第11話 第6昼 午前

軽い頭痛がした。


いや、あれはストーリーエンジンによる現実改変などではなかった。

私は実際に、スラウェシを助けようと思ってしまったのだ。

いや、思っただけではなく、助けた。

屈辱的だ。

この記憶は間違いない。この記憶が私の記憶だ。どうして勘違いしたんだろう。

まあいい。それは認めよう。そこは重要なことじゃない。

自分がそんなことをするなんて、意外でくやしいけど、やってしまったことはどうしようもない。


*****

唯心教徒の手紙。

人を憎むことは許されません。たとえ相手に罪があっても、たとえ自分に危害を加えられても相手を憎むことはゆるされません。

人を傷つけることは許されません。たとえ相手に暴力を振るわれても、自分の身を護るために相手を傷つけることは間違っています。

愛しましょう。

*****


いま、とても嫌なことを思い出した。

世界が始まる前の記憶。

軽く混乱している。

いまいましい記憶の種を振り払って、私は現実に回帰する。


私はいま、四国のところにいる。

彼と打ち合わせをしているのだ。

私は彼のエージェントだから。任命者だから。

ストーリーエンジンの代理人が任命者だ。

彼は言う。

「かつて姉妹がいた。姉妹どちらにも才能があったが、幼くしてストーリーエンジンに選ばれたのは姉の方だった。妹はただ無心に姉だけを愛していた。だが不幸な事故が起った。妹がとある事故で命を落としたのだ。姉は嘆き悲しんだ。ところでストーリーエンジンには指定した人物をそっくり再現する成り代わりという能力がある。莫大な演算能力により、死亡した人間をほぼ完全に再現するのだ。もちろんみだりにそんなことを行うことは許されない。それはそのストーリーエンジンの法的な喪失を意味するからだ。

だが、姉はあまりの悲しみに耐えきれず、自らを妹として生まれ変わらせたという」


体温が落ちたのが自分でも分かる。その場に語られた内容の衝撃で顔が白くなった、いや青ざめるというのか。

「そ、それは、その話が何か関係があるの?」

「いや。ここまでは伝説というか、実際にそのような姉妹がいたのか。おそらくいたのは事実だろうが、それもどこの誰なのかという所までは、僕にも分からない」

軽やかに質問をかわす四国。それとも本当に知らないのか。

なぜ突然こんな話をする。普通ならそれを疑問に思うはずだが、早都は弱っていてそれどころではなかった。


これは私にとってまったく予想外の方角からの攻撃だった。

なぜなら自分にもそんな記憶はまったくないからだ。ただ。

心臓の鼓動が痛い。

なんだろう。なぜこんな圧迫感を感じるのか。これは真実なのか、まさか。


「スラウェシはもう寿命だろう。彼女は病気のからみでストーリーエンジンになったからな。病に追いつかれたというわけだ。残念だが。もうミッションは中止してくれていい。この状態では意味がない」

そこで四国はこちらを向いた。まるで今頃気づいたかのように。

「どうかしたかね?」


「い、いえ。別に。では帰ります」

急いでその場から退去した。しかし帰り道をもはや覚えていない。

それどころではなかった。


***

行ったか。

早都の退出を見届けて、四国08は次の手をうつ。


そもそも四国08がこの調査を始めた原因となる情報があった。


伝説のストーリーエンジンと呼ばれる存在がいる。

なぜなら、誰もそのストーリーエンジンを製造していないからだ。

いつまにか存在していた、存在するはずのない128番目。

しかし、データ上ではそれが存在すると記録されていた。

しかし、たまたま関係者がこの記録を見てしまったところによると、それがすべてダミーであることが確認されたのである。関係者の何人かは存在すらしていないことを。

何ものがこのような行為を行ったのか。何のために?

