第31話『少女騎士 ジャスミン』




 執務室のドアが乱雑に開かれ、甲冑の少女騎士が現れる。彼女は登場早々、市長を一喝する。



 

「サーティン! いったいなにを考えている!! そいつは、例の男、、、なのだろう!!」




 サーティンはジーニアスたちを庇うように、甲冑の少女との間に入り、興奮した彼女を諭そうとする。ルーシーも椅子から立ち上がると、ジーニアスを守るように立ち位置を変えた。



 サーティンは冷静かつ穏やかな口調で、なんとか誤解を解こうとする。




「待ってくれ、これには理由わけが――」



「ワケ? ならば その理由とやらを聞かせてもらおうか! 貴方あなたたちは あの日、言ったはずだ。『フェイタウンを守ってほしい』――と。 あれは偽りだったのか!」



「あの時 貴女に話した事は、嘘ではありませんよ」



「サーティン。ならばなぜだ? なぜ、私に話を通さず、こうして事を押し進めた。一言あって然るべきだろう。所詮……帰還人である私は、客人か余所者。国防の中枢に関わるべきではないという事か」



 そして、この会話において完全に置いてけぼり――もしくは単なるお客様のようになってしまったルーシー。彼女は恐る恐る、遠慮がちに手をちょこっと挙げて尋ねる。



「あ、あの……話を遮ってごめんなさい。貴女あなたは?」



「私か? 私は、このフェイタウンを守るために、異世界から召喚された ジャネ――ふごぉ?!!!」




 甲冑の少女は名乗ろうとしたが、その口を手で覆われてしまう。彼女の口上を制止したのは、中肉中背のメガネをかけた青年――フェイ家の執事であるベールゼン・ブッファだった。




「駄目ですよジャスミン。会議中に怒鳴り込むのは許されざる行為です。礼節を守るのも、淑女の嗜みというもの。騎士である貴女とて、それは例外ではありませんよ」



 ルーシーは思わず彼の名を叫ぶ。




「べ、ベールゼン! レヴィに、マーモンさんまで?!」



 彼女の声に、ようやくベールゼンも気付いたらしく、驚きと共に目を丸くする。レヴィはマーモンの後ろから、おどおどと部屋を覗き込む。そしてマーモンは視線と笑顔でルーシーに応える。



 落ち着いた雰囲気のマーモンとは違い、ベールゼンは意表を突かれたかのように驚く。



「――て、ルーシーお嬢様! なぜここに?! メイドのメッチェと一緒に屋敷に戻らなかったのですか!!」





 ルーシーはベールゼンと本日二度目の対面を果たしてしまう。



 そして彼の顔を見た途端、いろいろとやらかした事を思い出す。


 なにせ避難所である教会でも、ベールゼンに こっぴどく怒られたばかりなのだ。ルーシーは本来ならば、療養していなければならない身。なのに屋敷を抜け出し、今日の騒動に巻き込まれてしまった。怒られて当然――にも関わらず、屋敷に戻るというベールゼンとの約束を破ったばかりか、拘置所からの脱走計画を企て、それを実行に移してしまった。



 ベールゼンに内緒でフェイタウンに戻った。それだけならまだしも、睡眠薬入りの食べ物を配り、ジーニアスを逃がそうとしたのだ。さらには、押収物保管庫で厳重に守られているジーニアスの持ち物を、勝手に持ち出した。改めて考えても重罪である。


 だが真実を知った市長は、『友人のためにした事だから』と、その罪に目を瞠ってくれた。




 しかし……ルーシーの保護者であるベールゼンは、許してはくれないだろう。




 改めてその事実に直面し、ルーシーは冷や汗と共に『どうしよう……』と、怖気づいてしまう。


 使命感に燃えている時は、自らの行いに気づき辛いものだ。だが時間が経ち、冷静さを取り戻すと客観的な視点に立てる。今のルーシーが、まさにそれだった。




「あ、いや……これは……その……」




「まさか教会で話されていた、ジーニアスとかいう男のために?


