私は人、君は人、私は君じゃない

槇灯

名前を教えてください

夕日の中で母の左手が少女の右手を握っていた

少女の左手は父が握っていた

三人で道を歩いていた きっと家に帰るのだ

母が少女を呼んだ

少女の名前をそのとき初めて知った

少女は、身重の母の娘だった


夢の中で子供を呼んでいた

その名前をあなたに付けたのよ、と母が言った


そして少女は私になった

私の名前は少女のものと同じだったのだから

母の娘の名前を呼ばれて

私は母の娘になったのだ


私を呼ぶ名前を皆は私のものだと思っているらしい

本当は

あの少女のものなのに


母があの時、違う誰かの名前を呼んでいたら

私は違う誰かになっていただろう


あなたは私を何と呼ぶだろうか

好きな花と同じ名で呼ぶのだろうか

あなたの願いと同じ名で呼ぶのだろうか

大事だった彼女と同じ名で呼ぶのだろうか


私は私を呼ぶ名前を持っていないので

私の名前を教えてください

そしたら、安心して

あなたの名前を教えますから


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る