第63話『 本物の 魔王 が抱く苦悩 』【Part2】
この世界を創りたもうた創造神、フェイシア……
――いや、厳密には違う。
この世界が創造される遥か昔。
旧世界において人類と全面戦争を行い、生存者となった魔王たちの一人 ――創世の魔王 “ ルーシー・フェイ ” 。
始祖であり拓祖である本物のルーシーが、別次元から遣わせた半身の一人。それが彼女、フェイシアだった。
フェイシアは自分の手を眺めながら、憂鬱な声色で語る。
「魔王とはいえ、この世界を再構築させるのに だいぶ力を使い果たしてしまった。
ロッキングチェアに揺られているフェイシア。賢者の秘宝を使い、試しにリンゴを創造してみる。無から質量を創出させ、見た目は艷やかで美味しそうなリンゴができあがる。
フェイシアは くんくんと匂いをかぎ、シャクリッ!と齧った。
「うぎゅ?! ま、まじゅい……」
フェイシアは不味さに驚き、リンゴを落としてしまう。
白き石畳の上を、波紋を上げながら転がるリンゴ。
一人の男が、転がってきた そのリンゴを拾い上げ、心配そうに語りかける。
「フェイシア様、こちらに いらしたのですか。まだ枢機卿のところにいるものだと……」
「ベールゼン、御苦労様でした。枢機卿は、アスモデと私の側近が対応しています。今は、
「幸い、皆の命に別状はありません。お腹の中の、赤ん坊も……」
「一歩間違えば、取り返しのつかない事になっていたわ。昼のどんぱち騒ぎといい、地下訓練場といい、偽の魔王――ゼノ・オルディオスの言い分、もしかしたら正しいのかもしれないわね」
「な?! まさか信じるのですか! 創世の魔王の名を語った、俗物の言い分を!!」
「考慮に入れるというだけの話よ。だって赤ん坊を悪用しようとすれば、より戦闘は悍ましく、醜悪な戦いになっていたでしょう。でもゼノ・オルディオスはそれをせず、黒幕がいることを報せてくれた。わざわざ、手間をかけて。
昼の騒ぎだって、あれだけ派手に暴れまわっていたのに、死者は出さなかった。まるであれは、観客を魅了する役者であると同時に、優れた舞台演出家ね。
むしろ、勇者氷室による建造物破壊のほうが、遥かに深刻よ。敵国だからって、被害を顧みず、魔法攻撃を好き放題バカスカ繰り出してくれちゃって……フェイタウンは演習場じゃないってのに。
まぁ、自分を物語の主人公と勘違いしている、帝国の勇者は置いておいて。
ゼノ・オルディオスに関して言えば、赤ん坊を利用しなかったのも、黒幕がいることを漏洩させたのも、こちらの信頼を得ようとする策の一つ――なんて可能性も、十分に考えられる」
「どっかの誰かさんも、フェイシア様と同じようなことを言っていましたね」
「それ当ててあげる。マーモンでしょ?」
ベールゼンは、『ええそうですよ』と顔色で答え、思いの丈を口にする。
「この際 言わせて頂きますが、少々、マーモンに譲歩しすぎでは? コボルトの志村に銃器を与え、弾薬の製造も黙認しているではありませんか。彼だけに、そんな特権待遇を与えるなんて」
「特権待遇は言い過ぎ、そもそも必要だからそうさせているのよ。現に、地下訓練場では役に立ったじゃない。少なくとも、足手まといにならなかった。でしょ?」
「……た、たしかに、まぁ、そうかもしれませんが――」
「無論、ああいった銃器の恐ろしさは、私も存じております。なにせ この額縁を通して、数多の異世界を見てきましたから。銃を手にした幼き子供が、簡単に人を殺めてしまう光景を……。
――ですが、銃器とは あくまで道具です。使い方しだいでは、正しい道を切り開くことも可能なはず。
この世界において、魔力を使わず、探知される事もなく敵と戦える銃器。切り札として、これほど うってつけのモノはないでしょう。
事実、アスモデ・ウッサーの育て上げた “ 切り札 ” は、魔法によって過去のトラウマを知られ、それをゼノ・オルディオスに利用されてしまった。
もしも相手が殺す気だったら、
魔法を使うというただそれだけで、相手に情報が筒抜けになってしまう――その
「またあんな偽物の肩を持つのですか。マーモンといい、姫といい、どうかしています」
姫と呼ばれたフェイシアは、あまりの懐かしさに目を細め、感慨 深い表情を浮かべる。それは遠い昔、仲間から呼ばれていた名だ。ベールゼンの放った言葉を噛み締め、昔に思いを馳せながら告げる。
「姫…… 嗚呼、ずいぶんと懐かしい呼び方ね」
「無礼をお許しください。
我々を、新しく創生させたこの地に強制転移させ、
我々に 一言も……なんの相談もなく……」
深刻なベールゼンとは対象的に、フェイシアは『その件ならもう何度も話したじゃない』といった顔で、肩をすくめた。
「だって相談したら、みんな『残ります』って言うでしょ?
そんな事になったら、いったい誰がみんなの面倒を見るの?
新しく創造したこの世界を見守りつつ、異界門から帰還した人々を導いてあげなきゃいけないのに。
そもそも旧世界は、すべての生命が死滅した終焉の世界。
命 実らぬ地で、異世界から魂を回収する責務。それは創世の魔王である、私しかいない。だって世界を終わらせてしまったのは……
ごめんなさい、なんでもないわ。
――それにしても、なんとも皮肉なものね。世界を創造できる力があるのに、戦争を回避できなかったばかりか、すべての生命を死滅させてしまうだなんて」
ベールゼンは今まで積もった不満を口にする。その不満はフェイシアに対してではない。
遠い昔。
フェイタウンが建国されるよりも遥か昔。
旧世界で勃発した人類と魔王との全面戦争。
魔族の持つ、高度な魔導学。
錬金術どころか、不老不死すらも可能とする賢者の秘宝。
欲に目が眩んだ者たちが悪性の腫瘍のように増殖し、富や知識を求め、魔王に全面戦争を挑んだ。その結末はフェイタウンの神話の通りである。旧世界は瘴気に呑まれ、死に汚染され、崩壊した。
もはやそこに、勝者も、敗者もいなかった。
魔王ルーシー・フェイは、最後の最後まで人々の善意を信じ、交渉のテーブルにつかせようとした。しかしその努力と苦労は最悪な形で幕を閉じてしまう――あまりにも報われない、不条理な結末。
――魔王討伐を主導して人間や、それに追随した亜人種。ベールゼンは彼らに怒りを抱いていたのだ。
フェイシアを――いや、魔王ルーシー・フェイに自責の念を与え、まるで首を少しずつ締め上げるように、今も苦しめる人間たちを……――。
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