 いけません! お嬢様は……優しすぎます。


 鬼兎騎士団と第七防空遠征旅団の報告を聞きました。あの男は、歴戦の魔導師ですら苦戦した魔獣を、魔法を使わず、たったの一撃で葬ったというではありませんか!」



 ベールゼンの『絶対にそうに違いない』という決めつけた口調。彼と共に戦火を潜り抜けたルーシーにとって、それは聞き捨てならないものだった。



 萎縮していたルーシーだが、その怒りで、目が覚める。



「仮にそうだとしても、それのいったい どこが悪いと言うのですか」



「自作自演です! あの男が、セイマン帝国か、ミスリィレか、ヤルタル朝廷の者かは分かりかねます。


 ですが すべては、我々に信頼を抱かせ、組織の中に入り込むための嘘――そう考えれば、様々な事に辻褄が合うのではないですか!


 ルーシーお嬢様は、不自然だと思わなかったのですか?


 聞けばあの男は、魔法すら分からないというではありませんか。なのに突如出現した魔獣を、容易く屠る? ありえない。ご都合主義にも程があります!」



 ルーシーにとってベールゼンは大切な、家族同然の存在だ。


 寝食を共にし、互いに笑いあい、支え合った存在だからこそ、彼の言葉が許せなかった。友人を咎人のように扱う、その言葉が。




「ベールゼン! 本人の前で、功績を否定する侮辱な物言いをするなんて! 私は伝えたはずです。ジーニアスさんは私の命を救ってくれた、恩人だと!」




「そうやって お嬢様は恩人と言いますが、それすらも! ――え? 本人? 今、本人って言いました?」




 ベールゼンは思わぬ言葉に、かけていたメガネがカクンと下がる。彼はズレたメガネを直しつつ、お嬢様の後ろを覗き見る。


 議題に上がっていたジーニアスは、まだ椅子に座っており、ベールゼンから見て足だけは辛うじて見えていた。だがその大半は、お嬢様の後ろに隠れる形となっており、彼の位置からでは見えなかったのだ。


 自らの失態に気付いたベールゼン。彼の力が一瞬 緩んだ隙に、甲冑の少女――ジャスミンは、拘束から逃れるため腕を振りほどく。



「私もベールゼンに賛成だ。しかも創世の魔王と……失礼、魔王を語る偽物と肩を並べるほどの力量。挙げ句には、オルガン島の信仰中枢である、教会を舞台にした戦いだ。


 タイミングが良すぎる。


 現実は劇の演目とは違う。あの魔獣が顕現した位置は、鬼兎騎士団の巡回ルートが手薄になるポイント・時間帯を的確に狙っている。明らかに誰かが……こちらの情報を漏らしている」



 このままでは埒が明かない。彼ら、彼女たちにも事情を話し、事を収めなくては泥沼になる。ジーニアスは意を決し、発言するため立ち上がろうとした――その時だった。



 何者かが、スローイングナイフを投げる。



 その矛先は、レヴィやマーモン、ベールゼンの脇を掠め、ジーニアスへと向かう。直進する殺意は、そのジーニアスすらも素通りし、壁に突き刺さった。




 ナイフが仕留めたのは、毒々しい紫のトカゲだった。




 ただのトカゲはない。トカゲは紫のタール状となり、ブクブクと泡を弾かせながら、魔素となって消え去っていく。それが意味するのは、誰かによって遣わされた使い魔という事実だ。


 消え去った黒いトカゲを見届けた一同。市長は笑みを浮かべ、拍手と共にベールゼンたちを称賛する。



「素晴らしい! 迫真の演技だったぞみんな! 年末の祝賀祭は期待していいかな?」



 市長サーティンは気付いていたのだ。


 市庁舎に戻る際、なにかが尾行している事に。


 そのため階段を上がる時に、救援を求めたのだ。ベールゼンとレヴィ、マーモンは市長の目配せで、それを察する。そして即興の演目を披露し、組織が内部分裂しかかっているように見せかけつつ、尾行していたモノ――使い魔のトカゲを探し当てたのだ。




 だがそうとは知らない、ルーシーとジャスミン。二人はほぼ同時に首を傾げてこう言った。戸惑いと共に……




「「え?」」



  

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