第34話『初めての魔法』


 ヴェルフィ・コイルはパンッ!と手を叩き、講習開始の合図を送る。



「さて。じゃあ魔法の授業と行きますか」




 手を降っていたジーニアスも、心を入れ替え、より一層 真剣な視線をヴェルフィ・コイルに向ける。



 なにせこれから教わるのは、未知数の塊である魔法なのだ。



 時空を越えるテクノロジーを持ち、あらゆる世界を観測できるビジター。そんな彼等でさえ解析不能な力――それが魔法だ。



 その目には見えない 観測不能な力を、一切の機材デバイスを使用することなく、操作する。世界そのものに干渉し、様々なエネルギーを生み出す。つまりは、理を介して、この世界を意図的に改竄する――それに対し、緊張を抱かぬほうが無理であろう。



 基本 無表情であるジーニアスだが、珍しく その視線は緊張している。


 ヴェルフィ・コイルはそんな彼の心情を察し、優しい口調で『大丈夫だよ』と告げる。



 

「安心してジーニアス。まずは君の体を経由して僕が魔法を使う。魔法がどうやって発動し、顕現するのか――その感覚を共有するんだ。ほら、ルーシーが君に妖精を見せたよね? それを同じことをするんだ」



「失礼だと思うが、質問させてくれ。安全性は?」



「保証するよ。僕の “名” と “命” に賭けて」



 ヴェルフィ・コイルの指先に、小さな魔法陣が展開する――。


 ルーシーの時と同じように、それがジーニアスの こめかみに触れた途端、あの感覚、、、、に襲われる。


 視神経を通じ、脳まで到達する形容し難い不思議なもの――だがしかし、それは前回と違った。



 表層心理の裏――暗き心の奥底に光が灯る。極彩色の閃光。それは円形のリングとなって広がり、光の灯火を中心に、それぞれが不規則に回転し始めた。 まるで天体観測用の天球儀のように……――。



 それはナノマシンの付加するAR拡張現実VRバーチャルリアリティ機能とも違う。人が空想する脳内の映像スペース――その中に、別の誰かが思い描いた映像が流れる、、、、、、、、、、、、、、、、かのような、奇妙かつ不思議な感覚だ。



「これは?!」


「これが魔法だよ。正確には発動前の準備段階。君の頭の中で、光り輝くリングが ぐるぐる回っているだろ?」



「ああ間違いない、胎動する光の……点?それを中心に、それぞれが不規則なリズムで回転している」



「この状態で詠唱や呪文によって、魔法の使用意図や効力範囲・威力を設定できる。無詠唱でも発動できるけど、慣れていないと、威力が減退したり、効果範囲がまばらだったりと、悪いことだらけだ。


 詠唱による明確化で、魔法はより強固になり、より強いものとなる――今回は省くけどね」



「その詠唱は、やはり書物や伝授で継承され、覚えるものなのか?」



「よく調べているね。ギフトレベルになると、そうなるね。俗に言う秘伝や奥義は秘匿だったり、無詠唱にみせかけて実は詠唱していたりするよ。中には、自然と脳内に詠唱呪文が浮かび上がる――なんてこともあるけどね」



「なぜ知りもしない詠唱呪文が、脳内に?」



「詳しいことは、この世界を創りたもうた創世の魔王様にしか分からないよ。ただ魔導学上の仮説では、理に残っていた術者の残留思念――それがなんらかの形で共鳴し、過去の記憶が流れ込み、自然と詠唱を口走ってしまったのでは……――らしい」




「まさに魔法とは不確定要素の塊だな。この世界にあるであろう未知のモノを、未知のまま使用している」




「ビジターの使用しているテクノロジーとは、だいぶ違うだろうからね。君たちの世界の力は、自ら設計し、自ら改良と継代を繰り返して成長させてきたもの。プログラムがAIへ、それがさらに発展して汎用型AGIへ――だっけ?」




「ヴェルフィ・コイル、君もまた詳しいのだな。ルーシー以外に、このような話ができるとは思わなかったよ」



「外の世界に興味を持っているのは、なにもルーシーだけじゃないさ。そもそも斥候という職業柄、あらゆる事に対処できないといけないからね。なにせ……外の世界からの来訪者が、すべて友好的とは限らない」




