第二章 ビジター ホームカミング

第74話『ファンタジーの世界の外側にて』





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 DIMENSION・ERROR・ARTIFACT《D.E.A》



□名称 『ディメンション・エラー・アーティファクト』



■その時空における文化水準や環境下から、著しく逸脱した、人物や物体を指し示すカテゴリー



 ◇追記(その可能性や疑いが少しでもある場合、本部や上官への速やかな報告を。個人での判断は厳禁。精査するのは専門機関の役割です)



■ビジターはその異質な存在を、レベルに応じて収容・保護する権利がある



■また、D.E.Aによる観測対象への影響がある場合、観測任務を保留――もしくは中止し、D.E.Aへの対処を優先せねばならない



 ◇追記(D.E.A専門チームによるサイドミッションが、対応としてもっとも有効かつ適切であり、早期要請を推奨する)



■D.E.Aの最終処理決定権は、インターネサインにある



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 世界を観測する存在――ビジター。





 あらゆる世界を垣間見、あらゆるテクノロジーを記憶する存在故に、その資料置き場でさえも、遥かに桁違いだった。



 その場所は、ありとあらゆる時代の兵器が、国や時間、住む世界や世代、時空という垣根すらも超越し、この場所で並べられていた。




 その大半が、デュプリケーターによって複製されたものだ。




 博物館の展示物とは違い、いつでも使用可能な状態で保管――維持されている。




 燃料や弾薬も最適かつ、可能な限り満載していた。重力と素粒子制御によって空間上に固定され、劣化することなく、全盛期の性能を維持したまま佇んでいる。




――その錚々たる光景はまさに、歴史の保管庫を冠するに相応しい。





 多くの兵器が体を休め、また再び必要とされる日を待つ静謐。そんな場所を、旧世代の医療器具――イルリガートルスタンドをカラカラと押しながら、パジャマ姿の男が歩いていた。



 手術を終えたばかりなのだろうか。点滴を下げ、顔面は包帯でぐるぐる巻き。左腕は痛々しくも、アームスリングで下げている。




 切れ目のない真っ白な天井の下。真っ白で汚れ一つない床を、彼はトボトボと歩きながら、『やれやれ』と愚痴をこぼす。




「こんな死に損ないを引っ張り廻すなんて……この代償、高~く付くからな……」




 そうぼやきながら、男は ため息を吐く。



 彼の名は、特異点D.E.A‐56



 ビジターの本拠地であり、広大な兵器庫を歩く彼は、ビジターではない。



 彼らとは違い、悩み、苦しみ、未来の見えない暗中模索で足掻きながらも、時に挫け、それでも涙を拭って立ち上がるホモサピエンス。つまり数多の世界に居る、ありふれた存在だった。



 数奇な運命の螺旋に囚われ、多くの世界を観測してきたビジターでさえも、“ 異質な中でも、さらに異質な存在 ”と評される、要注意不確定要素レジェンド・イレギュラー



 それが、特異点D.E.A‐56だった。



 ある事件を契機に、ビジターに保護され、D.E.A‐56としての番号を振るわれた特異点。そして統計観測機構における 現地協力者 兼 アドバイザーという奇妙な役回りを与えられ、それを熟していた。



 しかし今の彼は、療養の身である。



 統計観測機構の任務中に深手を負い、一時的にビジターの本拠地への収監を余儀なくされた。今の姿からは想像すらできないが、それほどまでに重症だったのだ。



 本来、ビジターは他の世界への干渉は厳禁である。



 しかし特異点こと、D.E.A‐56は例外中の例外だった。




 起こりうるすべての可能性――つまり未来を見通しているはずのビジターとインターネサイン。そんな彼らを、“ 助けた ” という前代未聞の前例。その一連の事象が、特異点と呼ばれ、こうして特例とも言える例外を許されていた。




 とは言っても、彼はある一点、、、、を除き、概ね、普通の存在である。自己修復や質量操作などの、物理的法則を無視した超特殊能力など、持ち合わせてはいない。


 


 そんな彼は、あるビジターの痕跡を追っていた。


 特異点はため息混じりに、その男の名を口にする。




「ジーニアス…… なぜだ?


 なぜ手術前に俺の記憶を奪った。それもたった数分間の記憶を。


 しかもインターネサインとの接続を遮断し、ビジターの捜査網すら検知されない場所へ逃げ込んだ。


 いったいどこへ? なんのために?


 合理的かつ論理的なビジターが、なにを目的でこんなことを?


 そもそも、君が残したこのメモのメッセージの意味は?」




 特異点は考えをまとめるため、歩きながら独り言を口にする。

 


 自問自答の果て、疑問の泉に浮かび上がるのは、新たな疑問と謎だった。



 特異点はメモに書かれていたメッセージを、目で追う。クシャクシャになったメモには、こう書き殴られていた。





『結局、悪神はその数値に等しいと宣言することができ、あなたはそれを信じなければならない。 E .A. B 』





「どういう意味だ?  謎かけ? 悪神とは、まさかインターネサインのことなのか? だとするとジーニアスは、ただ離反者になったわけではなく、インターネサイン不要論を唱える過激派――いや、反体制派に?