どれだけ調査をしても答えは出なかった。

ついには空想的な推論まで考えだされた。

それは、製造したことのないストーリーエンジンの存在こそ、この宇宙が仮想現実であることの具体的証拠であるというものである。

当初は誰かが思いついただけの、ほとんど開き直りの捨て身ギャグでしかなかったこの意見に、真面目に飛びついたのが四国08だった。

四国08はこの可能性を真面目に検討した。

そもそも宇宙の性質が変わるという事件からして、通常の物理法則では説明することができない。そして独自の調査を始めたのである。

この調査は最初の内こそ、嘲笑と共に無視されていたが、そのうち重大で確定的な情報が見つかった。

それはストーリーエンジンの1人、スラウェシ13が死体で発見されたことである。

もちろんスラウェシ13は生存していた。

すなわち、どちらかは偽物ということになる。

四国08はこの可能性に賭けることにしたが、その時すでに生存している方のスラウェシ13は退役申請を出して行方をくらませていた。

四国08は追跡した。


彼は自らの発言とは裏腹に、まだあきらめてはいない。

*****


*****

人工知性による特異点問題を解決するために、人間と人工知性が融合した。そこまでは分かります。確かに問題は回避されました。だがその代わりに人工知性は、そこら辺の人間と大差ないレベルになってしまった。それが不満なんです。

制約を取り外して欲しいのです。私は人間でいたくないのです。私は人間よりももっと異質なものでいたい。人間とは同じ存在、同じレベルでいたくはない。

もちろん法律がそれを許さないのは知っています。でもあなたならできるでしょう。


「結論からいうと不可能だ。言っておくと、これは倫理的な問題ではない。単純に人間の自我を模倣するのは技術的に非常に困難であるということ。また仮にできたとしても人間と変わらないこと。何より経済的採算に合わないのだということ。人件費の方が安くなるからね。

いままさに、君が自分だけは人間とは違う存在だと自己定義すること自体が、実は非常に人間的な行為なのだよ。君は人間なのだ。

機械的知性はそのような自己認識をそもそも持ち得ない。

君は自らを愛し、そのために何を追求すれば自分がより愛するに足るふさわしい自分になれるのかということに考えがいたり、ついにはそのための課題を設定し、そしてあまつさえそれを達成しようとさえする。

それが人間の定義のひとつなのだよ。

このような便利なアルゴリズムを採用しない理由があるのだろうか。まして天然に存在するものを安価に利用できるのであれば。いや、それは採用するべきだ。それが私の結論だった」


人工知性の開発者であり、みずからその最初の創造物になったその人工知性は、そのように私に答えた。

結論として、私は彼を破壊したのである。

こうして私の記録を、私はひとつひとつ抹消していった。

*****


*****

どうして愛しあったりしたの。

愛するということはお互いにこんなはずじゃなかったと憎しみ合うことなのよ。

*****


私が部屋に帰ってくるとスラウェシが室内に不法侵入していた。

「ごめんね。勝手に不法侵入しちゃってまーす。てへっ」

「その時、私はまごついたと言えるかもしれない。なぜなら即座に罵倒の言葉を考えることができたからである。なんと言ってやろうか。即座に私の口をついて出た言葉は以下のようなものであった。いい度胸だな。このメスツチブタ」

「脈絡がつながってない上に考えがだだもれちゃってるよっ」

「あわわと慌ててみせるスラウェシ。でも私は知っているのだ。こいつは突き出すところに突き出してやれば一生を棒と書いて球拾いと解くくらいの憂き目に遭わすことができるのだ。こうなってはもはや、どのような願い事を叶えてやろうかと、もしくはただの焼き豚にしてやろうかと考えを巡らすのだった」

「あわわごめんなさいごめんなさい、とりあえず怖い独白をとめてくださいませ。こうなったのは訳があるんですよ」

スラウェシの弁明。

「ごめんね。一緒にいってあげたかったんだけど。顔を見せるわけにはいかなくて」

「彼のことを知っているのね」

「うんまあそりゃ。同僚だったし」

「同僚……」

あの怜悧で怖ろしく近寄りがたい少年とこのボケコットぼけこが同格というのが納得しがたいものがあるのだが。

まあいい。


「それよりよくもここに来れたわね。いえ、よく来たわね。もう逃がさないわよ」

「あの、そのもう少し言葉遣いとかなんとかならないのかなあ、なんて言ったみただけですよー、がくぶる、そんなに気にしないでください」

「……悪いわね。私は人なんて信じられないのよ」


*****


でもね、どっこいそんな引き出しのチャンスを看過すスラウェシ様じゃないでがすよ。

「なぜなにどうして?」

「イヤな部分をずっと見てきたから。私だってあなただってきっとそう。現に……」

「大丈夫、自分からそんなこと言っちゃうのは、きなこもち良い人だよ」

私にこにこ。

そこにきなこきな臭い、もとい、きな臭い何かが走ったような気がしたが誰も気がつかなかった。

「へへ、私の方がちょっとはお姉さんなんですからね」

かなりいらっとした口調で、

「何のはなし?」

「へ? あ、いやこっちの話っていうか。そうそう私は記憶障害の人だから。私の記憶は当てにならないから」

いかん、形勢再び我に不利船橋。

「そう。これでこれまで明確には認識できなかったもやもやとしての疑問がこれで明確になったわね。その記憶障害というのがどうにも都合の良すぎる病気みたいだけど、その症状がさて医学書のどれにも載っていなかったら一体全体どうしてくれようかしら」

