第12話 宿りし龍

少女の身体が微かに動く・・・


周りには少女の姿しか観えなくなっていた。



「あの女神め、どこに逃げたのだ?」


レッドアイが少女の姿しか観えなくなった広間に佇んで呟いた。


「逃げ出した気配はないが・・・ちんまりした娘に宿ったのか?」


栗毛の少女は動きを見せてはいない・・・が。


「人間の娘に宿ったとて、我に手向かう事など出来ぬ」


赤紫の髪を揺らせて、魔女の魔王たる女は哂うのだった。





「気が付いたみたいねミコ?!」


身体の中に・・・ミレニアの声が届いて来た。


「あ・・・れ?僕はどうしちゃったんだ?」


眼を開けたミコは、自分独りになっている状況を飲み込めずに訊く。


「あれれ?ミレニア、リュートを助け出してくれたの?

 元の世界へ還してくれたんだよな?」


早合点したミコが女神に感謝しようとしたら。


「お・・・ま・・・え・・・まさか?

 まさか・・・ミコト?ミコじゃなくて・・・男?!うげぇっ?!」


ミレニアと同じ様に、体の中から幼馴染の声が聞こえた。


「ええっ?!その声はリュート?

 どこに居るんだよ?それに僕が男なのは知ってるだろーに!」


なにやら、リュートが吐き気を催していたような気がして。

ミコはどこかから聞こえてくる年上の幼馴染で男のリュートに咎めたのだが。


「知ってる・・・からだ。

 ミコとばっかり・・・思い込んでいたんだ。

 ・・・だから・・・いいかなって思ったんだが。

 まさか・・・ミコがみことだったなんて・・・がっくし」


何があったのか全く知らないミコが、何を残念がった声をあげるのかと思ったが。


「え・・・リュート・・・おまえ。

 僕の中に居るのかよ・・・って。つまり・・・契約したのか?」


女神に教えられた契約方法を思い出し、冷や汗を垂らす。


「そうよミコ!私と下僕しもべは芽出度く宿れたわ。

 ・・・純潔をあなたに与えてね・・・」


恐るべき一言だった・・・純潔キスを与えた・・・ということは?!


「・・・うっげぇ~っ・・・」


幼馴染とは謂えど、ミコは吐き気を催して喘いだ。


「失礼だぞミコ。これはお前を救う為だって聞いたんだからな!

 この女神に訊いたぞ、俺達が元の身体に戻るにはお前を助けなきゃいけないんだろ?」


良く訊けばリュートの声は右手の方から聞こえてくる。

目を向けると腕に嵌っている金の腕輪が観えた。


「もしかして・・・リュート?

 おまえって腕輪になってるのか?」


眼を見開いて金の腕輪を観ると、装飾が施されてある・・・龍の顔が訊き返した。


「なんだって?俺が腕輪・・・だってぇ?!」


リュートの眼に映る少女の顔は、確かに斜め下から観えている。

角度からして、自分がミコよりも低い位置に居るのが解るのだが。


「リュート?!どうしてそんな所に?

 それに・・・なんなんだよ。どうなってるんだよ?!」


訳が判らずに腕輪に訊いたのだが、リュートにも分かる訳がなかった。


「あなた達!どうするかは後で話しましょう!

 今はあの魔女・・・いいえ、魔王レッドアイを倒す方が先決よ!」


ミレニアが近寄って来る魔王を警戒して教えて来た。


「アイツを倒さなきゃ生きて戻れないから。

 魔王を倒さないと外にも出れないんだから!」


身体の中で騒ぐ女神ミレニアの声に促された様に、ミコは迫り来る者を見上げた。

赤紫の髪を靡かせ、紅い目で自分達を睨む女の姿を。


「あの女の人が魔王なのかいミレニア?」


衣装は奇抜・・・いや、何かのコスプレみたいに思えるのだが、

恐ろしい魔王とはとても思えなかったミコが女神ミレニアに本当なのかと訊ねた。


「そうよ!レッドアイ・・・魔王さんなのよ!」


身体の中でミレニアが恐れて答えてくる声が返って来る。


「じゃあ、あの人を倒せば現実世界に戻れるんだよな?」


初めからそう聞かされていたミコが念の為に確認すると、


「そう・・・聞いてるから。

 召喚した者が魔王を滅ぼせば、転移者は役目を果たして帰るって・・・

 聞かされているんだから、きっと間違いないわ!」


誰に聞かされたのかは、この際良いとして。

ミレニアの声は真剣に言っていたようなので、信じる事にしよう。


ミコは宿った女神に頷くと。


「じゃあ、この人を倒すにはどうやればいいの?

