第12話 月の光亭へ

 ——月の光亭に到着したウェルは店内から自分の方へと飛んでくる2つの影を見た。それは2人の男で、変な体勢であるところをみると何かによって吹っ飛ばされたようだった。とりあえずこのままだとぶつかると思ったウェルは横にひょいと飛び退いた。


「ぶべっ」「げぶっ」


 男達は顔面と背中から地面に着地するとカエルが潰れた時に発するような声を上げた。


(うわー……痛そー……)


 少し同情しながら見ていると男達はふらふらと上体を起こすと店に向かって罵声を浴びせた。


「て、てめー!これが客に対する扱いか!?」「客を投げ飛ばす店なんて聞いたことねぇぞ!」


 顔から落ちた男は鼻血を垂れ流しながら、店に向かって怒りをぶつけ続ける。すると店の中から外に出てくる人影がみえた。ガシッと店の出入り口の戸をゆっくり力強く押して現れた男は、


(で、でけぇー)


 身長が2m以上ありそうな強面の熊のような大男だった。大男は右手に持った人を真っ二つに出来そうな包丁を握り直すとドスの効いた声で言い放った。


「てめーら……俺のメシが不味いだと!?文句があるなら金はいらねぇ!とっとと失せやがれ!」


「うっ……」


 大男の啖呵の迫力に腰の引けた男達はゴニョゴニョと捨てゼリフのような事を言い残すと走って逃げって行った。


「なんの騒ぎだ?」「まーた馬鹿がロッジの店で騒いだみたいだ」「うはは、命知らずだねー」


 周りの見物客が見慣れな光景のように話し始める。ロッジと呼ばれた大男が男達の逃げた方を睨んでいると、


「ほらー!お父さーん!早く厨房戻ってよ!」


 店の中から今度は女の子が飛び出してきた。ブロンドヘアーをポニーテールに結んだエプロン姿の女の子はロッジの背中をペシペシと叩く。


「ジェシー」


「ただでさえ今日はめちゃくちゃ混んでるんだから変な輩に付き合わなくていいよ!」


 ジェシーは押し込むようにロッジを店内に追いやると店の周りを見渡してぺこりと頭下げた。


「みなさーん!お騒がせしてごめんなさーい!月の光亭絶賛営業中なので是非来てくださーい!」


「おー今度行くぞ!」「給料入ったらねー!」「ジェシーちゃん今日も可愛いよー!」


 様々な暖かい野次が飛び交う中ジェシーは顔を上げて満面の笑みを浮かべた。そして、店内に戻ろうとした時にウェルと目が合う。


「あっ……」


「?」


「あーーーーーーー!!」


 驚きながら大声を上げるジェシーは、そのままウェルに向かって突進してきた。


「な、なんだ?」


 困惑するウェルの肩を両手でガシッと掴むと息がかかりそうなぐらい近い距離で、


「君!昼間に角猪背負ってた人でしょ!?」


「へっ?あ、ああそうだけど?」


 キラキラとした綺麗な目で覗き込まれたウェルは、少し照れて答えた。やっぱり!と嬉しそうにジェシーは続ける。


「あの角猪もう売っちゃったの!?出来ればうちの店にも分けてくれないかな!お代は払うから!」


 お願い!と手を合わせて拝むジェシー。


「あれは解体屋に売ったよ。すぐそこのダグラスさんの店に……」


 そこまで話してウェルはダグラスの伝言を思い出した。


「そういえばダグラスさんが君に『明日1日は待つ』って伝えろって言ってたな」


 それを聞いたジェシーは更に目を輝かせる。


「本当!?それって他に卸すの待ってくれるって意味だよ!」


 やったー!と喜ぶジェシー。そんなジェシーを店内から呼ぶ声がする。


「しまったー。注文取り任せっぱなしだ……早く戻らないと!」


 顔をしかめたジェシーはウェルに再度お礼を言う。


「あんなサイズの角猪は滅多にない上物なんだ!おかげで明日ご馳走が出せるよ!本当にありがとう!」


「まぁ、喜んで貰えたなら嬉しいよ。あと今日泊まっていきたいんだけど部屋って空いてる?」


「空いてるよ!ちょうど1部屋だけね!じゃあご飯も食べるでしょ?とりあえず中に入っちゃって!」


 ジェシーはウェルの手を引き店内へ案内する。


「ようこそ月の光亭へ!」


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