第18話 紅き魔法石

 手にしてはいけなかった・・・


開けては駄目だったというのに・・・


眼にしては駄目だったというのに・・・


願ってしまえば終わりだったというのに。



<<黒い魔法の古文書>>を・・・



少女が見つけた・・・いや。

何処からか、誰かからか・・・手にしてしまった魔法の古文書。


一度開けてしまえば、心までも奪われてしまう。

眼にしてしまえば魂をも奪われてしまう。


そう・・・自分達とは違う世界へ誘う<<黒い魔法の古文書>>を・・・







モフモフの尻尾を揺らせてリュートが満足げに眠っている。

机の上に並べられてあった大量の料理を平らげて。


「だから・・・僕達は探しているんだ。魔王って奴を・・・」


バーボンを一口煽ったタストンが、ミコを話を聴き終えると。


「異世界からねぇ、ミコがそんな訳で旅をしているなんてねぇ」


溜息を漏らして身の上話に相槌を打つ。

女神ミレニアが召喚した翔龍騎ドラゴンライダーの少女ミコ。

元の世界では男の子だったという、10歳くらいの少女を観ても俄かには信じられないが。


「それで?魔王とやらの手掛かりは?

 宛ても無く旅を続けているというの?」


タストンがバーテンダーに手を差し出し、お代わりを用意させながら問いかける。


「うん、これと言った事はなにも。

 森から抜け出したのが、ついこの間なんだ。

 森の中で何匹もの魔物と遭遇して退治して・・・危なく死にかけた事もあったよ」


モフモフのリュートの背を撫でながら、思い出すのはレッドアイの居城から旅立った日の事。

森の中に入ってしばらくした時、突然目の前に<ワーウルフ>が現れた。


翔龍騎に変身する暇もなく闘う羽目になり・・・退治はしたが。


「このリュートが居なかったら・・・僕はこの姉さんの身体を壊されちゃったかもしれない。

 油断・・・してた訳じゃなかったんだけど、初めて魔物と対峙した時。

 魔法力だけでなんとかなると多寡を括ったのは僕の慢心だったんだ」


ミコは少女の身体を指差し、タストンに苦笑いを浮かべる。


「魔物が一匹だけだと思い込んでいた僕の背後からもう一匹が襲い掛かって来た。

 不意に体を掴まれ、羽交い絞めにされて・・・もう少しの所で・・・

 狐モドキの状態なのにリュートが助けに入ってくれなかったら・・・僕は」


丸こまって眠る狐モドキ状態のリュートの毛を撫でる手が停まる。

森の中で魔物に遭遇し、闘う事となったミコ達がどんな目にあったのか。

この世界に生きる者、タストンは想像もし難かったが。


「森は魔物の支配する場所。最近は特にそう・・・

 前は魔物も多くはなかったし、居たとしてもずっと奥地の方に籠っていたのにねぇ」


バーテンダーから新しいバーボンを受け取ったタストンが、


「で?ミコ達はこれからどこへ向かうの?

 用心棒が終われば、どこに行こうとしているの?」


酒場の中を見渡しながら、女店主タストンが興味深げに前のめりになる。

翔龍騎ドラゴンライダーたる少女が、自分達の世界へ戻る為に。

魔王を探して旅をつづける事が、何故か心を引き込まれたとでもいうように。


「さぁ・・・きっかけがあるとすれば。

 さっきの男が握っているのかも・・・」


宿から逃げ出した男が闇の者だとすれば、捕えれば何か知っているかもしれないと。

だから、タストンの申し出を受けた。

宿に泊まり、もしかしたらもう一度訪れる闇の者を捕らえる為に用心棒を引き受けた。


「あの男がねぇ。とてもそうとも思えなかったけどねぇ?」


ハットを被り目元を隠していた男。

ミレニアに因って闇の者だと告げられ、追いかけたが消えていた。


「でも、間違いなく何かの術を放ったんだと思う。

 でなきゃ、忽然と消える訳がないんだから・・・」


酒場から消えた男を瞬時に追って飛び出したが、跡形もなく消え去っていた。

それは並みの人間には出来ない離れ技と言えた。


「闇の者でなかったら、並外れた運動能力を与えられた者。

 どっちにしろ、闘うにはそれなりの覚悟が必要ってことだよ」


翔龍騎にそこまで言われれば、普通の人間としては頼らざるを得ないというもの。


「そいつが襲って来る訳があるのかないのか。

 それとも偵察に訪れていただけなのか・・・分からない」


顔をあげたミコが、タストンに訊いた。


「タストンさん、この宿に闇の者が来る訳があったのかどうかを調べたいんだけど。

 一つ訊いても良いかな?