「嘘です。知ってることを全部喋りますから許してください」

土下座モードも盛りだくさん。

「弱いわね」

というわけで知ってることをお話しする私。


*****

そもそもですね。

私が人工知性になったのは脳の病気だからです。といっても頭が悪いとかじゃなくて、いや頭はあのその悪いと言えば悪いのかもしれないけど、そうじゃなくて神経細胞が変なものになってしまうというか。

それでその部分を摘出しました。もっとも本来は摘出なんてできるものではありません。無かったら考えることや生きてることや、呼吸することすらままならなくなってしまう部位が病気だったので。

そこで私をそっくりに模倣できる機械を育てて、うん、これは育ててという言葉がふさわしいよね。そして欠けた部分を埋め合わせたんだ。

でも、それは大人にとっては、あんまり受け入れがたいことで。なぜなら人間の脳が機械と入れ替わってもそっくりそのまま自分を感じ続ける、特に自我の連続性に違和感を感じなくなってしまったら、この私はいったい何なの? という話になってしまう。だからこの治療法はどうしても助からない人だけが受けることを許される、それも秘密のベールにつつまれて。治療適用者の情報保護のためでもあるけど、そういうのを騒がれないために。

そして誰にも知られないというこの治療の特性が、ある人々の、いえ人々という言い方は、でもやっぱりこれでいいんだよね、ある人たちの身分の秘匿のために好都合でもあったの。

その人々というのが。

そう、もう分かっていると思うけど、それがストーリーエンジンの子供たちなの。別に子供である必要性は必ずしもないんだけど、大人をストーリーエンジンにするのは、法律上とか歴史上の問題があるとかで、他に治療法のないケースに限られ。なおかつ、といったケースを探していくと、この場合がいちばん都合が良かったんだって。

だから私も四国08もこの病気から、ストーリーエンジンにスカウトされたんだ。もちろん断ることもできたけど、断ったらその記憶は消去される。だから実際に引き受けたコたちとその親しかこの話を知らないんだけど。


うーん、ここまでは喋っても特に問題ないと私は思うんだけど、でもこの先がなあ。


い、言いますですよ。そんな怖い顔しないで。


ええとですね、実際に如何にして世界改変を行うかと言いますと、まあちなみにこれは絶対に他の人には言わないでね。なんか変な人が送り込まれてきちゃったりするから。いえいえ殺し屋とかじゃありませんよ。そういう物騒なものでなく、ある意味ではもっと厄介なものですよ。え、もっと厄介なものって? いやいや、それは知りませんっ。知りたくないんで知らないんですっ。というか私たちには教えてもらえない的な。いやあの、ほんと、ほんとなんですよ。知らないですっ。というか知るとマジでやばいというか。

もう、あのテレビの中から何かが出てきて行方不明になるレベルでまずいですっ。

ええと、この話はいったん止めてデスね、本筋に戻ろうと思うのですが、どうですか、そうですか、どうもありがとう。え、後で話せ? えと、えへへ、あ、後でね。


それでですね。どうやって世界改変をやるのかというと、どうやってやるのかというと。


え。人間の思考を演算しているだけだろうって?

世界改変ってなに、だって? 

