第110話『カーチェイス【前編】』



――直進する殺意は、無情にもタイヤに命中しなかった。



 マスタング GTDが、緩やかなスロープに突入し、射線から外れたのだ。



 まさかのタイミングでの、間一髪の回避―――。


 まるで、運命の女神に弄ばれているかのような、不幸 続きなレオナ。彼女は思い通りにならない現実に、困惑しつつ『クソが!!』と吐き捨てる。 




「当たらない?! 感情を取り戻しても、こうも未来が見えないのでは――」




 レオナのキネティックバイクもスロープに突入し、速度を上げつつ、上の階へと登っていく……



 先にスロープを脱したマスタング GTD。車は安全圏である別区画上階へと到達したが、速度を上げすぎたため、スロープがジャンプ台となってしまった。車体が軽くバウンドする。



 続けてキネティックバイクもスロープを登り終え、マスタングと同じように、数度バウンド。距離を詰めるため、危険を承知でさらなる加速を見せた。



 マスタングとキネティックバイクが到達した場所は、デュプリケーターによって複製された兵器が並ぶ、保管ヤードカタコンベだった。



 キネティックバイクを狩るレオナが、再び狙いを定め、マスタング GTDを狙撃しようとする――が、何者かが放った弾丸が、サンダー.50BMGに直撃。レオナはその衝撃によって、ハンドガンを落としてしまう。



「なにぃッ?!!」



 レオナは喫驚しつつも、新手の存在をキッ!と睨む。



 それは意外なモノであり、レオナにとって あまりに身近な存在だった。――四脚型UGV ボルドガルドである。



 デュプリケーターによって複製された兵器の合間から、三機のボルドガルドが出現。レオナやスケアクロウに向けて、掃射を開始する。



 まさかの味方からの攻撃。事態を掴めず、レオナは困惑する。



「なッ?! 私は味方だぞ!?!」



 マシントラブルか? それとも、敵味方識別機能の不具合?


 原因は分からなかったが、明らかに仲間であるはずのレオナにも、攻撃を行っている。幸いキネティックバイクの柔軟な高機動によって、弾幕は避けられ、被害は今のところ皆無だ。


 しかし暴走するボルドガルドを、このまま放置しておくわけにもいかない――。この無差別攻撃が、他のビジターへと及ぶ危険性があるからだ。



 ボルドガルドが球体状態へと可変しながら、高速移動を開始する。



 まさかの、追撃する側が追撃されるという、珍事態。



 なんの益もない、ただ時間を浪費する不毛なトラブルに対し、レオナは、苛立ちを爆発させた。念願の好機を、ここぞという時に邪魔されたからだ。



「忙しい時に限って邪魔が! 私はヤツと決着を………――仇を! 討たなければならないのに!!」



 キネティックバイクが踵を返す。スケアクロウ追撃を一旦取り止め、降りかかる火の粉を払おうというのだ。


 レオナはバイクを加速させ、ボルドガルドとのすれ違いざまに、斬撃を繰り出す――― 二閃。 殺意に満ちた二筋の光が、刹那の煌めきを放つ。




 キィイイィイイイイィィィン―――――………… カチン




 いつの間にか、レオナの手に握られていた刀。それが鞘に戻ると同時に、四脚型UGVは無惨にも両断される。スクラップと化した残骸が、ゴロゴロと床を転がった。




「なぜ暴走を? これもヤツの仕業? ……いや、ボルドガルドは私だけではなく、ヤツにも攻撃を行っていた。だとすると、これはいったい どういう事だ? 仲間割れか?」



 

 事態を呑み込めないレオナ。彼女は錯綜する頭の中を整理するため、無意識に独り言を口にしてしまう。


――いや、今は考えを巡らせる時ではない。ヤツを追わなければ……



 レオナがアクセルを捻ろうとした時、彼女の足裏に不気味な振動を感じ取る。



「ッ?! い、今のはなんだ!? 地震?」



 その振動は、ルーシーが託された責務を全うし、ビジターを救った証。区画抹消によって生じた、衝撃波ショックウェーブだった。



 衝撃が届いたのはレオナだけではない。スケアクロウの乗るマスタング GTDにも衝撃波が届く。もっとも、エンジンの爆音によってほとんど掻き消され、届いた振動は微細なものだった。



 スケアクロウはルーシーと通信を繋ぎ、彼女の無事を確認する。



「ルーシー、無事か!」



『無事です! 区画の抹消、無事に成功しました!』



「君なら、やってくれると信じていたよ! これで、ビジターのホームが結晶の名産地になることはなくなった。今、どこに? そっちの位置座標をこちらに――」



「え? あれは?! ちょ、ちょっと待ってください!」



 ルーシーがなにかに驚き、通信が途切れる。スケアクロウは何事かと、固唾を呑んで見守った。すると―――



 コンコン



 運転席側のガラス窓を、何者かがノックしたのだ。



 まさかの現象に、スケアクロウは ビクンッ! と萎縮する。そして即座に『誰だ?!』と視線を向ける。



――するとそこには、可愛らしく手を振る、笑顔のルーシーがいた。なんと彼女はエアバイクに跨り、マスタング GTDと並走していたのだ。



 スケアクロウは自傷気味に微笑みながらも、彼女たちの無事な姿に、胸を撫で下ろす。そしてハンドサインで『停車させるから』と合図を送り、マスタング GTDを減速――停止させた。