 こんな格好のまま闘えっていうんじゃないだろう?」


少女の姿で、しかもほとんど裸同然で・・・どう闘えというのか?

ミコが訊くのも当然。


「勿論!ミコは契約を交わしたんだから。

 翔龍騎ドラゴン・ライダーになった筈なの。

 その下僕しもべも契約したの、あなたの鋼龍ドラゴニスとなる事に。

 だから、命じれば良い筈なの!ミコが求めれば着る事が出来るから!」


ミレニアが答えた意味が納得できずに固まってしまう。


「あのさぁ、翔龍騎ドラゴン・ライダーって何?

 下僕リュートに何を命じたら良いのさ?

 着る事が出来るって・・・なんなんだよ?」


分らない事が山ほどあるのだが、取り敢えず聞きたかった事を訊いてみる。


「ミレニア、あの女の人と闘う方法って?

 魔法使いか何かになれっていう事なの?」


異世界に転移させられた物語に良くある魔法使いと化す話を思い出し、

ミコが魔王との闘い方法が魔力決闘なのかと訊ねるが。


「まぁねぇ、魔法使いには違いないけど。

 翔龍騎っていうのは、その名の通り<ドラゴン乗り>なんだよね。

 下僕を現してそれに乗る・・・それ自体が武器。

 そして最大の力を求めた時には龍自体を身に纏うんだよねぇ。

 あ、何故なのかは訊かないでね、私にも良くは解ってないんだから」


最期には苦笑いのような声を出して、ミレニアが締めくくる。


「龍を呼び出して乗るのが翔龍騎なんだね?

 その龍を身体に纏うって・・・変な想像しか思い浮かばないんだけど?」


大きな龍に乗った少女の姿。

そして少女に乗っかる龍を思い描いてしまう。


「ううっ、何が嬉しくて龍に纏われなくっちゃならないんだよ?」


思いっきり暗い表情を浮かべ、ミレニアに訊いた。


「ミコ・・・考えてたって始まらないわ。

 ここは騙されたと思って変身トランスフォーメーションしなさい!」


ツッコミどころ満載の言葉で促されたが、最早なる様にしかならないので。

魔王をさっさと倒す道を選んだ。


「判ったよ・・・で?

