水晶板を見つめた。

 指先で水晶板に触れ、眺めたあとで、少年が妖しく口元に弧を描いた。

「選べないなら、選ばないという選択肢もある」

 少年はそう言って、客に視線をやった。

 客は、少年の言葉を受けて、ぽかんと口を開けていた。

「両方で暮らすのさ」

「え?……どう、やって」

「やろうと思えば、できるだろう?キミなら」

「……両方で、暮らす」

 テーブルに落とした視線は、どこか遠くを見つめている。少年の言った言葉を噛み締めて、噛み締めて、しかし、明確な答えは出なかった。

 ぼんやりとした一つの可能性は見出したのか、顔を上げ、少年にお礼を述べた。

「ありがとうございました。やってみます」

 少しだけ晴れやかな顔をして、客は、お代をテーブルに置くと店を後にした。

 リンと鈴の音がして、扉が閉まる。

 静寂が、室内を満たす。

「……思い入れ、ね……」

 独り言のように、少年が呟く。

「捨てられないほどの思い入れなんて、情熱的だね」

「そうか?黒樹にもあるだろ?思い入れ」

 名前を呼ばれて、少年は、冷たい表情で、今まさに客でもないのに椅子に座ろうとしている楓を見た。

「ないから言ってるの」

「またぁ!そんなこと言う〜」

 やれやれというふうに楓がため息をつき、頬杖をついた。

「世の中、こんなに情熱に値することであふれてるっていうのに」

「はいはい……」

「受け流すな!」

 黒樹は、椅子の背に寄りかかってぼんやりと室内を眺めた。

 常々思っていることがあった。自分はガラクタで、ハリボテで、姿形があるだけで、ニセモノの存在だ、と。人ならあるはずの、体の真ん中に居座る厄介な代物が、自分には、見つからない。

 探しても、探しても――――――――。

 黒樹は、ちらりと楓を見た。

 床で揺れている天井からのカラフルな光を、楽しげに見つめている。

「(楓は、その真ん中に入っているモノが具現化したような奴だ)」

「なに?」

 何も言っていないのに、楓が黒樹を振り返った。

「楓は賑やかだって思っただけ」

 はぐらかす黒樹に、楓は、得意げに笑いかけた。

「俺さぁ、黒樹の探しもの、見つけられるかも」

「…………へぇ。それはめでたいね」

 心臓が跳ねたことは隠して、黒樹は、関心なさげに答えた。

「あ、信じてないだろ?!」

「信じてる、信じてる」

「感情こもってなーい!」


 この国には、「闇」がある。手にするとなんでも願いが叶うのだという、不思議な力が――――――――。


「捜し物承ります。ー欲ー」:END

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