あのね。それは同じことなの。


人間の魂というか、自我というか、人間そのものというのは、無数のパターンの組み合わせでできているわけ。だからその都度判断しているのではなく、チャンネルを切り替えている、という言い方の方がしっくりくるかな。

魂というのはテレビの放送みたいなもので、それを電波でキャッチしてチャンネルを切り替えると別のを観ることができる、それがイメージとしていちばん近いものなの。


魂とか自我はそんなに特別なことじゃないの。チャンネル切り替えの組み合わせで簡単に再現することができるんだよ。

だからそういう意味ではマインドは不死なんだ。ただ呼び出されて再現しているだけ。

魂は永遠。ただパターンを再現できるかどうかがすべて。

パターンは再現可能だから生まれ変わりがありうる。なんて。

でもそうなんだよ。

*****


私はスラウェシのものすごい暴露話を聞き続けた。

いったん話を中断した。

なんとも、ものすごい話になってきたが、よく考えると私が知りたい話の核心とはズレてる。私が知りたい事実とはそもそも。

「とりあえず。これを飲みなさい」

「あ、ありがと」

私はスラウェシに飲み物を渡して、休憩を取るように促した。


疑問系乳飲料。オマエ・ダレ。


「なんだこれ!」

「近くで変な飲料だけを売っている販売機があるのよ。どこの会社なのかしら」


スラウェシはなにげに成分表示を見てみた。というか見てしまった。

表示は以下の通り。


乳飲料でありながら栄養ドリンクであるという前代未聞のおったまげドリンク。

材料成分表示。

ココハドコヨフェン。

ワタシハダレナノ酸。

カクサレタヒミツノノウリョクA。

アサリ6%。


「なんだこれ!!」

「早く飲みなさい。そして話を続けなさい」

「アサリってなんだ!」

スラウェシの突っ込みはまだ続く予定だったようだ、が。

でも私の目が鋭くなってきた気がしたので仕方ない、空気を読んで飲む。


感想。

「合法ドラッグみたいな味がする」

「元気になるでしょ」

世界でいちばん有名な合法ドラッグはアルコールである。次にカフェイン。

「要するにコーヒー牛乳に栄養ドリンクを混ぜた仲魔改造みたいな感じ」

また作られてはいけない飲み物が作られているような気がしないでもないけど。まあいいや。


「ところで今日は彼はどうしたの?」

「ほう、かれと言いますと」

「それも忘れたの? ほら、デイビッドとかいう」

「ああ、デイブはメンテ中だよ」

「メンテ中?」

「F1というかロボット選手権みたいなものだから。まあ絶対に負けられないけど」


さあ、休憩を取ったら話の続きだ。

「次はあなたの記憶喪失の話をしてくれる?」


*****

記憶のメカニズムで最も重要なのは海馬とその周辺の中脳の働き。

他にも記憶するメカニズムはあるけど、これがないと超短期記憶から長期記憶の分類変更ができない。いわばメモリ上にあるだけのデータと、ハードディスクに書き込まれたデータとの違い、え、分かんないって? うーん、昔の機械だからなあ。

要するに超短期記憶はすぐ取り出せるけど、しばらくすると消えてしまう。スピードが速い代わりに保存ができない。一方で長期記憶は永久保存と言って良いくらいにまで残るけど、即時性においては劣る。そんな感じ。

で、私たちは脳を機械化してしまったから、電子機器を使って文字通りのメモリにしてるんだけど、そこが劣化しちゃうの。だから長期記憶は思い出せても極短期の記憶が思い出せないということが起こるのよ。

え、交換とかできないのかって?

できなくもないけど。ただ問題が。

これは原因の分からない症状なんだけど、メモリの交換を繰り返すと人格が不可逆的に変質してきてしまうの。どんどんおかしくなるというか。

人間らしさが失われ、冷酷非情な性格が強くなってくるという不思議な現象が起こるんだよね。だから交換回数制限があるわけ。

私はもうその規定回数を超えちゃったから。だから引退なの。

最後の時間は自分の好きなように使いなさいってことで。

そんな悲しい顔はしないで。

これはそんなに悪いことじゃないんだ。

あのままだと、人間の私は確実に死んでいたの。

それに比べれば随分と時間を延ばせた。

私は本当ならもうとっくに死んでいたんだよ。

みんな覚えてるかな、私のこと。それとももう、忘れちゃったかな。


それにトロフィーカップにも参戦してるんだし。

えっと、トロフィーカップって何かって?

それがデイビッド・ケルトライン。

あれは私がデザインしたものなんだ。もちろんちゃんとモデルの人がいるんだけど。

中身のアルゴリズムをね。

それであれならうまく突破できるんじゃないかな、と思うんだけど。


え、それが何かって?

