彼の初任務



 曲がり角で待ち伏せをしている。

 半年前に襲われ、座礁し横転したタンカーの内部で、アサルトライフルを手に、俺は待ち伏せしている。


 戦時中なのだから、フル装備であることは理解できるが、あまりにも装備は重かった。なにより、初陣で偵察任務のはずが、標的と出くわしたのだということが、銃や弾薬の重さを一際感じさせる結果になっていた。


 俺は信号鏡を使ってそっと通路を覗き込む。そこには、黒い人型の存在が写り込んだ。あれは、半年前から世界中に現れ、人々を襲っている。このタンカーが座礁した理由でもある。

 真っ黒で骨の様に細い手足。のっぺりと顔の無い頭部。それが、今人類が戦っている敵、スパルトイと呼称される、人型殺戮兵器だ。

 一体で大の大人が何人かかろうが殺される。そういう存在だ。だから俺たちは、専用の銃器で武装して、連中を殺さなきゃならない。

 さもないと、自分が死ぬ。


 イヤホン型の無線から声がする。


「敵視認。数、1。指示を待つ」

「こちらからも視認。いつでも」


 俺もまた必死に声を殺して言う。

 スパルトイに聞かれれば、自分の命が無い。慎重に静かに、襟元に仕込まれているマイクに言う。操作の仕方はこれで合っていただろうか?


「敵視認、数、1……」


 無線から声がする。


「よし、一体ならばこちらが有利だ。迅速に処理を開始せよ」


 その号令より少し早く、船内に鉛玉の跳ねる音がする。誰かが既に発砲している。

 俺も行かなきゃいけない。恐怖で動きが鈍る足を無理に立たせて、俺は通路に躍り出る。

 目の前には、全身から青白い火花を散らしながらも動く人型の兵器が居る。

 無線から怒鳴り声が聞こえる。


「おい! 誰だあのバカ! 誰かなんとかしろ!」


 スパルトイは俺を見た。目の無い顔で俺を確かに見た。そして、必死の抵抗と言わんばかりに、俺に向かって走ってくる。


 だが、スパルトイは俺に触れることは無かった。俺に触れる前に、壁に叩きつけられている。

 赤色のロボットスーツが、スパルトイの頭部を、足によって壁に押し付けている。スパルトイが暴れるより先に、そのロボットスーツは、俺の足に装着していたナイフを抜き取ってスパルトイの首を刺し、捻る。スパルトイは動かなくなった。

 無線が落ち着いた調子で告げる。


「敵二体。共に撃破。うち一体は“戦乙女”が処理。増援に感謝する」


 赤色のロボットスーツは、スパルトイの首に刺さっていたナイフを抜き取り、俺に渡してくる。


「はい。あたしの武器、直前で壊れてたから借りちゃった。まだ使えると思うけど、もう替えておいた方が良いかもね」


 そのロボットスーツは全身を覆っており、顔も体格も分からない。かろうじて声でその中身が女性であることがわかった。

 俺は彼女に何かを言いたかった。


「あ、あの……」


 御礼か、謝罪か……何を言えたらいいだろうか。

 赤いロボットスーツが言う。


「いいよ、そういうの。適当に罵倒された方があたしは楽。じゃあね」


 そういって、俺の言葉を待たずに彼女は去った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る