 どうすればいいの?どうやれば変身とかが出来るんだよ?」


諦め顔のミコがミレニアの勧めに応じると。


「簡単な事!下僕リュートに向かって命じれば良いの。

 翔龍騎あるじたる者が心に浮かぶ呪文を口にすれば良い。

 ミコが翔龍騎ドラゴン・ライダーなら、力を開放すれば良いだけ。

 今は、魔王が相手なんだから全力で闘うと命じれば良いんだよ!」


女神ミレニアはミコの中でこっそりとアンチョコ本を開いて検索し、

ドラゴン・ライダーの教本に記載された取説を読んで話す。


「ふぅ~ん・・・簡単そうで・・・難しいな?」


ミコは闘うと言ってもどう闘うのかも知らないし、

どんな姿にされるのかも教わってはいなかったので。


「取り敢えず・・・リュート、変身するからね?」


命令とは謂わずに頼んでみたが。


・・・・


「なぁ、ミコ。真面目に変身しようと思ってないだろ?」


何も起こらず、リュートに気付かれた。

<取り敢えず>が、悪かったのかと考えたミコが。


「むぅ・・・じゃあ、リュートっ変身だ!」


ちょっとだけ気合を入れて声に出したが・・・・


「だぁかぁらぁ!真面目に心に描けよ、変身するんだって!」


金の腕輪になったリュートに突っ込まれたミコが少々ムキになって。


「わぁーったよ!やるよ、やれば良いんだろ?!」


眼を瞑って心に描く・・・龍よ出て来いと。



白金しろがねの輝きが観えた。


心の中で白金の龍が現れた。


龍はミコを見詰めていた・・・


御子みこよ・・・契約は為されている。

 そなたが望むのならば、いつでも力になろう。

 そなたが求める形となろう・・・我は白金プラチナ

 我は金色こんじきを求める天翔ける龍・・・我が名はリュウト」


「リュート?!お前はリュートを名乗った。

 僕の幼馴染の名を名乗ったんだぞ?どういう意味なんだ?」


ミコが白金の龍に問い質す。

プラチナの龍が蒼き目を見開くと、ミコに答えを返す。


「我が名は龍斗りゅうと。腕輪に宿った者の名と同じであったのは単に偶然。

 我はこの<エクセリア>に息衝く魔法の龍なり」


単なる偶然だと龍が答えたのだが、どこか引っ掛かる。

なぜ龍斗と名乗ったのか、何故・・・幼馴染と同じ名なのかと。


「御子よ、そなたは神との契約を交わした。

 我は神に誓いし龍騎にしか乗れない。我が認める者にだけ乗れる。

 そなたの心は光を纏うのか?」


白金の龍がミコの身体を遠巻きにして確かめている。


「リュート、僕には帰らなければいけない理由があるんだ!

 ミコ姉を助けなきゃいけないんだ、眠ったままの姉さんを起こさなきゃいけないんだ。

 だから、元の世界に戻る手伝いをしてくれないか?!

 魔王を倒せれば元の世界へ戻る事が叶うんだろ?」


ミコはプラチナの龍に女神が言っていた帰還方法を言ってしまった。


「御子よ、そなたは<魔王>を倒す者になると云うのだな?

 <エクセリア>の魔王を倒して帰ると云うのだな?」


「そう!だから力を貸してよ!君の力で魔王を倒すんだから!」


ミコの言葉にプラチナの龍が蜷局を離し、


「その言葉・・・我が契約とするぞ!

 そなたは<魔王>を倒す御子。我は、そなたに宿る者となろう!」


一声吠えた龍の身体がミコへと突き当たる・・・

プラチナの龍、リュウトはミコの身体の中へと入って行った。



「ミコ?おい・・・どうした?」


腕輪のリュートが固まったミコへと声を掛けると。


「ああ・・・リュウト。

 お前はこれより龍の化身となれ。

 我が下僕しもべとして。我が力の在り処として。

 今からリュートは白金プラチナの龍斗となれ!」


何かに憑りつかれたようなミコの声が促す。


「え・・・なんだよこいつは?!」


腕輪に宿ったリュートの身体に白金の龍が巻き付いて来る。

白金の空間に身を置いていたリュートに、巻き付いて来た龍が言った。


「御子の下僕しもべよ、我は白金の龍。

 我は御子と契約せし龍なり。

 あるじ、御子の命によりそなたと同化する者なり。

 我の力をそなたに授け、みこを守護せんモノなり」


龍の言葉にリュートは半ば同意する。


「そりゃあ俺もミコを護りたいさ。

 護らなくっちゃいけないんだよ、それが約束なんだからさ」


リュートはみこを護るのが務めなんだと教える。

約束・・・だったのだからと。


「俺はちっちゃい時に約束したんだよ。

 アイツの姉と。美呼みこと交わしたんだ、護り抜いてやるって。

 二人を虐める奴等から護ってやるんだって・・・・」


リュートの記憶に幼い姉弟が浮かんでいた。


幼馴染で隣に住む姉弟が、

周りから指差されているのを自分が護らなければと誓っていた。

涙を浮かべる幼い女の子・・・

その顔、姿。

今ここに居るミコと、瓜二つの少女が泣いている。


「俺はミコを護る。誰が邪魔しようとも。

 その力になると云うのなら、お前を受け入れる。

 お前が力を貸すと云うのなら、俺に与えてくれ!」


リュートは力を求めた。

・・・ミコを護り抜く力を。


「善かろう、これでそなたは我が力を持つ事に同意した。

 今よりそなたは鋼の身体を持つ龍となる。

 御子みこを護り抜く、鋼鉄フルメタル龍衣ドラゴニスとなった」


契約が成立した・・・二人同時に。


茶髪を靡かせる少女の眼が見開く。


澱んだ空間に浮かぶ<魔王>を名乗った女を見上げて・・・

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