第3話 彼と女

 勇者はその知らせを受けた時に驚愕した。

 魔を火炙りにしようとしたところを、男が暴れ、全てを無にしたと聞いて。

 男は魔の姿をしていなかったが、どの魔よりも強大で恐ろしい力を持っているらしい。

 もしかしたら、彼こそが魔の元凶なんではないだろうか。

 彼の存在が、魔に力を与え、各地を襲う原動力となっているのではないだろうか。

 勇者は考えすぎだと、かぶりを振った。

 だが、偶然にもその姿を見た時にその考えが甘かったことを理解する。

 彼が閉じ込められた魔の軍勢を救うために、街を半壊させたからだ。

 勇者一行はその時、彼を認めた。彼こそが、どの魔よりも強大で魔が崇めている存在。魔王であると。



                 ◇ 



 彼は少し疲れていた。

 戦い疲れたからではない。多くの者に囲まれ、崇められているからだ。

 女は震えながら、愛する者の手を握る。

 その震えを感じながら、彼は説明しているのだ。

 自分は、お前たちを助けた訳ではない。この女を救うために牢屋を破壊し、逃げたのだと。

 たまたま牢屋にお前たちがいただけで、自分はただの男だと。

 だが、助けられた者は彼を崇める。

魔である自分たちを救い出し、あまりにも強大な力を持ち、そして、魔を娶っているあなたこそ我々の王であると。

 女は魔であった。だからどうした。愛する者を愛しているだけで、魔の王とはあまりにもおかしな話ではないか。

 どれだけ説明しても、誰も聞く耳を持たずに崇める。

「魔王様」

「魔王様」

「魔王様」

 彼は女を見た。女は恐怖していた。この平和ではないが、幸せだった日々が壊れていきそうで。

 彼はその震えた体をしっかり抱きしめた。

 いつの間にか、彼を崇める者は増えた。

 彼と女がどこに行こうと付いてきて、そして、その力に魅せられた者が彼の後ろに付き従う。

 それはもう誰が見ても、魔王とその軍勢に他ならなかった。

 望もうと望まずとも、彼の元には力が集まる。

それは強大過ぎる力を持った宿命か。

 それとも、ただの神のいたずらだとでも言うのか。

女は祈った。彼は今までごみ溜めで生きていたのだ。それがやっと自由に、人に戻っていたのだ。それを奪わないで。彼の幸せがどうか続きますように。

自分ではなく、彼の為に祈った。

だが、知っているだろうか。普段祈らない者が祈るという行為は、どうしようもなくなった時にしか行わない。

 つまりはもう、手遅れだった。

 彼と女と魔の軍勢、それは動く国となって、各国を恐怖の渦に巻き込む。

彼は女と共に逃げようとしたこともあった。

しかし、逃げ出したとしても、どこかの国に隠れていると、その国はすぐに滅びる。彼と女を追って軍勢がやってくるからだ。

 彼と女は再び逃げ出していた。今度は人気のない山の奥地に身を隠している。

彼は、食料をとってくると洞穴から出て行った。

 女は一人で祈る。どうか、どうか、彼が無事で、幸せに生きれるように。

 ふと、音がした。彼ではない。彼は音など立てずに気配で教えてくれる。

 振り向いた時には、鼻と口に異臭のする布を押し付けられ、意識は朦朧としていくのであった。

 彼は戻ってすぐに何があったかを理解する。

 女は攫われた。

 この力は女を救うためにあるのだろう。なのに何をやっていたんだ。

 自分への罵倒をしながら、魔の軍勢の元へと戻る。

そこで女を見たという情報を得ることが出来た。

 ある国の教会に連れていかれて行ったらしい。そこは今、勇者一行が泊っているという。

 女を攫ったのは勇者の手の者に違いない。

 彼は女を奪還するために動き始めた。



                 ◇



 勇者は困惑していた。仲間の一人が秘密裏に魔王の側近を捕まえたというのだから。しかも拷問をしていると。

 勇者は魔は打ち倒すべきだと思っている。しかし、魔と同じ方法では意味がないと考えていた。

「なぜ、なぜこんなことをしたのですか!」

 勇者の詰問に仲間は薄く笑う。

「捕まえた魔は、魔王と深い関係にあるのが分かっています。必ず魔王は奪還しに来るでしょう」

 聞きたくないという顔の勇者に、仲間はこう付け加えた。

「罠を仕掛け、魔王を弱らせます。そこを討ちます。上手くいかなくとも次の策があるので」

 勇者は頷くことが出来ない。しかし、すでに作戦は始まっており、どうにも取り返しのつかない所まで来ているであった。



 彼は一人でその教会の前にいた。行動の遅い魔の軍勢など置いてきた。ついてこれた者は街の外で仲間を待っている。揃ったら攻め込む予定だろう。

 だが、そんなことどうでもいい。彼は女を救うためだけにここにいるのだから。

 夜の闇に紛れ、彼は教会に足を踏み入れる。

 その瞬間。体に痛みが走った。数年ぶりの肉体的苦痛。

 教会の床に奇妙な図が描かれ、それを何十人もの人が囲んで何やら唱えていた。

 彼が知る由もないが、これは魔法陣と呼ばれ、かつて彼を閉じ込めていたものの強化版である。

 痛みに喘ぐ体を動かし、彼は人を殺していく。半分も殺せば痛みはなくなった。

 一人を捕まえ、女の居場所を吐かせて地下へと向かう。

 だが、そこには誰もいなかった。代わりに、彼がその場所へ着くと天井が崩れていく。

 教会は彼を生き埋めにした。


 その様子を、勇者は遠目に眺めている。なぜ自分は魔と戦わなければならないのだろう。魔が悪なら自分は正義だ。正義でなければいけない。

だが、自分が悪になったら魔と戦う意味などありはしない。

 そんなことを考えながら。



 彼は生きていた。もし、こんなことで死ねるのなら彼はすでにこの世にいない。

 瓦礫をどけると、女の情報を聞くために魔の軍勢の元へ戻ろうとした。

 そこに、純白に輝く女性が立ちふさがった。

 彼は直感的に分かった。彼女が勇者なのだと。

 憎悪の目を向ける彼に、勇者は言った。

「あなたの大切な方は、街の南側に連れ出されているはずです」

 罠、そう頭をよぎったが、勇者の瞳は真実を言っているように見えた。

 なんのつもりだ。懺悔のつもりか、贖罪のつもりか、貴様のやったことの愚かさを、その体に刻み込んでやろうか。

 しかし、彼は女を救うために南へと向かった。

 勇者は知らなかったのだ。

勇者が罪の意識で、魔王に女の居場所を教えることすら作戦の内であると。

 丁度その頃、南東では魔の軍勢が集まりつつあり、号令一つで攻め込める状態にあった。

 そして、それを確認した王国騎士団は東と南に軍を集めていた。

 彼が南にたどり着く。

 そこに、勇者軍と魔王軍の決戦が始まったのである。

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