「たしかに……無知は致命的なハンデに他ならない」




「だろ? ジーニアスは話の分かる人で助か――。あ、そうそう! プログラムで思い出したんだけど、魔法の適切な例えを見つけたよ。魔法とはプログラムというよりも……そうだね、どちらかと言えば本に近いかな」



「本に?」



「そう、貸本屋や図書館に並んでいる、本だ。プログラムにスペルミスは厳禁だろ? でも本は違う。本に書かれてしまった誤字、作者の意図しない間違った表現。それらは、読者が作者の想いを読み取り、それを正しい意味へと変換・補正し、解釈してくれる――その読者こそ ことわりであり、魔法を発動させようとする術者・魔導師が、作者。つまり今の僕たちなんだ」



「それではまるで、魔法を発動させることわりそのものに、なんらかの意思が宿っているように思える……」



「良くも悪くも、ことわりは平等だよ。もしそれに意思があり、検閲するだけの思考能力があれば、悪しき魔法はこの世に顕現できはしない。ゼノ・オルディオスのような偽物が、創世の魔王を名乗り、のさばる事もなかった」



 ヴェルフィ・コイルは仄かな怒りを燃やしつつ、ゼノ・オルディオスを吐き捨てた。


 ジーニアスは、自身の放った言葉が不適切であったと感じ、すぐに謝罪する。



「すまない……どうやら失言だったようだ」



「失言? いやいや、君は悪くないよ! そもそも異世界からの来訪者だからこそ、貴重な見方ができるし、その言葉はありがたいものだ。


 ただ僕はね、こう思っただけだよ。


 もしも、ことわりに善悪の区別ができるのであれば、悪しきモノから魔法を取り上げることもできるのに――そう……思っただけさ」




「なるほど。ことわりによる検閲か。魔法とは、この世界における戦力の要。その主柱を失えば、楼閣は自らの重さで崩壊する。残る選択は、敗北する上での継戦か、敗北を受け入れ白旗を挙げることぐらいだ」




「そうなれば、世界はもっと平和になる。文化の境である国境は消えないが、少なくとも争いは減り、国家間での共存と協力意識は高まる……まぁ、僕の主観と都合の良い理想論だけど」




「その考えは理解できる。例え魔法がなくなっても、それでも武器を手に取り、争いを誘発する者が後を絶たない――ままならぬものだな」




 ヴェルフィ・コイルは悲しく、遠い目で答える。その視線は目の前をジーニアスを見てはいない。遠き過去の記憶に、想いを馳せていた。





「ああ、本当にそう思うよ……」




 ヴェルフィ・コイルが悲しげにそう呟いた途端、ジーニアスの脳内に映像が過る――フラッシュバックだ。



 血を溶かしたような赤い空。


 死に満ちた海。


 おびただしい 死体の山で埋め尽くされた大地。




 そんな世界で立ち尽くす、七人の人影――。




 臭いすら感じることのできる、生々しいフラッシュバック。それは まさに、刹那の出来事だった。



 突然 起こった現象に、ジーニアスは喫驚する。




「――い、今のは?!」




「どうしたジーニアス?」




「あ、いや……。なんでもない、気のせいだ」





 ジーニアスは自分が見た光景を、ヴェルフィ・コイルに伝えなかった。



 あの去来した悪夢は、先に話していた ことわりに残されていた残留思念。それが逆流し、自分の脳内で映像として流れた――ジーニアスはそう結論付け、敢えて話さなかったのだ。




「それじゃ、本番といこう! これから君の体を介して、魔法を発動する。準備はいいかい?」




 頷いたジーニアスを見て、ヴェルフィ・コイルの笑顔で祝福する。




「さぁジーニアス。君にとって、これが初めての魔法だ! どうか貴方あなたに、創世の魔王の御加護があらんことを……――」




 新たなる力の開華を願い、ヴェルフィ・コイルは魔法を発動した。魔力がジーニアスの全身を伝い、彼等は翡翠色の光に包まれる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る