第19話 追う鬼神追われるアイドル

 オキの島の南の海上に、海人族の船団が航行していた。

 中央のまわりの船よりひとまわり大きな船は、この船団の旗艦だ。

 その旗艦で海人族たちに指示を出しているあざとい笑顔の娘こそ、オキ王ゴジムの要請でミナたちが追っている相手、名前をルウといった。


(フフ、ちょろいもんね)

 ルウは、海人族の船団20隻を率いて、大八洲おおやしまの中でもっとも広大な面積である秋津島あきつしまを目指している。

 現代でいうところの本州であり、イズモ国やイナバ国があるのもこの秋津島あきつしまだ。

 交易の品が満載された20隻もの船団。

 ルウは大泥棒だった。


 ルウは大陸の古い王朝の末裔まつえいを自称しているが、今は落ちぶれて一人で放浪していた。

 見た目がかわいらしく、頭の回転も早く機転が効くので、男たちを手玉に取りながら、オキ島まで辿り着いたのだ。

 ちなみに、男性にはちやほやされるが、女性には嫌われるタイプである。


 この船団の海人族の中にも、オキ王ゴジムの許可が出たので秋津島に向かえというルウの言葉をあやしむ者がいたのだが、問い詰めようとすると泣くので追求できないでいた。

 もちろんこの涙は演技である。


 そしてなにより、ルウはオキ王ゴジムの持つ王印が刻まれた板を持っていた。

 これは、オキ王ゴジムの代官の証であり、それをかざして早口でまくしたてるルウに、船団長は逆らえなかったのだ。

 もちろんこの板も偽造したものだ。


 船団長がルウを気に入っているというのも、海人族たちが疑惑を追求できない大きな理由であった。

 上司がよいと言ったら逆らえない。

 海人族は武力を基本とした階級社会なのだ。


 ちなみにこれもルウの戦略である。

 ルウは、いくつかの船団を回って、一番脈がある船団長の船団を選んだのだ。

 トップダウンで素早くコトを為すためである。

 ルウはできる女なのだ。


 まあ、少し抜けているところがあるので、落ちぶれて一人なのだが、自分ではかなりできるつもりでいるし、一族の復興を成しげるという目的のためには危ない橋を平気で渡るほどの勇気を持っていた。

 荒くれ者の海人族の拠点で、交易の品を満載した船団を、海人族の船員ごと騙して盗むなど、およそ正気の沙汰ではない。だがしかし、ルウは変なところで器が大きかった。

 ちなみに胸はつつましくて小さい。


「船団長、最後尾の船から信号です」


「なんだ?」


 船団の最後尾の船から、鏡で光を反射させて、信号が送られてきている。


「敵襲のようです」


「敵襲!?まさかだろう?」


 船団長は驚いた。

 オキ島の勢力圏内のこの海域で、海人族の船を襲うものなど聞いたことがない。


「タ…タケミナカタです!!!」


「なんだと!?鬼神か!?船団散れ!散り散りに全速で逃げろ!カロで合流だ!」


 船団長は素早く指示を出した。

 ありえないはずの襲撃も、相手が鬼神なら納得だ。

 むしろ、理不尽であるほど納得できるとも言える。


「鬼神って?」


 ルウがかわいらしく首をかしげて、あざとい上目使いで船団長に聞いた。


「鬼神タケミナカタ、海人族の鬼っ子です。理不尽で無慈悲に暴れるとんでもないヤツです。鬼神に追われるなんて、なんて運が悪いんだちくしょう!」


 船団長は、そう言って舵を叩いた。


 こちらは20隻が散り散りに逃げていて、タケミナカタの船は一隻だ。

 確率は20分の1だ。

 しかし、ひとまわり大きな旗艦だからなのか、タケミナカタの船はこちらに向かってものすごいスピードで追いかけてくる。


 海人族の船は速い。


 しかし、その中でもタケミナカタの船は飛び抜けて速い。

 家臣団は限界を軽く超えていでいる。

 それが限界を超えたスピードを生んでいる。

 この速さの源泉はミナへの恐怖だ。速くなければミナが許さないからである。


「槍ぃ!」


 船首に立つミナに、巨大な槍が渡される。

 槍というか、巨木の丸太だ。


「ていっ!」


 その巨木を逃げる船団の旗艦に向けて、勢いよく投げるミナに、ムルもナオヤも度肝を抜かれている。


「大盾を出せ!」


 船尾の海人族たちが大盾を構えて防御する。

 まだ距離もあるし、通常の矢ならば軽く弾けるであろう大盾だが、飛んでくるのは鬼神の膂力で打ち出された丸太だ。

 海人族たちは吹き飛ばされ、旗艦の船体は丸太の林のようになっていた。


「なにこれ?なに?わかんないよ!」


 ルウは突然の危機でも、まるでヒロインのようなあざといセリフとポーズで対応していた。


 しかし、鬼神タケミナカタの船にはそんなものは通用しない。


「キャ」


 タケミナカタの船にとうとう追いつかれた。船尾に船首をぶつけてきたのだ。

 旗艦は衝撃で大きくかたむいたが、船団長がルウの手をつかんで海に落ちるところを助けてくれた。

 

「見―つけた!」


 鉄兜の少女、鬼神タケミナカタが、旗艦に飛び移ってきた。

 宝剣雷斬ほうけんらいきりを振りかぶり、こちらに向けて一直線に駆けてくる。


 ためらいのない純粋な殺意がルウに向けられた。

 鬼神は少女であり、得意のあざとさも通じない。


(アレ?これって死んだ?)

 今まで何度も危ない目にあってきたけれど、これは圧倒的すぎる。

 退路も逃げ場もない死が、一直線に向かってくるのだ。


 食べるものすらない幼い時代、プンロの市場で果物を盗んだこと。

 バカンの王族のバカ息子に気に入られて、裕福に過ごした夏のこと。

 今までのことが走馬灯のように頭の中を巡る。

 ルウは死を受け入れた。


「ミナ!待って!」


 ルウの命を奪いにきた鬼神タケミナカタの凶刃は、後ろから駆けてきた少年の投げた剣によって軌道を変えられていた。

 結果として、ルウは助かったのだった。


(生きてる?)

 ルウは喜んだ。しかし、喜びもつかの間だ。

 目の前には怒れる鬼神が立っている。


「師匠!なにする?」


 剣を止められたミナは、いくら師匠とはいえオオナムチに怒っていた。


「今、殺そうとしたでしょ?」


「ン?」


「稽古の心得その1は?」


「あっ!殺さないだ!」


 ミナはそう言って宝剣雷斬ほうけんらいきりをしまった。

 ミナのまとう殺気が弱くなる。


「強くなりたければ殺しちゃダメ!」


 オオナムチはそう言って、ルウとミナの間に割って入った。


「大丈夫かい?」


 少年はルウの手を引いて立たせてくれた。


 ルウは助かった。


 そして生まれてはじめて、目の前の少年に恋をしたのだった。

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