CASE.50「はじめての友達」
夕暮れの景色は黒に染まっていく。
もう遅い。高校生は大人しく帰る時間である。
平和はミシェーラに別れを告げると早足で自宅へと帰っていく。告げたいことも告げたで目的も終えたし長居する理由もない。
それよりも己惚れていた自分があまりにも恥ずかしいから一刻も早くこの場から消え去りたい。そこに穴があったら……いや、マリアナ海峡なんかでも足りないくらいの谷底へと飛び込みたい気分であった彼。
何処か危なっかしい足取りで平和は公園から去って行った。
とにかく恥ずかしくて仕方がなかった。あまりの気持ち悪さに鏡すら見たくもない気分。その挙動不審さから補導されないかが心配で仕方がなかった。
「……」
ミシェーラはそんな彼の背中を見つめている。
不愛想。不器用。しかし人形のような無機質さはなく、感情的で自分を見失わず前を見つめ続けている少年。
彼の背中が消えてなくなるまで。
冷たくなっていく空気の中。虚しく、愛おしく眺めている。
「お嬢様」
迎え……ではない。
有名な高城グループの令嬢を一人で散歩させるほど馬鹿ではない。ボディガードである明佳はずっと遠くからミシェーラの様子を監視している。怪しい奴が現れたら途端に対応できるように。
「本当によろしかったのですか」
その気になれば手の届く距離。そこにいたからこそ、彼女は見ていた。
平和の意思。そしてそれを受け止めたミシェーラ。
その一部始終の風景を。
「……パッと出のヒロインなんかじゃなく、幼馴染のヒロインの方が最強だっていう言葉、本当ですね?」
ミシェーラは明佳の方へと足を進める。
「ものの見事にあっさりふられちゃいましたね」
この後は夜の習い事を自宅で受ける予定になっている。遅刻をすれば講師を怒らせてしまう。急がなくてはならない。
「……とても優しくて、顔も良くて。私のタイプだったんですけどね」
帰り道の街中。周りは仕事終わりのサラリーマンやOL達で賑わい始める。
騒ぎ声や街中の巨大スクリーンのCMの声にかき消されながらも、ミシェーラはボディガードの明佳へ真実を告げ続ける。
「彼は私の事を友達としてしか見ていないようです。まあ、当然ですよね……会って一か月もない女の子に、そう恋心が芽生えることなんて」
「諦める、のですか」
「……どれだけ足掻いても、きっと変わりません。アレは“本気で恋をする男の子の目”でしたからね」
ミシェーラは愛に詳しいわけではない。恋にも疎い。
だけど、この一か月で交流を深めてきた彼女だからこそ、分かることがある。
西都平和は、感情を表に出した。
自分の想いを、捻じ曲げることなく正直に告げた。
あの真剣な眼差しは初めて見た。
彼女は思った。あれは“本気の目”だなと。
「あの人の気持ちは変わらない。それがわかりましたから」
「……これから、どうするつもりですか」
「変わりませんよ。ええ、いつもと」
ミシェーラは明佳の顔へ振り向かず、前へと先行しながら今後の事を話す。
「異動や来国の連続、習い事とかで録に人付き合いも出来なかった私に出来た初めての友達。今のうちに遊んでおいて、青春のメモリーを残しておかないと……あの人たちが高校を卒業するころには、私も本格的に父の仕事を手伝うことになります。遊べなくなるうちに遊んでおかないと!」
次第に、声が震えていくのが分かった。
「あの人、といるとっ……面白い事っ……だらけですから、ねっ……!」
凍てつく風で凍えているわけではない体。ミシェーラはかすむ声を必死に抑えようとしている。
「お嬢様。今思えばここ最近、休みなしで勉強をなされているご様子。一日ぐらい、休まれても文句は言われないと思いますよ……あぁ、もしもし。はい、私です」
携帯電話を取り出し、明佳は講師の人に連絡を入れる。
手慣れている。一種のハプニングが起きる度、遅刻の連絡は手早く入れるものである。体調不良による欠席を仕込むのも実に手馴れていた。
『今日は体調不良のため休む。』
その一言だけ講師に伝えて電話を切ると、明佳は震える主人の手をそっと握る。
「今日は寒いですからね。体を冷やさないよう紅茶をいれますので、体を温めてくださいな」
ミシェーラは幼いながらも立派だ。でも強がる必要はない。彼女もまだ子供だ。
正直な気持ちでいてほしい。明佳のただ一つの願いが腕のぬくもりと言葉から伝わってきた。
「……明佳さんっ! 今夜は寝かせませんからねっ!」
「かしこまりました」
ミシェーラと従者明佳は自宅へと戻っていく。
小さな失恋……少女の心に、ほろ苦い青春の一ページが刻まれた日であった。
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