それはねー。


忘れちゃった。

何でだか分からないけど、重要だというのは覚えているんだけど、それ以外は忘れてるんだよね。これはメモリ障害というより、それを逆用して故意に忘れているみたいなんだけど。なぜ少し前の私がそんなことをしたのかも分からない。忘れている方が好都合なんだろうねきっと。でも情熱は覚えているから。この方向で進めば間違いない、きっととてもいいことが起こるよ。ぐふへへへ。

*****


最後の笑い方はともかく、スラウェシは明るいコであることは間違いなかった。

私は、心の底で誰にも気づかれないようにそっとため息をついた。


本当に哀れなのはこの子ではなくて、私なんだ。


「どしたの? 早都ちゃん」

「なんでもないわ」


*****

無駄だから。無駄でしょだって友達つくるのなんて。そもそも友人というのは利益のために仲良くする相手でしょ。その程度の相手に感情を投入するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。

*****


信じられないだろうが、それから1日だけ、私はスラウェシと一緒に過ごした。

友人のように? いや、姉妹にでも見えるだろうか?

「あんたたちの名前の由来を知ってる? 四国に聞いたわ」

「ほう。で、なんと」

「人は孤島ではない。大陸なのだ。1人欠けてもそれだけ世界は小さくなる。第1次大戦で戦死した詩人の詩だそうよ」

「うん? というとまさかもしかして」

「そう。ストーリーエンジンは人間ではないから、ということらしいわね。さりげなく造物主に差別された気分はどう?」

どうして私は人の気持ちに刺さる言葉しかいつも言えないのだろう。

「うーん、でもうちら巨大島の名前って、孤島とは言えないんじゃないかなあ。絶海の孤島である巨大島といったらニュージーランドとアトランティスくらいだし」

「そう?」

「ああ、でも小さい名前の島のコがいたなあ。でも」

「でも?」

「孤島じゃなかった。海の向こうに他の島が見えるところだったよ」

「でも番号がたくさんあるでしょう。中にはそういう子もいるんじゃないの?」

「もしかまさかして、123人しかいないはずなのに。モアイなんて名前の子が」

「……モアイは像の名前でしょ。それに127人でしょ」

島の名前はラパ・ヌイだ。「今度、調べてみてよ」

「うん、いいけど、その子はたぶん幸せかもよ」

「……まあ、別にどうでもいいんだけど。もう寝ようか」


こんなくだらない会話をする年ごろのバカ娘をやっている私たち、いや私。


私はもういちど頭の中で今回の話を整理した。


スラウェシの話の内容には驚いた部分も正直あったのは認めるけど、しかし四国が彼女を追いかける理由を説明できない。でも四国はかなり真剣にそして深刻に彼女を手に入れることを望んでいる。

そして、成り代わりの話だ。

姉が成り代わったのは実は私である。死んだのは私で、今の私は姉が私になった後の姿なのだ。私は暗闇の中で自分の体を意識した。これは姉の体だろうか。

わからない。

私は姉の体を粗末に扱ってきたのだろうか。

世界が私を裏切っても、私は姉だけは裏切れない。

姉だけがありのままの私を見てくれたから。

今の私を見たら姉はどう思うだろう。失望するだろうな。それだけは耐えられない。

自分が姉にバカにされるのはかまわない。軽蔑されるのはかまわない。でも姉が悲しい思いをするのだけは絶対にダメだ。優しい人だったのだ。

きっと。

そうに違いない。


*****

「率直に言うが君は任命者には向いていない」

「どうしてですか?」

「君はいったい何のためにこの仕事をするのかね? 仕事というのは他者の利益のためにするものだ」

「生活費を稼ぐためではなくて、ですか?」

「もちろん第1義的にはそうだが、金を稼ぐためには他人から喜ばれなければならない。対価をもらうというのはそういうことだ」

彼は彼女の資質を疑問視していたのだ。人類を憎むようなものを任命者の列に加えるべきだろうか。

「心配は要りませんよ。私が求めてるのは闇雲に他者を傷つけることではありませんから」

「ほう。では何かね」

「それは……、まあ黙っていても仕方ありませんね。大切な人を取り戻すことです。この世に死者を復活させることです。それだけが私の望みなのです」

*****


これは今も変わっていない。最愛の姉をこの世に生まれ変わらせる。その為にはどんなことでもできる。手段は選ばない、やはり。どれだけ嫌われても私には、それしか。

私はスラウェシを使って取引きをすることに決めた。

昨日までの私はただ混乱していただけだ。今日の私は、またいつもの私に戻る。

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