 ルーシーもエアバイクをマスタング横に着陸させる。タキシングロープを外し、ミスターストライプを小脇に抱えて、スケアクロウへと駆け寄った。



「びっくりしちゃいました! 前方を車が走っていたから、まさかと思って覗いたら、スケアクロウさんが乗っているのですもの!」


 

「ビックリしたのはこっちのセリフだよ、ルーシー。フルスロットルで加速している車のドアを、コンコンノックされれば、誰だってビビる。口から心臓が飛び出るところだったぞ」



「ごめんなさい! お、脅かすつもりはなかったの!」




 スケアクロウは、エアバイクシートの上に横たわる、ビジターの女性の姿を目にする。


 ルーシーもまた、自分と同じように予想外のトラブルに見舞われたことは、その光景から容易に察することができた。




「ところで、あの気絶している女性は?」



「区画コントロールセンターで襲われてしまって……なんとか気絶させ、ここまで連れて来ることができました」



「ビジターを無力化し、さらに彼女の命まで救うなんて……。ジーニアスに良い土産話ができたじゃないか」



 スケアクロウはそう言いながら、ルーシーに あるものを手渡す。一つはそれはカードリッジ式の無針注射器。もう一つは基盤である。その中心部は七色に輝く結晶体が埋め込まれていた。



「ルーシー、これを」



「え? これは……」



「ジーニアスの臓器を回復させる、切り札 その壱。


 私がいた世界の友人――彼女の血と魔導医学の粋を結集して錬成された起死回生の霊液ラストエリクサー



 切り札 その弐は、ジェミナス02から回収したコアユニットだ。


 その集積回路コアユニットは、エイプリンクスに渡してくればいい。



 霊液の使い方は、ヘッドセットにマニュアルがあるから、それを参照してくれ。まぁ難しくはない。ジーニアスの静止モードを解除して、注射器を刺すだけだから」




「スケアクロウさん、質問を重ねてすみません。“ 彼女 ” とは、いったいどのような女性なのでしょうか? その人の血を使うということは、やはり魔力に長けた高位の魔導士か、それとも……」



「話せば長くなるけど、ユーミルっていうエンシェントド――」



 その時、エアバイクに横たわるビジターの女性が「うぅ……」と、起きそうな仕草をする。目元がピクリと動いたものの、彼女が意識を取り戻すことはなく、再び静けさを取り戻した。



 スケアクロウとルーシーは、声を交えることなく、互いの仕草で「あぶなかった~」と「声量を抑えて」と、サイレントなコミュニケーションをとる。



 スケアクロウは、『小声で話そう』というジェスチャーの後、こう言った。



「ビジターの女性は、俺が安全な場所まで送り届ける。ルーシー、ロケーターに最終合流地点を登録しておいた。先に向かって」



「わかりました!」



「ああ、あとそれと! ビジターのホームにおける自衛機能全般が、クラウンによって書き換えられた可能性がある。


 現にAIが暴走し、ボルドガルドから無差別攻撃を受けた。ビジターすらも巻き込んで、な。だからUGVなどの無人機との接触は避けろ。


 そして5分たっても、最終合流地点に俺が来なかったら、先に向かってくれ。俺は俺で、単独でフェイタウンに向かう」



 ルーシーは「単独で時空転移?! どうやって!」と訊こうとした。だが その前に、スケアクロウはビジターの女性を担ぎ上げ、マスタング GTD の助席に乗せ始める。



 質問し損ね、まだ棒立ちしているルーシー。心配そうな表情をしている彼女に、スケアクロウは言葉で、その背中を押した。




「さぁ行くんだ! こっちの心配は無用無用! こう見えても俺は、こういうの、、、、、に慣れてるから大丈夫さ!!」




 安心するよう言いつつ、スケアクロウは運転席に飛び乗り、マスタング GTDを急発進させる。タイヤのスリップ音と焦げた臭いを残し、足早に走り去って行った。



 残されたルーシーに、ミスターストライプが優しく語りかける。



「大丈夫だよルーシー。兄貴は何度も何度も、こういう死地を乗り越えて来たんだ。今度だってさ、きっと……―― 行こうルーシー。おいら達に残された時間は、わずかだ」




 ルーシーはそれに頷くと、エアバイクに跨り発進させる。




 ルーシーはスケアクロウの嘘に気付いていたのだ。『こういうのに慣れてはいない』という、言葉の奥に隠されていた本音――すべては、自分たちを安心させるための嘘。心配をかけさせないための、優しい嘘……―――。



 ルーシーは心の中で、『どうかご無事で』と彼の無事を祈る。そしてエアバイクの速度を上げ、最終合流地点へと向かった。



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