第1章旅立ち

第1話 少年の名はウェル

 ——厳しい冬を越え草花が芽吹き始めたとある村の中を2人の子供が息を切らして走っていた。前を走る男の子が少し遅れて後を付いてくる女の子に振り向いて叫ぶ。


「リリ!早く!早く! 兄ちゃんがもう出てくるよ!」


「ロロー!待ってよー!」


 リリと呼ばれた少女とロロと呼ばれた少年の慌てふためいた様子に、近くの牛飼いの男が思わず声をかけた。


「リリ。ロロ。お前らそんなに急いでどこに行くんだ!?」


 足を止める事なくロロは大きな声で答えた。


「村はずれのダンジョンに兄ちゃんを迎えに行くんだ!!」


 小さくなっていく2人の背中を眺めながら牛飼いの男は思い出したかのように呟いた。


「あー、そういえば今日でちょうど1週間か……

 ウェルの奴大丈夫だろうか……」





 村はずれの木々が生い茂る森の中にそれはあった。【ダンジョン】と呼ばれる魔物の巣窟。その井戸の形に似た入口がポッカリと穴を開けている。

 入口のすぐ脇にある切り株に腰をかけていた男が息を切らせながら走り寄ってくるロロとリリに気がついた。


「ロロ!リリ! 来るなら大人と一緒に来いって言っただろう!」


 男に怒鳴られたロロとリリは一度体をビクッと震わせ慌てて弁解を始めた。


「だって村長!早く来ないと兄ちゃんが出てきちゃうし、みんな忙しそうで声をかけられなかったんだもん……」


 涙目で弁解するロロとリリを見て、村長と呼ばれた白髪の初老の男は額に手をつき溜め息をついた。


「確かにあの馬鹿がダンジョン内で魔物を倒してるおかげで、最近は魔獣をあまり見ない……が!この辺はただでさえ大きい獣が多いだろ?」


 村長は切り株から腰をあげると2人に近づき、2人の頭にぽんと優しく手を置いた。


「お前ら何かあったら俺はララに顔向けできん。今度からはちゃんと言いつけを守るようにな」


 そのままクシャクシャと頭撫でられた2人はくすぐったそうに笑った。その様子を見て微笑んでいた村長を突如揺れる様な感覚が襲った。


「……なんだ?」


 違和感を感じた村長は立ち上がると左腰に携えた剣に手を掛け周囲の様子を伺う。気のせい程度に感じていたその揺れは徐々に強さを増し、ロロとリリも異変に気が付き怯えだした。


「村長!何これ!」


「怖いよー!」


「大丈夫だ!俺から離れるな!」


 震えながらしがみ付いてくる2人を抱きしめると、村長はダンジョンの入口を注視した。


(おそらく……ウェルのやつがやったか?……!)


 立つのがやっと程の揺れの中で、突如ダンジョンの入口から天高くまで黒いモヤのようなものが吹き出した。


「村長ー!あれ何!?」


「あれはあのダンジョンの瘴気だ。ダンジョンの核が取られると、ダンジョンは崩壊する。その時に噴き出すんだ」


 ゴオオオオオという騒音をたてながら黒いモヤは吹き出し続ける。


「ほうかいって壊れるって事?じゃあ!?」


「ああ、すぐにウェルが出てくるぞ」


 徐々に黒いモヤの勢いが弱くなってくると地面の揺れも収まってきた。


「やったー!兄ちゃんが帰ってくる!ほらリリ!村長にしがみ付いてないで兄ちゃんが出てくるところを見てようよ!」


 喜びのあまりロロは大きくジャンプした後、リリの肩を後ろから揺さぶった。


「……グスッ……村長……ホント?もう怖くない?」


「ああ、もう大丈夫だ。モヤも完全に止まった様だしな」


 もう一度頭を撫でてやるとリリはホッと胸を撫で下ろした。


「あっ!ダンジョンの入口が!」


 黒いモヤを吐き出しきったダンジョンの入口は大きくグニャリと歪む様に形を崩すと地面に吸い込まれてしまった。


「埋まっ……ちゃった……」


「うん……」


 入口が消え呆然するとロロとリリは慌てて村長にしがみついた。


「村長どうしよう!兄ちゃんは!?」


「ウェルお兄ちゃんも埋まっちゃったの!?」


「大丈夫だ、2人共。あいつの魔力をすぐそこに感じる」


 そう言って村長は顎でくいっと入口だった場所に2人の視線を促した瞬間、



 ドゴォオオン!!!



 轟音と共に1人の少年が振り上げた右手で地面を突き破って飛び出してきた。


「「ウェル(お)兄ちゃんーー!!」」


 両足で地面にストンと着地した黒髪黒眼の少年は駆け寄ってくる兄妹に笑顔で答えた。


「おー!ロロ!リリ!迎えに来てくれたのか?ありがとなー!」


 ウェルと呼ばれた少年は突撃してくる2人を笑いながら受け止めると、1人ずつグルグル回りながら担ぎ上げた。


「ウェル」


「じいさん」


 神妙な面持ちで近づいてくる村長に対し、ウェルは兄妹を降ろすと自分のポケットからあるものを取り出して見せた。


「これだろ?言ってた核って」


 その手には赤黒い光を放つ正八面体の結晶の様なものが握られていた。


「どれ、見してみろ」


 村長は受け取った結晶を様々な角度から覗き込む。


「……この禍々しい魔力……間違いなくダンジョンの核だ。瘴気が噴き出してきた時点で確信していたが……ダンジョンを完全に攻略したようだな」


 それを聞いたウェルは嬉しそうに頷いた。


「よし!じゃあみんなで村まで戻ろう!今夜はララさんにお願いしてご馳走を作ってもらわないとな!」


「「やったぁーー!」」


 ウェルとロロとリリは上機嫌に歌を歌いながら村への帰路についた。

 その後ろ姿を見ながら、


「遂にやり遂げたか……あいつの願いを叶えてやれなかったな……」


 そう1人呟く村長の背中には哀しみと寂しさの色が浮かんでいた。

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