 僕が持ってきた魔法石以外に、もっと大きな魔法石がここにはあるの?」


紅き魔法石・・・

ミコが言ったのは魔物の成れの果て。

倒された魔物が消え去った跡に残される宝石。

力の強い魔物になれば成程、大きく美しいルビーのような輝きを放つ石と化す。


ミコが言ったのは、誰かが強い魔物を倒して売りに来たのかという事。

そう・・・ミコが倒したオーガーよりももっと強力な魔物を。


「ミコ、それが一体どう関係があるの?」


タストンにはミコの訊いた意味が解らなかったみたいなので。


「それはねタストンさん。

 魔物を造る為。いや違うな、強力な魔物を造り直す為とでも言った方が良いかな」


ミコが言ったのはミレニアの言葉。

ミコに宿る女神がアンチョコ本を繰って調べた答え。


「僕に宿っているのはリュートだけじゃないんだ。

 新米女神のミレニアっていう女の子がそう言ってるんだ。

 闇の魔物は紅い魔法の石から産まれ出る。

 倒された魔物を造り直す事も出来るって・・・石さえあれば」


ミコに教えたミレニアが考えたのは。


「だから闇の者が調べに来たんだと思う。

 <旅人の宿>に売りに来るって分かっているから。

 その中で特別強力な石があるのなら・・・奪いに来る。

 あの闇の者か、それとも主人マスターか。どちらかが・・・ね」


闇の者の狙いが、この宿にあるかも知れない魔法の石にあると読んだのだが。


「で?あるの、ないの?」


訊ねるミコにタストンが頷き、


「あるわ。とっておきのが・・・あそこよ」


グラスを片手に、バーテンダークリロンを指し示す。

グラスを磨き続けるクリロンの胸元に、一つの紅き石が着けられていた。

パッと見は唯のガラス玉にも観えるタイピン

初めて観た時には気にも懸けてはいなかったが、よくよく見るとそれは。


「あれが?!只のタイピンだとばかり思っていた・・・」


持ってきた魔法石よりも二回りは大きい。

という事は・・・


「あの大きさだとオーガーどころじゃないな。

 魔物の中であれだけの大きさを誇る石が変化するとしたら・・・」


ミコは自分が手に出来た魔法石の倍はある大きさの石が、

どんな魔物となっていたかを想像したのだが、思い浮かんではこなかった。


「まさか・・・?」


もう一つ・・・思い浮かんだのは。


「そう、あなたが考えた通り。

 持ってきた奴が言ってたのは・・・ドラゴンライダーの成れの果て。

 そいつと闘って倒された奴が残して行ったって」


タストンがミコの考えを先走って教えた。


「なんだって?!翔龍騎ドラゴンライダーを?!

 ドラゴンライダーが倒されたって?どんな奴に?どうやって?」


ミコが驚くのも無理はない。

自分が闘って倒したレッドアイの他にもドラゴンライダーが存在して、

そのドラゴンライダーが他の誰かに因って倒された・・・そんな事があるのかと。


「ああ、持って来たのは女の子だったかねぇ。

 ちょうどミコ位の年頃の・・・3日前ぐらいだったかねぇ?」


確かめるように呟いたタストンの言葉に、クリロンが小さく頷いた。


「3日前だって?!ちょうど僕達がレッドアイを倒した日じゃないか!

 それじゃあ、この石はレッドアイの魔法石じゃあないのか?!」


思わずクリロンの胸元にある石を見詰めるミコだったが。


「「ミコ、落ち着きなさい。あの石はレッドアイじゃないわ。

  それに私達が倒した後から此処まで来るとしたら一日では無理よ」」


そんなに早くこの店に売りに来る事は出来ないと、ミレニアが教えてくる。


「じゃあ、誰がどうやって?

 タストンさんっ、石を売りに来た女の子って?

 どうやって倒したか訊いた?どこで手にしたのか訊いた?」


訊ねるミコの剣幕でタストンは顔を引き攣らせて、


「ええっとねぇ、ピンクの髪が印象的だったわ。

 あの子が言うには、此処から結構離れた所で猿の下僕を纏った奴を倒したって。

 その子も鋼を纏う者って言ってたけど・・・」


「なんだって?!」


声を遮って叫んだのはリュート。

いつの間にか起きて話を聴いていた翔龍ドラゴニスが、同じ仲間の事で声をあげた。


「翔龍騎が同じ翔龍騎をか?」


リュートに反してミコは何かを想うのか、静かに呟く。

ミレニアもミコも、始まりの闘いを思い出していた。

闇に染まった翔龍騎レッドアイとの闘いを。


「リュート、起きたんだね。

 聴いた通りなんだろうさ、持って来た女の子も多分。

 多分、翔龍騎。しかも鋼の属性を持つ者・・・つまり」


「つまり・・・俺達の様に手強い奴だってことだな」


ミコの考えは即座にリュートに伝わる。

持って来た女の子は、鋼鉄フルメタル翔龍騎ドラゴンライダーに間違いないと。

闘った相手が闇の属性を持つ、闇龍騎ダークドラゴンであったのだと。


「だとすれば、味方になってくれるかもしれない。

 その子と会えれば、何か情報を持っているかもしれないよ?」


3日前に来たという少女に、ミコは微かな期待を描いたのだが。


「ああ、それはどうかしらね。

 なんでもその子は、強い相手なら誰だって良いっていってたわよ?

 そう・・・倒す相手が闇に堕ちていようがいまいが・・・って。

 つまりあの子は<狩人ハンター>なのよ」


タストンの言葉が、ミコの耳に焼き付いた・・・





オレゾンの街を見下ろす丘の上。

街を見下ろす者がにやりと嗤っていた。


長いお下げ髪を靡かせて・・・

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