 いやいやちょっと待て。それなら、なぜ、わざわざメモに書いて、俺のポケットにねじ込んだ? これは俺、個人へに宛てたメッセージだろう。


 だとすると、最後のE .A. Bの意味は? D.E.Aと書こうとしてスペルミスを……いや、ビジターがそんな人間染みたミスをするはずがない。だとすると、これは……――」




 考えれば考えるほど、余計に謎が謎で覆い隠されていく。もはやその中に、真実が隠されているのかすらも、怪しくなっていた。



 頭を悩ます特異点に、通信が入る。


 腰に下げていた無骨な通信機器が、けたたましい電子音を奏でた。


 この世界に似つかわしくない、まるでトランシーバーのような通信機器。特異点は不慣れな手付きで操作に、応答に出ようとする。




「はいはいはいよ。ちょっと待っててねぇ~。あー、これどうやって操作すんだっけ?」



 数秒の格闘の後、無事に回線が開いた。



『こちらエイプリンクス。大丈夫か? 術後の経過は?』



「エイプリンクス。君の声が無事に聞けて嬉しいよ。大手術の後にしては、概ね良好だよ。にしてもナノマシンがないと、いろいろと不便だな。インターネットの使えない、疑似的な昭和後期を堪能しているよ。んで? そっちはなにか掴んだ?」



『残念ながら駄目だ。ここの研究所から、いくつものハブを経由して、ジーニアス・クレイドルの個人デスクへアクセスしているんだが、解読ピンやアクセスフィルターが使えない。


 さすが、元・技術屋といったところだ。


 離反者になる前に、誰にも覗かれないよう細工をしたんだ。どの経由で閲覧しようとも、どうしても最後にパスワードを要求される。バックドアも潰されてて駄目だ。パスワードなんだが、彼の経歴から、可能性の高いものを順に、思い当たるものは試したが……』



「その声の様子だと、めぼしい成果は得られてなさそうだな」



『相手はビジターで、しかも軍人でありエンジニアであり、科学者だ。こちらの手の内はすべて先読みされている。そんな雲の上に居るような存在に、我々D.E.Aその世界にとって有り得ないモノが 太刀打ちできるものか』



「仮にもうちらは その世界にとって有り得ないモノ、、、、、、、、、、、、、、、 なんだ。統計観測機構から一目置かれている我々が、ここで諦めるわけにはいかない。


 それと、ビジターを雲の上へ昇天いかさせちゃだめさ。


 インターネサインと繋がっているとはいえ、彼らとて、神ではないのだから。


 物理的に存在する者であり、仮に究極技術ウルテクの補正がなければ、ナイフの一刺しで死んでしま―――うグッ?! 痛たたたた……」



『大丈夫か!』



「ぜ、絶好調だよ。たまんねぇな コレは。目は痛むし、頭痛も酷いし、挙げ句には腕の斬創も幻肢痛でこれでもかと疼きやがる!」



『それは生きている証だ』



「言ってくれるぜ。この痛みをおすそ分けしたいくらいだ」



『遠慮しておく。お気持ちだけ受け取っておくよ』



「だろうな。まぁ今まで 外傷を負っても、ナノマシンの補正で騙し騙しでやってきたけど。これが、しわ寄せというものか。テクノロジーに背を預けて寄りかかっていた、代償ツケだな……松葉杖超高度テクノロジーが恋しいよ」



『……。やはり療養しておくべきでは?』



「気遣ってくれてありがとう。だが今、施設内を自由に動けるのは俺だけなんだから。術後の体に鞭打って捜査に参加しないと。じゃないとジーニアスは、永遠に闇の中。なんとしても……交渉調達局よりも先に、彼を見つけ出し、保護しないと」



『同感だ。交渉調達局は、統計観測機構の温和な人たちではない。外部からの攻撃に備えた、言わば――』



「KGB? FSB? もしくは公安当局とか、党員の財産とプライベートを守る、秘密警察とか?」



『私は “くすぶった軍 ” と例えようとしたのだが、これまたずいぶんと過激な……』



「だって俺は、彼らに良く思われていないからな。とくに……あいつ、、、には、な」



『あいつ? ――……ああ、彼女、、のことか。不憫だな』



「その不憫って言うのは、俺に対して? それとも彼女に対して?」



『両方だ』



 エイプリンクスの優しさに、特異点は ため息混じりに肩をすくめ、こう言った。



「さいですか……」





 そんな会話をしていると、彼の後ろから あるモノ、、が接近する。




 まるでアルミ筒型のゴミ箱を逆さまにしたような奇っ怪なモノ――それが音もなく、地面を滑るように進む。その無機質な物体は、特異点の5メートル手前でピタリと止まると、中性的な声でこう言い放った。




『警告。手にしているデバイスを置き、両手を頭の後ろへ。そして膝を付きなさい。抵抗する場合は、実力行使を出力します。』




 特異点はまさかの珍客に驚きつつ、呼びかけられた方向へ振り向く。




「なッ?! 警備ロボ? 巡回時間には、まだ猶予はあったぞ。どうして――」



『繰り返します。警告。手にしているデバイスを置き、両手を頭の後ろへ――』



「あーはいはい! 分かった分かった! エイプリンクス、すまんが警備ロボに捕まっちまった。また後で かけ直す」




 エイプリンクスは別れ際、『時間外の巡回? 妙だな……』と心配そうな声で呟きつつ、通信を切る。




 この時、エイプリンクスの頭によぎった一抹の不安。それは的中し、特異点D.E.A‐56の身に降りかかる事になってしまった。




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